余談雑談(第169回)日本を説明する

元駐タイ大使 恩田 宗

 古いスクラップ・ブックに英単語の使用頻度に関するジャパン・タイムズの記事が貼ってあった。米国の大学の7年間の調査結果である。男女半々の54人に20枚の絵を見せ自由に喋らせてどういう単語を使ったかを調べたものである。被験者は教育程度に関係なく話の80%以上を403の単語で話していたという。その403単語を覚えれば英会話の8割は分るということになる。金田一春彦の「日本語の特質」によると日本語は560語覚えると会話の50%分るが一千語覚えても60%しか理解できないという。フランス語は一千語を覚えれば会話の84%を理解できるが日本語は96%理解するには2万2千語を必要とするという。日本語は英仏語に比し大変難しい言葉なのである。

 日本文化は大陸文化から多くを学びその影響下で育ったがそれと融合されず独自性を維持した。海により離れていたからであるが日本語の難しさが密接な人的交流を妨げたからでもあると思う。明治になると欧米文化を盛んに輸入し東アジアではいち早く文明化(欧米化)を達成した。それへの自負が日本人をして日本は他のアジア諸国とは異なる特別勝れた文化を有する国だとの国粋的な考え方を抱かせることになった。

 特別で勝れていればそれを世界に知らせ誇示したくなる。明治人の新渡戸稲造は「武士道―日本の心」を岡倉天心は「茶の本」を鈴木大拙は「大乗仏教」を英文で著わし外国でベスト・セラーになるなど日本の解説に努力した。昭和の日本人は強大な軍事力に頼りそうした努力を行う意欲を持たなかった。日本軍の支援を得てビルマの独立を主導した初代首相バー・マウは「(日本人は)他国人に自分達の考え方を理解させる能力を・・・完全に欠いてい」たと回顧している。

 この春から世界配信され大好評だというハリウッド製TVドラマ「将軍」は日本人の価値観や美意識を正確に反映するよう潤沢な資金を使って手を抜かず制作されており日本人が見て全く違和感がないらしい。プロデューサー兼主役の真田広之は「本物であること」にこだわったと言う。台詞も日本語のままでNYタイムズは社説で米国人が日本を異質の国でなく同類の国と見るようになった証しだと書き、日経の社説は日本のコンテンツ業界は世界に通用する作品を作るべきだと論じた。戦後の日本では日本人論が盛んに書かれたが外国向けに外国語で日本を効果的に説明してこなかった。「将軍」は今回のエミー賞受賞でその続編に視聴者の期待が高まっているらしい。よく知られていない「本物の」日本への扉が再びペリーの国により開かれつつある。(了)