今 ポーランドで

駐ポーランド大使 河野 章
1.はじめに
昨今、ポーランドはロシアによるウクライナ侵略との関係で語られることが多い。ウクライナ支援において重要な役割を果たしており、それは侵攻開始から4年近く経つ今も変わらない。ただ、ポーランドはウクライナ絡みの視点に終始するには惜しい存在である。本稿では、知っているようで知らない、知られていない今のポーランドの姿を少しでもイメージして頂けるように、一年あまりの在勤期間に感じたままを綴る。事実関係の理解や解釈を含め、文責はひとり筆者に属する。
2.成長するポーランド
ポーランドは中東欧地域で面積、人口ともに最大の国である。EU全体の中でもいずれも27か国中5番目の大きさを有する[注1]。2004年のEU加盟から、コロナ禍の一時期を除いて一貫してプラスの経済成長を続け、これまでの約20年間で経済規模は約4倍に拡大している。足下でもEU平均を上回る経済成長が続くと見込まれており、まだまだ伸び盛りの国である。GDPは2025年に1兆ドルを超え、スイスを追い越して世界第20位になった。購買力平価一人あたりGDPでも、ポーランドは既に日本を超えようとしている[注2]。かつてレフ・ワレサ元大統領は「連帯」運動の活動中に、「ポーランドを第2の日本にする」と語っていたと聞くが、数字としてはそれが現実のものになろうとしている。2025年前半のポーランドの欧州理事会議長国就任式典のスピーチの中でコスタ理事会常任議長が述べたとおり、「ポーランドは間違いなくEU拡大の最大の成功例のひとつ」なのである。
これらの成功の背景には、EU補助金の活用や、独の隣国という地理的条件を活用した欧州サプライチェーンへの参入、さらに最近では国内中間層の増大に伴う消費の拡大など複数の要因が挙げられるが、いずれもEU加盟のなせるわざと言えよう。欧州委員会との対立の目立った右派「法と正義(PiS)」政権の時代(2015年から23年)にはEU補助金の流入が滞った時期もあったが、親EUを掲げるドナルド・トゥスク首相率いる現在の連立政権成立(2023年)以降は、それまで止まっていたものを含めてEU資金の流入が続いている。高速鉄道や空港、港湾を含む交通インフラや、エネルギー転換のための風力発電や太陽光発電、さらにポーランド初となる原子力発電所建設などの大型案件も動き出している。
ポーランド経済には当然ながら課題もある。他の市場経済移行国と比べて今も国営企業が経済に占める割合が高く、その改革は継続的な課題である。共産主義体制の遺産という面もあろうが、政府財政の中で人件費及び給付の占める割合が高い上に、近年のコロナ対策、さらにウクライナ情勢も受けた国防費の増大も相まって、財政赤字が拡大し債務残高も増大傾向にある。また、長期的には、我が国と同様に少子高齢化による労働力不足が懸念される。ポーランドの合計特殊出生率は低下傾向が続き、1990年に1.991であったものが2024年には1.099[注3]と、EU内でも最低水準にある。将来的な労働力不足は、国内で論議の多い移民労働者やウクライナ避難民の扱いとも絡んで扱いが機微な問題である。
3.内政・外交
経済は好調を保つポーランドであるが、内政に関しては2025年の夏以降、波乱含みの状況となっている。2023年12月の「市民連立(ポーランド語略称でKO)」主導の連立政権成立以降、「法と正義(PiS)」出身のアンジェイ・ドゥダ大統領(当時)との間で「ねじれ」の状態が発生した。ポーランドは「準大統領制」の国と言われるが、統治の実権は首相を長とする政府にある。他方、大統領は限定的ではあるものの、在外の大使を含む高官の任命(拒否)権や、議会が可決した法律案に対する拒否権など、政府・議会の動きを制約するいくつかの強い権限を有する。2025年夏の大統領選挙において勝利したカロル・ナヴロツキ新大統領(独立候補ながら実質的にPiSの支持を得た)は、前任者には見られなかった頻度で法案に対する拒否権を行使し、政府と大統領、さらに議会も関与する形で対立が続いている。