カタール近況


駐カタール大使 久島直人

 カタールには今年6月23日、イスラエルとイランの間の12日間にわたる戦闘の過程で、イランからのミサイルが首都ドーハから約50km西方にある米軍基地に着弾した。そして9月9日には、カタールがガザ紛争を巡りイスラエルとハマスの間の仲介をエジプトおよび米国とともに行っているさなかに、イスラエルがドーハの住宅街にあるハマスの拠点に対する攻撃を実行した。いずれの際にも、日本大使館から緊急に在留邦人に対して注意喚起や情報提供を複数回行い、大事に至らなかったことは幸いであった。国内の治安も乱れることなく、その後も平穏が保たれている。しかし外交・安全保障の面からは、特に後者の攻撃は中東を巡る状況を大きく変化させることになった。
 米軍とハマスの拠点がともに領土内に存在するということは、カタールの国家意思や外交の原則をよく表している。イランからの攻撃はあったが、カタールはイランとも米国とも対話を継続している。国土の北方には広大な海底ガス田が広がり、これがこの国の富の源泉となっているが、このガス田は海底でイラン領海にもまたがっており、イランとの関係は深いものがある。
 イスラエルによる攻撃は、同国から湾岸諸国に対する史上初めての直接攻撃であり、カタール治安部隊の隊員1名も死亡している。9月23日の第80回国連総会におけるタミーム首長による一般討論演説では、この攻撃を国家によるテロ行為であると強く非難している。他方で同時に、カタールはガザ紛争を巡るイスラエルとハマスの間の仲介外交は継続するとしており、トランプ米大統領やエジプトとともに具体的な和平の実現に向けて努力している。この仲介努力をトランプ政権も高く評価し、9月29日には、カタールに対する武力攻撃を米国に対する脅威と見なす、という大統領令を発布した。
 この「仲介外交」こそ、カタール外交の独自性である。ガザの他にも、米国や英国とアフガニスタンのタリバンとの間の仲介等、数多くの仲介を買って出ている。カタール憲法の第7条には「カタール外交の原則は、仲介と対話を通じて国際の平和と安全を強固にするものである(筆者仮訳)」と明記されており、国家のアイデンティティと表現されることもあるほどである。この活発な仲介外交姿勢は、小国でありながら独自の存在感を示すことにつながっているのは間違いなかろう。他にもカタールの外交姿勢をよく表す例として、シリアに関し、2011年にいわゆるアラブの春をきっかけとしてアサド政権側と反政権勢力との内戦に突入して以来、一貫してアサド政権を支持しないという姿勢をとっていた。このような対応をとったのは、少なくとも中東においてカタール一国のみである。アサド政権がシリア国民の支持を得るに至らず強権的であるということが理由であったと思われるが、そのぶれない姿勢は印象的である。アサド政権崩壊後、カタールがシリアの復興に熱心に取り組もうとしていることには、この経緯を知るといっそう腑に落ちるものがある。
 そのぶれない姿勢がやはり発揮されたと思うのは、2017年から21年まで続いた周辺諸国による断交である。このことは日本ではあまり知られていないことと思うが、約4年の長きにわたり、サウジアラビア、バーレーン、アラブ首長国連邦、エジプトという周辺諸国により、カタールとの国交が断絶され、人的物的往来が遮断された。その理由は大まかに言えば、カタールはムスリム同胞団等のイスラム政治勢力に対する支援をやめよ、ということであった。周辺諸国にとって、イスラム主義に基づく過激な政治勢力は自国の安定にとって懸念すべき存在であったのである。
 結局この断交はカタールが譲歩することなく終わった。その上、カタールはその間に、それまでほぼすべての生活必需品等を他国に頼っていたリスクを回避する策として、畜産や農業等を国内で興し、一部自給できるような対応策をとった。今当地のスーパーでは、made in Qatarの野菜や牛乳その他の食料品等が手に入る。
 この断交が終了した現在も、ハマスに拠点を提供していること等をもってして、カタールはイスラム過激主義あるいはテロリズムを支援している国だという指摘を聞くこともあるが、当地に住む筆者としては当を得ているとは感じられない。カタールは中東最大であるアル・ウデイド米空軍基地を受け入れ、上に述べた米国大統領令にも見られるように、米国と安全保障上の深い関係にあるとともに、有名な国際会議、例えばWTOのドーハ・ラウンド(2001年)、国連気候変動会議のCOP18(2012年)を主催し、本2025年11月には第2回国連社会開発サミットも当地で開催される等、いわゆるグローバリズムを拒絶することなく、多国間主義を重視しているからである。

 カタールの一人あたりGDPは7万ドルを超え、世界有数の豊かな国である。カタールを訪問すると、まず空の玄関であるハマド国際空港でその建築と店舗の多彩さに気がつく(ちなみにこの空港の拡張工事は日本の建設会社が請け負ったものである)。首都ドーハの中心部の高層ビル群、数多くのショッピングモールでは、広々とした空間と豊富な品々が目につく。この豊かさの主たる源は豊富な埋蔵量を誇る天然ガスである。天然ガスは火力発電の燃料として、原油に比べてCO2の排出が少なく、今後も世界的に見て重要なエネルギー源と位置づけられている。日本の現在のエネルギー基本計画においても、液化天然ガス(LNG)は、温室効果ガス排出ネットゼロを目標としている2050年に向けたエネルギー源の一つとして位置づけられている。
 実はこの天然ガスをLNGとして輸出できるようカタールに寄り添い開発し、さらに世界で初めて輸入した国は日本なのである。1997年に中部電力が輸入したのが始まりであった。カタールはすでに原油も輸出していたが、それ以降は主たる輸出品はLNGとなった。今では米国、豪州と輸出量世界第一位を競う規模を誇っている。日本にとっても、上に述べたようなエネルギー政策上のLNGの位置づけから考えれば、カタールはこの重要な資源を引き続き安定して供給し続ける存在であろう。実は歴史をさらに遡ると、カタールの主力産業はペルシャ湾(当地では「アラビア湾」と呼ぶ)で採取される天然真珠であったが、日本で開発された養殖真珠の登場により、カタールの真珠産業は大きな打撃を受けてしまった。その打撃を受けたカタール経済が再度飛躍したきっかけが、偶然とはいえこれも日本だったということになる。
 2011年に東日本大震災が起き、原発の稼働が減って日本が電気供給に困難を生じた際には、カタールは相当な量のLNGを緊急に追加供給してくれたこともあった。また同じく震災をきっかけとして、東北の被災地の自治体のために学校施設の建設等を支援してくれたこともあり、その際に始まった日本とカタールの間の交流は今も各地で続いている。

