イスラエル・パレスチナ情勢


元駐イスラエル大使 鹿取克章

1.紛争の現状
●2023年10月7日、パレスチナ武装組織ハマスのガザからの攻撃により1200名以上のイスラエル人が暗殺され200名以上が人質として連れ去られた。
●武力衝突は長期化。戦火も拡大。
●7月6日電子版Haaretz紙:Day 639。パレスチナ側死者少なくとも57,338名、残された人質53名(生存未確認者を含む)。
●60日の停戦協議が進行中(米国、カタール、エジプトが仲介)
(参考)基本情報(外務省資料。茶色部分イスラエル。緑色部分パレスチナ自治区)

▷面積:四国程度、人口:約950万人(2022年5月 イスラエル中央統計局)
▷民族:ユダヤ人(74%)、アラブ人(21%)、その他(5%)(同上)
▷宗教:ユダヤ教(74%)、イスラム教(18%)、キリスト教(2%)、ドルーズ(1.6%)(2020年イスラエル中央統計局)
▷パレスチナ自治区人口:パレスチナ人約548万人(西岸地区 約325万人、ガザ地区 約222万人)(2023年、パレスチナ中央統計局)

2.紛争長期化の背景
①ネタニヤフ首相の思惑
 イスラエルにおいては数年来ネタニヤフ首相の3件の汚職疑惑にかかわる裁判、同首相の裁判所権限を規制するための法案提出などにより政府に対する国民の批判が大きく高まり、政治が混迷を極めていた(2019年3月から3年半ほどの間に総選挙を5回実施)。ネタニヤフ首相にとって一定のテロは織り込み済みであったと考えられるが、2023年10月7日のハマスのテロは、ネタニヤフ首相の想定をはるかに上回る大規模なものであった。ネタニヤフ首相は、「自らの汚職事件の対応に追われ、安全保障を軽視し、大規模なテロを許した」として国内から大きな批判を受けることとなった。首相は、この「失政批判」に対し情報機関及び軍への責任転嫁を試みたが国民は納得せず。ネタニヤフ首相は、権力の座を守るべく「テロとの戦い」、「イスラエルの防衛」、「人質全員の解放」の大義を強調、国民に対し「強い指導者」としてのイメージを植え付けるとともに、「ガザの完全支配」、「ハマスのせん滅」など自らの失政を糊塗するための「成果」達成を追及しており、停戦には関心がない。レバノン攻撃、1月から実施されたハマスとの停戦合意の破棄(本年3月18日)、6月13日のイラン攻撃などは、ネタニヤフ首相の思惑を踏まえた行動である。イラン核施設に対する攻撃に米国を巻き込むことができたことについては国内から高い評価を得ることができたものの、ネタニヤフ首相批判の声は依然として強い。ネタニヤフ首相は、今後ともガザへの攻撃を継続し、西岸においては入植地の拡大等宗教的過激派に寄り添う政策を強化し、来年10月に任期を迎える議会の解散・選挙の時期をしたたかに検討していくこととなろう。

②拡大するイスラエルにおける宗教的過激派の勢力
 パレスチナ側においても1987年の第一次インティファーダの際に結成された武装組織ハマスのように二国家解決に反対する過激勢力は存在するが、イスラエルにおいては「ユダヤ人国家イスラエルは神から与えられたパレスチナ全域(the promised land)を包含するものでなくてはならない」と信じている宗教的過激勢力が根強く存在し、特に2022年の総選挙後立場を強化している1 。二国家解決を拒否する同勢力は、ネタニヤフ首相と「相協力」する関係に立っており、今後ともネタニヤフ首相を支えかつ利用し、パレスチナ人を排除した「大イスラエル」建設に向け圧力を強めていくこととなろう。なお、ネタニヤフ首相自身もこれまで二国家解決に否定的姿勢を示してきた。1993年にはオスロ合意が達成され、イスラエル及びパレスチナ二国家解決に向けての展望が開かれたが、1996年に第一次ネタニヤフ政権が誕生し、オスロ・プロセスは頓挫した。
(参考)宗教的過激主義の考えを示すイスラエル閣僚の発言
●2023年11月5日、Amichai Ben-Eliyahu文化遺産相(ユダヤの力)は、ガザへの「核兵器の使用、ガザ住民すべての殺害も一つの選択肢」であるなどと発言(2023年11月5日、6日ニューヨーク・タイムズ紙他各紙報道)。
●2023年末、Bezalel Smotrich財務相(宗教シオニズム)は、ガザのパレスチナ人住民を90%程度ガザから外に移動させることを提案(2023年12月31日Haaretz紙)。
●2023年末、 Itamar Ben Gvir国家安全保障相(ユダヤの力)は、ガザよりパレスチナ人を排除しイスラエルの入植地を作るべきであるなどと発言。ガザへの支援物資搬入反対をたびたび表明(2024年2月29日付The Times of Israel)。
●2024年2月20日、Smotrich 財務相は、「人質の解放が最も重要な課題であるのか」との問いに対し、「否、いかなる代価を払っても人質解放を目指すべきであるとの主張は無責任であり、人質解放はハマスを打ち負かしてのみ達成され得る」など発言(2024年2月20日Haaretz紙)。