ナヴロツキ大統領はもともと歴史家であり、ウクライナや独との間の歴史問題に強い意見を有することを隠さず、ここでも政府との間で摩擦が見られる。大統領と政府の対立は、2027年10月と見込まれる次期議会選挙まで継続、むしろ激しさを増していくという見方が強い。次期議会選挙の結果次第では、2030年夏頃の次期大統領選挙まで「ねじれ」が継続する可能性もある。近年のポーランド内政の基本的構造は、KOに代表される中道・リベラルと、PiSに代表される右派ナショナリストの二大勢力の拮抗・対立と要約できるが、昨年の大統領選挙を通じて顕著になったのが、既に西欧の幾つかの国でも見られている極右勢力の伸張である。「同盟」とこれから分派した「ポーランド王冠同盟」が代表的勢力であるが、昨年の大統領選挙でもこれら極右勢力の動向が最終結果を左右することになった。これら極右勢力が、現状に不満を募らせる若年層の受け皿となっており、KOとPiSのつばぜり合いという大きな構図の中で、右側では伸張する極右勢力に対してPiSが守勢に立たされるといった状況も生じており、次期議会選挙に向けて内政は複雑さを増していきそうな様相である。
外交については、ポーランドはウクライナ情勢をはじめとする地政学的事情を背景に、欧州での存在感を高めつつある。2025年5月に仏との間で「ナンシー条約」と呼ばれる二国間条約の署名が行われたが、これはマクロン仏大統領とトゥスク首相の強いイニシアティブの下に比較的短期でとりまとめられた。国防を含む多岐にわたる協力分野を定める基本条約で、ポーランドと仏との二国間関係を「格上げ」するものと言われる。独との間でも、歴史に起因する複雑な事情は続くものの、メルツ政権はポーランドとの協力を重視する姿勢を強めている。独仏ポーランドの三カ国の協力枠組みである「ワイマール・トライアングル」も長く休眠状態にあったが、近年、再活性化した。ウクライナ情勢への対応を巡っては、これに英国も加えて「E4」というまとまりで協議が行われることもある。独、仏、伊、西にポーランドを加えて「EU BIG5」という言葉も見られる。ポーランドは近年、北欧・バルト諸国との協力強化にも積極的に取り組んでおり、本年は「バルト海諸国評議会」の議長国も務める。これらの二国間、また多国間の枠組みを活用しつつ、特に安全保障の分野での積極的な動きが続いている。もともとポーランドはNATOの欧州側では(トルコに次ぐ)最大の兵員数を擁し、さらにその増強を方針として掲げるとともに、防衛費の対GDP比は2025年4.7%、2026年4.8%と高い水準を維持するなど、欧州の防衛力強化の先頭に立つ。2025年前半に欧州理事会議長国を務めた際にも“Security, Europe!”を議長国としてのテーマに掲げ、欧州における安全保障問題の主流化に取り組んだ。安全保障面でのポーランドの積極的な対応は、米国トランプ政権からも高い評価を得ており、昨今、複雑化を増す欧米関係の中で、ポーランドはこれまでのところ比較的安定的に米国との関係を維持してきている。
内政について述べた政府と大統領の対立は、当然、外交面にも及んでいる。安全保障及び米国との関係重視という点では両者は(ニュアンスの違いが出ることはあるが)基本的に一致している。EUについては、積極的な政府と批判的な大統領と明確に立場が分かれ、個別の事案を巡ってSNS上ではかなり激しい言葉遣いで双方による非難合戦が繰り返されることも珍しくないが、対EU関係を含めて、これまでのところレトリックを超えて外交の実質が損なわれるような大きな問題は生じていない(あるいは顕在化していない)。ただ、例えば本年米国で開催予定のG20にポーランドは招待されているが、その準備プロセスについて大統領府と政府の間に主導権争いも見られる。基本的に対立構造が続くとみられる内政状況が、今後どこまで外交に影響を及ぼすことになるのかについては、引き続き注視が必要である。
