ロシアのウクライナ侵攻を受けて苦悩するドイツ


駐ドイツ大使 柳 秀直

 ロシアのウクライナ侵攻が始まって二年半が過ぎた。ドイツはこの侵攻を受けて、特に安全保障とエネルギー政策を大きく転換した国の一つで、社民党、緑の党、自由民主党(以下FDPと略)の三党からなるショルツ政権は、当初は暖冬にも恵まれ何とか対応したものの、エネルギー価格の高騰により昨年来経済が良くないのみならず、難民問題等にうまく対応できていないこともあって、旧東独州における極右政党の台頭を招くなど、内政もやや不安定になってきている。本稿では最近のドイツ内外の動きについて報告したい。

(写真)ショルツ首相と筆者(Mohamed El Sauaf氏撮影)

.外交・安保政策の転換とその後
 ロシアのウクライナ侵攻を受けて、ドイツは紛争当事国に対しては武器を供与しないとのこれまでの政策を転換してウクライナへの供与を開始したが、当初は重火器の供与に慎重で、この点が内外で批判されてきた。しかし、ショルツ首相が2022年12月にマーダー歩兵戦闘車、2023年1月にレオパルトII戦車の供与を決断して以降、財政支援のみならず、武器供与でも米に次ぐ第2位の貢献国となった。更に、2023年に、リトアニアに従来のローテーションでの千人弱の駐留に替えて2025年から5千人規模の旅団を常駐させることを決定した。これは戦後ドイツとして初めてのドイツ軍の長期駐留であり、ロシアからリトアニアを守るとの姿勢を強化するものである。この決定の背景にあるのはロシアの脅威に対する認識であり、ウクライナの次はNATOが標的となるという危機感がある。
 一方、武器の供与では、射程500kmで貫通力も強力な巡航ミサイル「タウルス」のウクライナへの供与が2023年から議論されており、ショルツ首相は今年に入り、供与しないと明確に述べたが、幸い独への大きな批判は起きていない。この背景には、独の兵器がモスクワへの攻撃に使われることは避けたいとの考えがあると思われる。
 7月のNATOワシントン首脳会議の際には、独米間で米の保有するトマホーク巡航ミサイルとSM-6ミサイル、そして開発中の極超音速兵器を2026年から独に配備するとの合意が発表された。この合意については野党の極右、左派政党のみならず、パシフィズムの傾向が残る社民党左派の一部からも反対の声が上がったが、独政府はロシアがINF条約を破棄し、カリーニングラードに核搭載可能なイスカンデル・ミサイルを多数配備する中、独の安全保障上不可欠なものと説明しており、国民の多くは理解していると思われる。
 一方、経済はロシアからの安価なエネルギーの供給が途絶えた結果、国際市場からの調達でエネルギー価格が高騰し、その結果、2022年は6.9%、昨年も5.9%という独にとっては高いインフレ率に見舞われ、経済成長率が昨年はマイナス0.2%と主要工業国で唯一マイナス成長となり、今年もインフレ率は2%台に下がったものの、成長率は0%前後に留まると見られ、厳しい状況にある。
 ベルリンの有識者や外交団の中では、ドイツの欧州における役割について、ウクライナへの武器供与等で徐々にリーダーシップを発揮していることから、reluctant leadershipと見る向きもある。一方、2009年の基本法改正により、各年の連邦政府予算において許容される新規債務による財源調達額は、コロナ等の危機的状況の例外時を除き、対GDP比0.35%に景気変動等を加味した範囲を上限としている。財務大臣を輩出するFDPは、社民党、緑の党が歳出増を求めているのに対し、一貫して財政規律の遵守を主張している。その結果、国防、外交のみならず、厳しい経済状況といった諸課題に効果的に対応するための財源確保が難航しており、予算編成を巡る連立与党の指導力に懐疑的な見方が出ている。

極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の台頭
 ロシアの侵攻以来、100万人を越える避難民がドイツに流入し、従来から流入が続いているアフガニスタン、シリア、北アフリカ等からの毎年20万人を超える難民と併せて、ドイツに押し寄せる大量の難民がドイツの受け入れ能力を大きく越えて、自治体にとり大きな問題となっている。これに対して、緑の党が難民受け入れに寛容であるため、効果的な政策を打ち出せない連邦政府への批判が高まり、それが特に旧東独地域で極右AfDの台頭を招いている。また、旧東独の独裁政党の後継政党である左派党は、左翼政党故に難民受け入れに反対できない中で、同党で人気の高いヴァーゲンクネヒト女史が難民受け入れ規制を公言し、今年初めから左派党を離れ、自らの名前をつけた政党「ザラ・ヴァーゲンクネヒト同盟(以下BSWと略)」を立ち上げ、旧東独を中心に支持率を伸ばしている。その結果、極右と左派ポピュリスト政党が、連立与党の不人気に乗じて党勢を拡大しているという状況が生じている(2021年9月の連邦議会選挙の時には連立三党と最大野党で8割近くの得票率があったが、最近の世論調査では4党併せても3分の2を下回っている)。9月1日に行われた旧東独のザクセン州とテューリンゲン州の州議会選挙では、ザクセンではAfDが30.6%、BSWも11.8%、テューリンゲンではAfDが32.8%(第一党)、BSWが15.8%と両党併せて過半数に迫るほどなのに対し、連立与党三党は両州共に合計で15%以下と大敗した。
 この両党は対露制裁、ウクライナ武器支援に反対し、ウクライナが今ロシアに占領されている領土を喪失しても外交で早期停戦を実現すべしとの立場で、両党は、難民受け入れと、対露制裁及びウクライナ支援に反対することで支持を広げている。
 筆者は長年ドイツを見てきて、統一後30年を経て、東西ドイツの経済格差はかなり縮まってきてザクセンのように発展している州もあるので、心理面でも違いは克服され得ると思っていたのであるが、ロシアのウクライナ侵攻後、旧東独の人々のメンタリティーが旧西独の人々とは大きく異なるということを改めて思い知らされた。前述のAfDもBSWも旧東独での支持率の方が旧西独よりもずっと高く、正直、どうして旧東独であれほど多くの人がAfDに投票するのか、理解に苦しむところである。欧州の極右は日本と異なり、殆どが親露政党で、ロシアの偽情報の支援を得ているほか、財政支援も得ていると言われており、AfDもBSWも親露的な政党である。加えてAfDには親中的な議員も多く、今年4月にはAfDの欧州議会議員のスタッフが中国のスパイとして逮捕されている。

