政変後のバングラデシュ情勢と日バングラデシュ関係

駐バングラデシュ大使 齋田伸一
本年5月28日から31日にかけ、バングラデシュのモハマド・ユヌス暫定政権首席顧問は、日経フォーラム「アジアの未来」の機会を捉え、日本を訪問した。同訪問では、両国間の「戦略的パートナーシップ」とFOIPへのコミットメントを再確認、総額約10億ドルの円借款供与を決定するとともに、防衛装備品・技術移転協定交渉の実質合意を発表することができた。また、日本の経済界からは、バングラデシュでのビジネスを引き続き推進していく意思が示され、ユヌス首席顧問を勇気づけた。同訪問の成功は多くの関係者の皆様の御尽力の賜であり、改めて厚く御礼申し上げたい。
バングラデシュは我が国最大のODA供与先の一つであり、数多くの日本企業が進出している。しかしながら、特に昨年の政変以来、当国内政で何が起きているかについて日本ではあまり報道されず、実情が分かりにくいとの声を聞く。本稿ではこの点に絞り、可能な限り簡潔な説明を心がけたい。
1.昨年夏の政変と治安情勢
昨年7月、15年間にわたるハシナ前首相の統治(いわゆる開発独裁的な国家運営であったと言われる)が限界を迎え、汚職・既得権益に抗議する学生が街に繰り出した。直接のきっかけは、1971年の独立戦争参加者及びその子孫を公務員採用に際して優遇する制度への反発であったが、強権政治への反発はいつ火を噴いてもおかしくない状況だったと言われている。デモや街頭占拠を繰り返す学生に対し警察・治安部隊が発砲、抗議の波は国民各層に拡大し、最終的に千数百人規模といわれる死者が出た。軍は、抗議行動を行う学生及び一般市民に対する鎮圧には本格参加せず、ハシナ前首相は退陣を余儀なくされ空軍機によってインドに国外脱出することとなった。議会は解散され、多くの閣僚及び国会議員が資産・家族とともに海外逃亡した。行政府・司法府の幹部の多くが交代し、多数が同様に逃亡したと言われる。こうして、政変前からバングラデシュ国家機構の長にとどまる者は三軍各軍の長及び大統領のみとなった。
実権を握る軍は軍政を避け、学生側と協議して、2006年にノーベル平和賞を受賞したモハマド・ユヌス博士を滞在先のパリから招請、8月8日に同氏を首相に相当する首席顧問とする暫定政権が立ち上がった。それでも、仲間を殺された学生や前政権に抑圧されていた諸勢力の不満は収まらず、警察・治安部隊や前与党(アワミ連盟:AL)関係者に対する魔女狩り的な報復のほか、大衆による暴力(mob violence)、学生間の衝突、各政党関係者に対する暴力、メディアや特定の宗教的・民族的マイノリティに対する暴力事案が相次ぎ、その多くは放置・黙認され、法秩序・治安の混乱が続いた。軍には臨時に治安判事権限(犯罪者の逮捕命令・逮捕・拘留権限)が与えられたが、すぐさま介入すれば警察の轍を踏むことになる。
2.暫定政権の歩み
ユヌス首席顧問率いる暫定政権は、経済面では元銀行トップ、著名ビジネスマン等有能な人材を閣僚に相当する顧問に揃え、国際社会の信頼も得て、危機にあえぐ国家経済を、応急的にせよ見事に立て直してみせた。しかし、内政面の道のりは平坦ではなかった。
就任したユヌス首席顧問はまず、改革の旗を掲げた。その内容を一言でいえば、二度と政権が利権を独占し人権を侵害することのない仕組みを作り、その下で次期総選挙を行うことである。しかし、ユヌス首席顧問は選挙で選ばれたわけではなく、議会も解散されているため法律は制定できず、大統領令を発布することしかできない。このため暫定政権は、「国民的合意形成委員会」なる調整機関を立ち上げ、バングラデシュ民族主義者党(BNP)などの既成政党や政変を主導した学生組織が立ち上げた国家市民党(NCP)を含むすべての政党と改革案について一つ一つ調整し、政治的コンセンサスを積み上げる手法をとった。改革の項目は後述のとおり広範囲に及び、憲法改正を要する重要なものも多い。したがって総論はともかく、各論となると諸勢力の利害が対立し、合意は容易に得られない。政府幹部の交代等による公務全体の停滞も相まって、容易に「何も決められず、進められない」状況に陥ってしまう。後ろからは軍がじっと見つめている。前政権時代に迫害されていた政党は表舞台に戻り、早期総選挙を要求する。政変の熱さめやらぬ学生勢力からは、「改革を今すぐ実現せよ。選挙はそれからだ。」との要求が声高に唱えられる。
こうして、暫定政権は今年に入って二度、危機を迎えることになる。一度目は2月、前述の法秩序・治安の混乱が最悪となった局面である。警察への信頼失墜により、学生側の報復行動がエスカレート、ALが活動を再開したことで、ついには建国の父(ハシナ前首相の父親 )の生家(同人没後、博物館となっていた。)が公衆の面前で長時間かけて破壊され、国際社会からも懸念の声が上がった。
二度目は5月。暫定政権は学生や既成政党の要求に押され、ALの活動を、関係訴訟の結果が出るまでの間停止する命令を発した。並行して、バングラデシュと国境を接するミャンマーのラカイン州への人道回廊設置計画など国家安全保障に係る問題について軍に相談することなく暫定政権が推進したことに対し、軍は危機感を抱き、国の将来は選挙で選ばれた政権によって決めるべきという趣旨で、総選挙を年内に実施するよう迫った。これにより追い詰められたユヌス首席顧問は失意の中、辞意を漏らしたとされており、この間の経緯は日本でも広く報道された。
