南アフリカ 現状と課題


駐南アフリカ共和国大使 志水史雄

1.現状
 筆者は、2024年末に南アフリカ(以下「南ア」)に赴任し、在勤1年が過ぎました。この場をお借りして、南アフリカの内政・外交の現状・課題・展望について、私見を述べたいと思います。
 先ず、政治情勢ですが、南アは2院制を取っていますが、下院に当たる国民議会が、基本的には5年毎に行われる総選挙(基本的に比例代表制)の後に国民議会議員の中から互選で投票によって大統領を選出します(選出された大統領は議員の地位を自動失職)。2024年5月に国民議会の総選挙が行われ、1994年の民主化以降、常に過半数以上の議席を確保してきたANC(アフリカ国民会議:反アパルトヘイト闘争を主導した黒人中心の党)が初めて過半数割れしました。その結果、第2党となった白人・カラード(白人と有色人種との混血)を中心とする政党である民主同盟(Democratic Alliance(以下「DA」))を含む10政党による連立政権(Government of National Unity(以下「GNU」))が誕生し、6月の国民議会でラマポーザ大統領(ANC)が再選されました。
 ANCが議会で過半数割れした理由としては、世代交代、引き続く貧困、若者を中心とした失業、汚職、水・電気・交通運輸・教育・医療・警察等の政府サービスの低下への不満があると言われています。解放闘争を担った組織が独立・解放後に政党として長期にわたって政権を維持していた国で、その政党への支持が失われていく現象は、南部アフリカの多くの国に共通しています。その中で南アでは憲法に基づく民主主義が定着していて、市民社会も強力であることから、ANC一党による長期政権から平和的に連立政権に移行しましたが、このことは特筆されるべきだと思います。
 南アはレインボーの国と呼ばれ、全ての人種の融和を目指している国ですが、正にその故に、白人の土地・財産を没収して黒人に返還するような措置を取らず、黒人を中心とした貧困・貧富の差の問題はまだ解決されずに残っており、憲法でも明記された公平・公正な社会への移行はいまだ道半ばです(南ア憲法には、「民主主義・社会正義・基本的人権に基づく社会を築く」、「平等の達成を促進するため、不当な差別によって不利益を被った人々を保護し、向上させるための立法その他の措置をとることができる」との趣旨が明記されており、これに基づき、いわゆる黒人経済優遇施策が採られています。)。南ア統計局が公表した2025年度第4四半期の失業率は、全体で31.4%、15~24歳までの失業率は57%、人種別の失業率は黒人35.3%、カラード21.2%、インド・アジア系14.7%、白人8.1%でした。世界不平等データベース(World Inequality Database)によると、2024年に南アの上位所得層10%が国全体の所得に占める割合は85.7%とされています。