連立与党の苦悩
 連立与党三党はもともと多くの政策が異なっており、日常的に政策面でお互いを批判し合っている中、そうした状況に対する国民の不満が、最大野党のCDU/CSUに流れるのではなく、AfDとBSWに流れていることは、ドイツの政治的安定にとり大きな問題である。3年前の選挙では連立三党併せて52%の得票率があって成立したショルツ政権が、直近の世論調査では連邦でも三党で30%前後しかない。
 特に、緑の党は国内でこれ以上受け入れられないとの悲鳴が出ているにも拘わらず、難民の流入規制や難民の支援条件の厳格化に反対し、また、ロシアのウクライナ侵攻により、天然ガスと石炭で5割を越えていたエネルギーの対露依存がゼロになった危機的状況においても脱原発を強行し、エネルギー価格の高騰によるインフレを招き、更には、ロシアからのエネルギー供給が途絶えたことを奇貨として、住宅の暖房の非化石燃料化を強引に進めようとして国民の反発を招くなど、自らのイデオロギーを優先して国民の生活を重視しない政党というイメージを強めてしまった。一方、FDPは財政規律の遵守に固執し、他の連立与党二党の予算増要求に応じず、また、規制緩和政党として国内における銃刀規制の厳格化等にも反対してきたことで、支持率を落としている。そして、そのような両党をまとめきれないショルツ首相に対しても批判が高まり、三党の支持率が低下している。
 こうした中で8月23日の夜にゾーリンゲン市の市政650周年祭で、シリア国籍の難民と思われる男が刃物で3人を殺害し8名を傷つけたテロ事件が発生した。この事件が9月1日の旧東独州議会選挙において極右政党の追い風になった可能性は高く、連立与党は難民政策の見直しと刃物規制の厳格化を迫られており、このテロ事件が難民政策における大きな転機になるかどうかが注目されている。

対中関係のマネジメント
 昨年7月、政府は内容的には厳しい対中戦略を発表しており、これまでのソフトな対中政策の見直し、ディリスキング、多角化を主張している。この背景にはエネルギー分野の過度な対露依存で痛い目にあったために経済面の対中依存の大きさを警戒していることと、中国がロシアのウクライナ侵攻に中立と言いつつ、石油・ガスの輸入増加のみならず、汎用品の輸出等を通じて支援していることに対する失望がある。ただ、対中戦略の実施に際しては、特に自動車業界や化学業界の中国重視政策を変えるには至っておらず、また、社民党はショルツ首相をはじめとして中国に甘いとも言われており、中国に厳しい緑の党との間で、政策が十分調整されていないとの批判もある。

ガザ紛争によるEU、独国内の分裂
 昨年10月7日のハマスによるイスラエル襲撃以降、親パレスチナ勢力と親ユダヤ、親イスラエル勢力の対立が激しくなり、国内外で衝突が見られる。ドイツは元々ユダヤ人虐殺という歴史的経緯もあり、「イスラエルの安全保障は独の国家理性」として、ガザの人道状況への配慮は必要としつつも、イスラエルを繰り返し支持してきている。この点でドイツ政府と最大野党CDU・CSUの立場は同じであるが、国民の多くはネタニヤフ政権が続けるガザでの戦争に批判的となっており、大学のキャンパスも含め、イスラエル批判・イスラエル支持双方のデモが増えている。
 外交面では親イスラエルの政策を変更できないため、アラブ諸国のみならず、イスラムのグローバル・サウスの国との関係も難しくなってきており、厳しい状況が続いている。

最後に
 以上のような状況で、ドイツは対露制裁、ウクライナ支援を当初から続ける日本の重要性を再認識し、人的往来の強化のみならず、国防面でも海・空軍の派遣など日本との関係強化に積極的になっている。「2+2」の開催やACSAの発効など、日独関係がようやく日本と英仏の関係に追いつこうとしているのは喜ばしいことである。一方、11月の選挙で米国にトランプ政権が誕生した場合、対露、対ウクライナ政策、NATO政策に与える影響を非常に懸念しており、民主党政権の継続を強く願っているので、仮にトランプ政権が再び誕生する場合、ショルツ政権には一層難しい舵取りが求められることになろう。

(写真) 独海軍訪日時の様子 (防衛省撮影)

(了)