③封印されているイスラエル国内における穏健派の声
 イスラエルのリベラルなユダヤ人はネタニヤフ首相に批判的であり、早期停戦及び人質の即時解放を要求している。デモも頻発している。本年5月23日にはイスラエルの元各国及び代表部大使17名が緊急ステートメントを発出し、ネタニヤフ政権を批判、イスラエルにおける法の支配を含む民主主義的価値の後退、国際社会における孤立、ユダヤ人社会及びイスラエルに対する信望の低下に危惧を表明した。イスラエルの英字紙Haaretzもネタニヤフ首相に批判的な記事を連日掲載している。しかしながら、戦争が継続している中での政権批判は、政権側より「利敵行為」、「国家に対する裏切り」と喧伝され、政府批判の流れは大きなうねりにはなり得ていない。国内における批判的声の封印も、ネタニヤフ首相が戦争を継続している背景の一つである。

3.米イスラエル関係
 中東和平問題においては米国の対応が決定的に重要となる。米国ユダヤ人口は、全人口の約2%を占めるに過ぎないが、政治的、経済的及び社会的影響力は極めて強く、アメリカ・イスラエル公共問題委員会AIPAC は最も強力なロビー団体の一つである。米国は、これまで一貫してイスラエルを支持してきており毎年多額の軍事援助を行っている2
 ユダヤ人に勝るとも劣らない影響力を有しているのが米国のプロテスタント福音派(特に白人)である。白人の福音派の米国全人口に占める割合は2006年の約25%から2021年には14%に低下したが、宗教団体の中では政治的影響力が依然として最も強いと指摘されている3 。福音派は、米国南東部から中西部にかけてのいわゆる「Bible Belt」において大きな勢力を有しており、キリスト教シオニストと称される人々は、パレスチナの地がユダヤ教徒によって支配されることがキリスト再臨の前提であると信じ、イスラエル・パレスチナ関係においては西岸におけるユダヤ人入植地拡大を含め終始イスラエル宗教過激派の立場を支持し、二国家解決に反対している。
 このような米国の後ろ盾により、イスラエルは、国際社会の声と真っ向から対立することをも躊躇しない。国連や国際機関に対する敬意も感じられない。2024年7月19日、国際司法裁判所は「イスラエルのパレスチナ領域の占領は国際法に違反する」など画期的な勧告的意見を発したが、ネタニヤフ首相は、全パレスチナ地域領有という「野望」を改めて露呈する形で反発した。イスラエルは、今後とも米国内のユダヤ人強硬派及びキリスト教福音派と連携し、米国政府を牽制するための努力を続けていくであろう。
 米国のユダヤ人の中には民族的・宗教的過激勢力に対する批判の声も高まっており、イスラエルと距離をおこうとする者も増加している。例えば、ユダヤ系米政界重鎮チャック・シューマー上院民主党院内総務は2024年3月14日、ネタニヤフ首相は国益より自らの政治的延命を優先していると非難しつつイスラエルにおける新たな選挙の必要性を主張した。ニューヨーク・タイムズ紙は、トーマス・フリードマン論説委員その他ユダヤ系記者によるイスラエルに対する批判的記事を数多く掲載している。米国世論においてもイスラエルに対する批判の高まりが見られ、2024年5月4日BBC報道によればコロンビア大学をはじめ全米130以上の大学においてガザの戦争を批判する声が高まった。
 しかしながら、政界をはじめ米国におけるイスラエル支持勢力は強い。2024年7月、ネタニヤフ首相は主として共和党の働きかけにより米国訪問招待を受け、米議会上下両院合同会議で演説した。本年1月20日にトランプ大統領が就任し、米国におけるイスラエル傾斜は一層強まった。トランプ政権は、大学におけるイスラエル批判の声を封じ込めるべく大学に対する締め付けを強め、大学の自治及び表現の自由も大きく制約されつつある。また、トランプ大統領はマイク・ハッカビー元アーカンソー知事を駐イスラエル大使に任命したが、ハッカビー元知事は熱烈なキリスト教シオニストとして知られており4 、同大使はユダヤの宗教的過激派とキリスト教シオニストとの連携を一層強化すべく努力していくこととなろう。