2.最近の外交姿勢
 ネルソン・マンデラ初代大統領をはじめとしたANCが、国際的な支援を受けつつも自らの力でアパルトヘイトを終結させ、民主化を実現したことから、南アは国際的な尊敬を受け、またネルソン・マンデラは非同盟を旨とし、敵対国を作らず、どの国とも仲良くする外交方針を採りました。その中でも、歴史的紐帯から、解放闘争を支援してくれたロシアや中国との関係は今でも強く、また最近ではBRICSの枠組みでの協力を重視しているようであり、多極化世界を志向しています。なお、ロシアによるウクライナ侵攻に対しては、南アは国連におけるロシアを非難する決議には棄権してきましたが、昨年4月、ゼレンスキー大統領を南アに招待し、ロシアに対してウクライナの子供達の帰還を求める12月の国連総会決議に賛成票を投じるなど、独自色も見せています。
 敵対国を作らないという方針が功を奏してか、実際に南アの安全保障を直接脅かす国・地域は見当たりません。いずれかの国に自国の安全保障を依存するような同盟関係を構築していないことから、現在の国際秩序・国際情勢においておかしいと思うことに対しては、それをおかしいとはっきり主張する傾向も見られます。ガザにおける状況について、イスラエルがジェノサイドを行っているとICJに提訴したのは、その典型的な例だと思います。
 以上のような外交方針をとる南アは、国内の社会的移行に向けた政策も相まって、米国との関係に苦慮しています。昨年2月、トランプ米大統領は、南アがイスラエルをジェノサイドの罪で非難していることやイランとの関係を再活性化していることが米国に対し攻撃的だとし、また1月に成立した南アの(不動産)収用法(現時点で未施行)について、アフリカーナー(17世紀以降に南アに移住したオランダ系移民を中心とする白人民族集団)の農業用財産を補償なしに収用することを可能にしたとして、対南ア援助を停止する大統領令を公布しました。この収用法は、一定の条件においては不動産を補償なく収用できるとするものですが、無条件で白人が所有する不動産を収用して黒人に分け与えるというものではありません。5月、訪米したラマポーザ大統領に対し、トランプ大統領は、ホワイトハウスにおいて、記者の前で、南アでは白人農家へのジェノサイドが行われていると発言。南ア大統領一行は反論してその場は切り抜けましたが、トランプ大統領の持論は変わっていないように見えます。なお、昨年8月からのトランプ米政権による相互関税については、南アには30%が課されました。南アは、米国との関税・貿易・投資に関する交渉を行っていますが、合意には至っていません。他方、米国によるアフリカ成長機会法(AGOA:米国によるサブサハラ・アフリカ諸国に対する貿易優遇制度)は、昨年9月末に期限切れとなりましたが、本年になってAGOAを昨年9月末から本年末まで延長する法案が可決され、2月初めに大統領の署名により発効しました。南アをAGOAの対象から外すべしとの議論が米国内にはありましたが、最終的には南アも延長されたAGOAの対象国になっています。
 本年に入ってからの様々な動きに関しては、1月3日、南ア政府は米国の対ベネズエラ軍事作戦について、深刻な懸念を持って注視している、南アはこれらの行動を国連憲章の明白な違反と見ていると声明しました。1月9~16日、南アの南部沖合で「平和への意思2026」と題された海上合同軍事演習が実施され、南ア、中国、ロシア、イラン、UAEの艦船が参加しました。これに対し南ア大統領府は、2月26日、「イラン海軍は中国主導の同演習に参加すべきではない」との大統領指示に注意が払われなかったことについて調査するパネルのメンバーを任命した、パネルの調査結果・勧告は大統領に対して報告されるとの声明を発表しました。2月28日、米国・イスラエルによるイラン攻撃に関し、大統領府は、すべての当事者に対し自制・国際法の遵守を呼びかける声明を発表し、その中で、米国・イスラエルを名指しはしませんでしたが、「国際法の下では先制的自衛は認められていない」としました。
 南アとしては、アフリカ諸国との関係、グローバル・サウスとの関係を重視しつつ、BRICS諸国との関係に傾斜し過ぎることなく、西側諸国との関係もできるだけ良好なものに保とうとしていますが、現下の国際政治・経済情勢を受け、とりわけ経済的パートナーシップを、日本を含む様々な国との間で拡大・深化させていこうとしているように見受けられます。

3.南ア議長下でのG20
 昨年の南ア外交のハイライトは、何と言ってもサミットをはじめとするG20諸会合を初めてアフリカで開催したことでした。南アとしては、G20における議論において、アフリカが重視する課題が取り上げられることに意を注ぎ、南ア議長下でのG20における優先課題として①災害強靭性・対応の強化、②債務持続可能性の確保、③公正なエネルギー移行のための資金動員、④重要鉱物を設定しました。
 日本側としては、昨年8月に横浜で第9回アフリカ開発会議(TICAD9)を開催しましたが、ラマポーザ南ア大統領の参加を得てTICAD9を成功させ、その成果をG20の成功に結び付けることを課題としていました。
 11月22・23日にヨハネスブルグで開催されたG20首脳会合には、日本からは高市総理が出席し、ラマポーザ大統領との二国間首脳会談も実施されました。このG20首脳会合には、米国は参加せず、同会合において発出された首脳宣言には、南アが優先課題として掲げた先述の4課題を含む現下の主要な国際課題についてG20首脳会合に参加国したメンバー間で一致した内容が盛り込まれています。米国が参加しなかったので、今回の首脳宣言にはG20全体としてのコンセンサスはなかったことになり、同宣言にはヨハネスブルグに集まったG20首脳による成果文書であることが明記されています。
 南アでのG20首脳会合後、G20議長国は米国に引き継がれましたが、米国は自国が議長国を務める間、南アをG20会合に招待しないこととしているのは、皆様ご承知のとおりです。