4.ウクライナ
ウクライナとポーランドの関係は、隣国としての歴史的経緯もあって、内政の対立構造が他の外交案件以上に現れやすい分野であるが、本稿執筆段階では、両国の協力関係に大きな支障が生じるという状況にはなっていない。対ロシア警戒感を背景に、ウクライナの存立、安全保障がポーランドの安全保障に直結するという考え方は、大統領、政府のいずれの側でも揺らいでおらず、できる限りの協力を継続しようとしている。ただ、侵攻発生から4年近くが経ち、ポーランド国内に「支援疲れ」が広がっていることも否定できない。特に若年層の間で、生活支援や医療へのアクセスについてウクライナ避難民が優遇的扱いを受けることには反発の高まりが見られる。一部の政治勢力が語る「ポーランド・ファースト」的なナラティブにおいて反ウクライナ感情が刺激、増幅され、これがそれら勢力の支持拡大につながっている部分もある。今やウクライナは、すぐれてポーランドの国内問題という性格が強まっている。当面は、3月に期限を迎える国内のウクライナ避難民支援制度(大統領は従来の法制の延長を認めないと公言している)の扱いが問題となるが、この4年近くの間に国内在住ウクライナ人はポーランド経済を支える労働力として重要な存在ともなってきていることから、この問題の軟着陸に向けての政府の対応が注目される。
なお、今後の展開との関係では、大統領、政府とも一致する形で、今後のあり得べきウクライナの安全保障体制の中で、ウクライナ領域内にポーランド国軍を派遣することはないと明言している。ロシアの脅威の前に、NATO、EUの東翼(Eastern flank)を防衛することこそがポーランドの主要な責任との認識である。また、ウクライナとの複雑な歴史的経緯から、ポーランド国軍がウクライナ領域に存在することは、ロシアからの情報操作や工作の可能性を含めて情勢の不安定化に利用されかねないと説明する。同時に、現在と同様にポーランドはウクライナに対するロジスティック・ハブとして役割を果たす旨を繰り返し表明している。侵攻発生以降、ウクライナに対する軍事、民生両面の支援物資の大半は、ポーランド南東部のウクライナ国境に近いジェシュフのポーランド軍拠点を通じて行われてきた。我が国自衛隊からの車両を含む支援物資も、ここを通じてウクライナに届けられた。ポーランドが引き続きウクライナ支援の拠点として機能していくことは変わらないだろう。また、ポーランドは本年夏にウクライナ復興会議を主催予定であり、復興面でも積極的な役割を果たそうとしている。
5.終わりに代えて
ポーランドが世界有数の親日国とは着任前から聞いていたが、一年あまりの在勤・生活経験は、これを裏付ける。人々の関心は、マンガ・アニメから食・伝統文化、歴史、生活様式、最新技術まで多岐にわたる。日本語を学び、一定の水準以上に流ちょうに話す現地の人々も、これまで在勤したどの国よりも多い。ロシアを戦いで破ったことがあるのは世界でポーランドと日本の二か国だけだ、と両国を並べて語るのを聞くこともある。1920年代の我が国によるポーランドのシベリア孤児救出の物語を今も記憶し、感謝を伝えてくれる人も少なくない。二国間関係は着実に進展してきているが、同時に、成長を続け、欧州で存在感を高める同国の持つ可能性を思えば、まだまだ両国間には関係強化の余地があると感じる。ポーランドは、歴史上、二度にわたって国を失った経験を持つ。だからこそ、自らの安全、存立にかかわる問題として、法の支配や人権といった基本的価値を重視する。第二次世界大戦後の国際秩序が揺らぎを見せる今だからこそ、価値を共有する同志国としてポーランドとの協力は、我が国にとって一層意義が増大していると感じる。
[注2] 経済データはIMF World Economic Outlook (October 2025) 参照
[注3] Poland in Figures 2025 (Poland Statistics)