 要人往来でも、1994年には皇太子同妃両殿下(当時、現天皇皇后両陛下)がカタールをご訪問された。首脳レベルを含む政府間の往来も盛んであり、元首(王族)であるタミーム首長は2013年の即位以来4回訪日しており、また日本からは安倍総理(当時)、岸田総理(当時)をはじめとする要人がカタールを訪問している。両国の関係は戦略的パートナーシップ関係と位置づけられ、外務大臣間の戦略対話、事務レベルの政策対話、防衛当局間協議等、多階層に渡る二国間の協議と意思疎通のメカニズムが構築されている。ちなみに2025年には、トランプ米大統領が政権二期目の事実上の初の外国訪問先の一つとして、カタールを訪問し同首長と会談を行ったことも記憶に新しいところである。

 カタールと聞いて、多くの日本人が思い浮かぶのはサッカーかもしれない。2022年FIFAワールドカップ・サッカー大会にて、日本代表がスペインとドイツに勝利した試合や、また遡ること1993年の「ドーハの悲劇」、すなわち後半ロスタイムにイラクに同点ゴールを決められ、手が届きかけていた初のFIFAワールドカップ大会出場を逃した試合は、いずれも大きな注目を集めた。これら二つの出来事の間には約30年の時間の経過があるが、筆者はいずれもリアルタイムで中継を見ていただけに、こちらに着任後、これらの舞台となった二つのスタジアムをそれぞれ視察する機会を得たのは感慨深かった。その場で携帯の画面で当時の動画を見ると、特に「悲劇」の方のグラウンドは所々改修されてはいるもののやはりここに間違いない、と感じさせた。

 カタールのもう一つのイメージは放送局のアルジャジーラであろう。主にアラビア語放送と英語放送の二言語でニュース等を放送しており、こちらも筆者は当地でスタジオを訪問した。その際の説明によれば、30年ほど前にBBCのアラビア語放送が放送を終了したことがあり、そのスタッフをカタールに迎え入れる形で始まったそうである。上に述べた周辺各国による断交の際には、アルジャジーラの放送内容の修正も周辺国からの要求の一つであったのだが、このことにも垣間見られるように同局の世界的な発信力は大きいものがある。

 カタールはアラビア半島の東岸に突き出た半島形をした国であり、面積は秋田県ほど、一年を通じて雨はほとんど降らず、国土の大半は砂漠である。そこに人口約300万人が暮らしているが、その9割は外国人で、国籍を有するカタール人は約1割のみである。外国人のうち多数を占めているのはインド人(約70万人)、ついでバングラデシュ人、ネパール人、フィリピン人等が多い。一般の店舗やスーパー、銀行や携帯電話等のサービス業、さらには警察や軍にも多くの外国人従業員・職員がみられる。これだけ外国人が多いのには様々な経緯や背景があろうが、昔からインド洋を挟んだ国々との海を渡った交流が盛んであり、また経済の発展に伴い給与の水準が高いと同時に所得税や消費税がない(法人税はある)こと等も考えられるであろう。

 大阪・関西万博2025では、日本の建築家・隈研吾氏設計によるカタールの伝統的な船(「ダウ船」という)の形を模したカタールのパビリオンが当地でも話題となった。筆者も7月8日のカタールの万博ナショナル・デーのイベントに一時帰国して参加したが、中東湾岸地域独特の衣装(頭に布をかぶり、体を大きく布で覆うような服装)と歌舞が大いに注目を集めていた。また2027年には横浜で国際園芸博覧会が開催予定であるが、その前2023年から24年にかけてドーハで同博覧会が開催されており、バトンがドーハから横浜に渡される形になる。カタールは、横浜での同博覧会に各国に先駆けて最初に参加契約を締結した国ともなっている。さらに上に言及したFIFAワールドカップ・サッカー以外にも、カタールは世界的なスポーツのイベントをよく開催する。さる5月には世界卓球選手権大会が開催され、日本選手団は男子ダブルスが64年ぶりに金メダルに輝く等活躍した。水泳、ゴルフ、バスケ、バレー等様々な競技の世界大会も開催され、F1レースは近年毎年開催されている。2030年にはアジア競技大会をホストする予定であり、その前の2026年アジア大会は愛知県・名古屋市で開催されるので、こちらは日本からカタールにバトンが渡されることになる。

 カタールには日本からの直行便が飛んでいる。カタール航空が成田と関空に、また日本航空が昨2024年から羽田便を就航させている。日本から乗る方々の中にはドーハで乗り換えて欧州や南米等に行くケースも多いが、是非ドーハにも滞在いただき、カタールをより身近に感じていただければ幸いである。