4.内政の展望
 冒頭に記したように、2024年5月の総選挙の結果を受け、ANCを中心としつつも、第2党であるDAを含む連立政権(GNU)が6月に発足しました。
 これまでのところ、連立政権による政治運営は順風満帆という感じではありません。特に昨年においては、2025年度(2025年4月~2026年3月)予算・税制案について、ANC所属議員が大臣を務める南ア財務省が、他の与党の同意を得ずに付加価値税増税を含む財政枠組み・歳入法案を国会に提出し、ANCとDAとの法廷闘争を含む大きな混乱が生じました。結局、増税部分は断念された形で同法案は6月半ばに国会で可決されました。
 南アでは、総選挙及び州議会議員選挙が基本的には5年毎に行われ、前回が2024年に行われましたので、次回は2029年に予定されています。州よりも小さな単位の地方自治体の議員の選挙も5年毎に行われますが、前回が2021年末でしたので、次回は本年末頃に行われる見込みです。この地方選挙の結果が、次回の総選挙がどうなるかを占う上で大きな意味を持つだろうと見られています。現時点で国政上の第1党であるANC、第2党であるDAがどこまで支持率を維持・伸張できるのか、それとも第3党である野党MK(ズールー語で「民族の槍」を意味し、かつてのANCの軍事部門の名称。ANCから除名されたズマ前大統領が党首を務め、ズールー族を支持基盤とし、土地再配分などの国家主導・急進的経済政策を志向)や第4党である野党EFF(「経済的解放の闘士」。ANCから除名されたマレマ氏が党首。土地の無償収用、鉱山・銀行の国有化など国家主導・急進的経済政策を志向)などが現状に不満を持つ南アの人々の支持を集めるのか注目されます。
 第1党のANCに関しては、地方選挙の後、来年(2027年)末頃に、5年毎に行われる全国大会が行われ、そこで総裁選が行われます。ANC総裁については任期の規定がないので、規則上はANC総裁であるラマポーザ大統領が3期目のANC総裁に選ばれることも不可能ではありません。他方、大統領は総選挙後の国民議会で選出されるので、通常であれば次回は2029年の総選挙後に大統領が選出されますが、その際、大統領の3選は憲法上できないことになっているので、ラマポーザ氏ではない新たな大統領が選出されることになります。2024年よりも前は、ANCが国民議会の議席の過半数を占めてきたので、ANC総裁が大統領に選出されました。次回のANC全国大会において誰が総裁に選ばれるか、またラマポーザ氏ではない新総裁が選ばれる場合、その新総裁が任期途中のラマポーザ大統領に代わって新大統領になるのか注目されます(南ア憲法上、大統領が任期途中で辞任、または国民議会において不信任決議が可決される等の場合には、国民議会において新大統領が投票で選ばれることになっています。)。興味深いことに、民主化後の南アにおいて、大統領職を2期全うした人はいません。初代のマンデラ大統領は1期務めて退任、2代目のムベキ大統領は2期目の途中でANC内部の政治闘争により辞任し、ムベキ大統領の2期目の残る任期をモトランテ氏が務めました。その次に4代目の大統領となったズマ氏は2期目の途中で汚職疑惑から辞任し、その後に大統領となったのが現在のラマポーザ氏になります。

5.日本との関係
 最後に、日本との関係について簡単に触れたいと思います。アフリカ大陸の中で強力な金融業が確立し、産業バリュー・チェーンも発展してきている南アは、日本企業にとって、南ア市場そのものの魅力の他に、アフリカ大陸へのゲートウェイとの位置付けもあり、アフリカ大陸において最大である約250の日本企業拠点が設置され、約1000名の邦人が長期滞在しています。南ア側統計によると、現在、日本は南アにとって第5位の貿易相手国(2025年南ア歳入庁)、第7位の投資国(2024年南ア準備銀行)です。経済協力としては、各種技術協力を実施してきていますが、最近では、南アにおけるエネルギー移行、脱炭素化を推進していくための官民連携した各種協力が進展しています。人的交流として特筆すべきは、1997年以降、いわゆるJETプログラムによって、これまでに計約1000名の南アの若者が英語教師として訪日しています。また、ラグビー強国である南アからは、現在、約50名の選手・コーチが日本に来て活躍しています。
 地理的には日本から遠く離れた南アですが、南アに来てから、日本と南アの伝統における意外な共通点を一つ発見しました。昨年、ある南ア人と、ウブンツゥ(あなたがいるから私があるとの意味の南部アフリカの価値観)について話をしていた時に、日本での乾杯の文化に話が及び、筆者の対話相手は、南アには乾杯の文化はない、お酒は集まった仲間の中で一つの杯で回し飲むと述べました。これを受けて日本の乾杯の文化について調べてみると、日本で乾杯の文化が広まったのは明治維新以降のことで、その前は、日本でも南アと同様に、一つの杯を、先ずは神様に捧げ、その後に仲間で回し飲む風習だったそうです。
 筆者としては、国際情勢について日本と見解を異にしている点もありますが、基本的人権、民主主義、法の支配といった価値観を共有し、経済的にも、人的交流においても多くのつながりがあり、また実は精神性においても共通点がある南アフリカとの関係を少しでも強化すべく、引き続き微力ながら尽力していきたいと考えています。(以上は、筆者の個人的見解です。2026年3月15日記。)