しかし、ユヌス首席顧問以外にこの国の危機を乗り越えられるリーダーはいない。訪日や訪英を直後に控えてもいたため、この時は、軍、既成政党等との間で一応の妥協が図られた。しかしその後も、暫定政権、軍、既成政党、学生側の四者間で駆け引きが続く。ユヌス首席顧問は、年内の選挙実施と選挙日程の後ろ倒しをそれぞれ要求する各政党の間で、まずは来年4月頃と宣言、早期選挙実施を求める政党からの反発を受けて、条件付で2月と、選挙日程を揺らし続けた。8月5日、政変1年にあたり、ユヌス首席顧問はテレビ演説を行い、次期総選挙を来年2月のラマダン(17日頃)の前に行うと発表するとともに、選挙管理委員会に対し、それまでに準備を終えるよう要請した。これまでも選挙期日はたびたび変更されてきたので予断は許さないが、よほどのことがない限りこの決定は覆らないとの見方が多い。暫定政権は、名誉ある形で、自らの役割に幕を引き始める決定をしたと受け止められている。
3.7月宣言と7月憲章
政治的駆け引きが続く中、バングラデシュは政変1年を迎えた。自由で公正な総選挙を行うため、日本をはじめ国際社会の支援も得て、既に準備が進んでいる。いつまでも改革の議論を続けているわけにはいかない。暫定政権は政変1年を一つの区切りと見定め、7月末、それまでの国民的合意形成委員会による議論の成果をとりまとめ、「7月憲章」案として、政党間コンセンサスが得られたものだけでなく、得られなかったものも、その旨を明記して公表することを決断した。主な内容は次の通りである。(※は一部政党から留保があったもの)
①首相の任期を10年に制限
②独立した警察委員会の設立の原則合意
③首相の政党党首兼務禁止※
④最高裁長官の任命条件を厳格化
⑤前政権により廃止された選挙管理内閣制度の復活
⑥野党の役割強化(議会常任委員会、常設の選挙管理委員会への参画)
⑦議会審議における党議拘束の柔軟化※
全体として、内閣への権限集中を抑制する内容であるが、憲法改正を要する重要なものも含まれる。その実施方法が注目されたが、暫定政権はこれらの改革を自ら(超法規的措置、国民投票等によって)実施するのではなく、まずは各政党が政治的誓約を行い、選挙で選ばれた新政権が2年以内に実施するとの穏健な方針を示した。これに対しては批判もあり、今後さらに議論されることになるが、少なくとも、政変を経ながらも法の支配を維持すべきとの姿勢が示され、また、幅広い意見を取り入れることで、前政権の手法を踏襲せず、新しい国のあり方を示したとは言える。なお、二院制の創出や比例代表制の導入といった、より突っ込んだ改革については、継続協議とされた。
なお、「7月憲章」の他に暫定政権が政変1年を機に発表した「7月宣言」にも注目が集まったが、こちらは前政権を非難し、それに対して立ち上がった国民を褒め称え、来るべき憲法改正において十分な承認を与えるよう要請する内容で、一部で予想された抜本的改革を訴えるものではなく、その名の通り政治的な宣言にとどまった。
各党はこれらの動きに対して一斉に反応を示した。NCPは「7月憲章」を選挙前に(超法規的措置、国民投票等により)実施することを求めて強い不満を示したが、BNPをはじめ既成政党は概ね、両文書及び選挙期日の確定を評価する姿勢を示した。既成政党は今後、前政権下でボイコットしていたため長い間携わってこなかった本格的総選挙の準備に取り組んでいくこととなる。並行して、政党間における各種の政治的取引も進んでいくものと見られる。
4.今後の注目点と我が国の支援
本稿執筆時点(8月14日)におけるバングラデシュ国内の動きは以上であるが、今後、来年2月の総選挙を平和的かつ公平、包摂的な形で行うことができるかを占う上で鍵となるポイントが2つある。一つは、NCPの動きである。結成間もなく実績・選挙基盤を欠く同党は、総選挙への参加資格をまだ得られていない。前政権関係者への行き過ぎた報復(前述)との関連を指摘される可能性もある。他方で、政変及びその後の改革過程においてこれだけの役割を果たしておきながら、総選挙に参加しないことは考えにくい。参加要件が満たされるまで政党登録期限が延期されるなど何らかの配慮が行われるのではないか。
もう一つは、前政権与党ALの動きである。活動停止がいつまで続くのか、不満分子が過激な行動に出ることはないか、仮に活動停止が解除されたとして、選挙への参加が認められるのか、その場合の「みそぎ」は何か、更には離党して他党から出馬する候補者が出るのか等、十分な組織基盤と資金力を持つ大政党だけに、選挙後も含めて、今後の動きに注目する必要がある。
我が国は、国際社会と連携して、このようなバングラデシュの民主化への取組に寄り添い、支援している。具体的には、生体認証登録用の先進的な機材等を供与し、これまで様々な理由により選挙権を得られなかった女性やマイノリティに有権者登録を広げる活動を進めており、すでに約446万人を超える有権者を新規に登録するという成果を上げている。
独立以来の経緯もあり、バングラデシュは大変な親日国である。誠実な開発パートナーである我が国はこの10年以上にわたってトップドナーの地位にあり、首都ダッカには日本式の都市鉄道が南北に走る。来年の後発開発途上国(LDC)卒業を睨んで経済連携協定(EPA)も交渉中である。アジア最大の人道危機であるロヒンギャ避難民問題についても、バングラデシュ政府及び国際社会と連携しつつ取り組みを進めている。今後ともあらゆる面での二国間関係をますます強化していくとともに、来たる総選挙に向けて、在留邦人の皆様の安全確保とビジネスの発展に一層尽力していく考えである。(了)