4.必要な措置
 中東和平問題は、現在極めて大きな困難に直面しており、和平に向けての道筋は全く描けない状況にある。指導者の個人的思惑、パワーポリティックス的思惑に加え宗教的過激主義が複雑に錯綜している。しかしながら、イスラエル・パレスチナ問題について平和的解決の展望が開かれない限り、中東は今後とも世界全体にとって深刻な火薬庫であり続ける。人類は、キリスト教シオニストが信じている「最終戦争」(アルマゲドン)のような事態はぜひとも避けなくてはならない。
 現時点で即効性のある和平に向けての方策は見いだせないが、政治的に必要な措置は、ガザにおける戦争終結と国連における速やかなパレスチナの国家承認である。もとより、ハードルは高い。ネタニヤフ首相は、パレスチナの国家承認には断固反対を続けるであろうし、政治的考慮により戦争終結も望んでいない。しかし、ネタニヤフ政権のガザにおける軍事行動及び西岸における入植地の拡大、パレスチナ人に対する暴行やその財産の破壊・略奪等の行動は、国際社会がこれまで培ってきた民主主義、人道主義、法の支配、倫理などの価値観と相いれない。長年途絶えている和平交渉の再開に向けての新たな展望を開くためには、できるだけ早期の国連によるパレスチナの国家承認が重要である。和平交渉の再開は、中東地域における包括的な平和構築に向けてのプロセスにも資することとなる。国際社会は、これらの目的のために協調してできる限りの圧力を高めていく必要がある。

5.日本はいかなる役割を果たし得るか
 日本も、特に次の2点に留意しつつ、中東和平問題に一層の貢献を果たすことが必要である。
①日本外交の選択肢の拡大
 日本外交の基軸は、日米安保体制及び日米関係であり、対外関係における米国との緊密な連携は今後とも重要である。しかしながら、日本として長期的に国益を確保していくためには、民主主義、人道主義、法の支配、国際正義など日本外交のよって立つ原則を一貫して堅持し、「平和国家」、「信頼できる公正な国家」としての国際社会における立ち位置、換言すれば国際社会における日本の「独自の価値」を確固たるものとすることが不可欠である。そのためには、米国との関係においても外交の選択肢を狭めないように常に留意していかなくてはならない。最近懸念を呼んだ一例は次の通りである。
 国際刑事裁判所(ICC)5 は昨年11月21日、イスラエルのネタニヤフ首相とギャラント前国防相に対し人道に対する罪と戦争犯罪の容疑で逮捕状を発行した。2023年10月7日のハマスのイスラエルに対するテロ攻撃は許されざる行為であったが、イスラエルによる多数の児童を含むパレスチナ市民の殺害、ガザにおける非人道的行動は明らかにバランスを逸しており、ICCの決定は妥当なものと考えられる。イスラエルは強く反発し、また本年1月に発足したトランプ政権は2月6日、ICC職員とICCの業務を支援する人々を対象に資産凍結と入国禁止を認める大統領令に署名した。この米国の制裁措置に対しフランス、ドイツ、英国、カナダなどICC加盟79か国及び地域は2月7日、ICCの独立性や国際的な法の支配を脅かすものであるなど指摘した共同の声明を発出した。しかし日本は、日本人の赤根智子氏がICCの所長を務めているにもかかわらず声明に参加せずICCを擁護しなかった。日本の対応は、国内外において失望の声を呼んだが、これは、日本外交の選択の幅がかなり狭められている現状を示すものであった。
 日本の国際社会における立ち位置を強化できれば、日本外交の選択肢も広がる。また、ひいては日米関係の一層の円滑化にも資することとなる。日本の果たし得る役割は多い。例えば、日韓の緊密なパートナシップを柱に中国との意思疎通を強化し、東アジアにおける安定圏構築に向け外交努力を続けることは、日本の果たし得る重要な貢献の一つである。中東和平問題に関しては、ネタニヤフ政権の国際法や人道に反する行為に対し、より毅然とした姿勢を示すことである。
②和平を求めるユダヤ人及び国際社会の市民との連帯(solidarity)の強化
 イスラエル内外における多くのユダヤ人がネタニヤフ政権の政策及び宗教的過激派の言動に大きな危機感を有しており、ユダヤ人及びイスラエル国家に対する国際社会の信望の低下に心を痛めている。穏健派ユダヤ人は、二国家解決に基づくパレスチナ人との和平の達成のみが、イスラエルの安全保障を長期的に確保する道であると信じている。しかし、リベラルな声は現在苦しい戦いを余儀なくされており、無力感及び孤立感すら漂っている感がある。日本としては、政府及び市民双方のレベルにおいて、平和を希求するユダヤ人及び国際社会の声に寄り添った姿勢を強化していくことが重要である。
 昨年10月9日の長崎市における平和祈念式典には駐日イスラエル大使は招かれなかった。これに対し、イスラエルと米国が強く反発し、各国政府及び東京の各国大使館に大使出席ボイコットを強く働きかけ、主要国の大使は参加を見送った。長崎市は、政治的理由は存在しない旨説明しているが、ネタニヤフ政権の閣僚がガザにおける核兵器の使用やパレスチナ人の抹殺と受け取れる発言を公然と行っていることを考慮すれば、長崎市の姿勢は理解できるものである。平和を求め、ネタニヤフ政権を批判している多くのリベラルなユダヤ人及び世界の市民は、長崎市の対応に勇気づけられたと思う。

6.終わりに
 7月7日にはトランプ・ネタニヤフ会談が予定されており、60日間停戦案が議論される旨報道されている。しかしながら、前途は多難である。停戦が実現し得たとしても、様々な思惑が錯綜する中、停戦が戦争終結につながるかは明らかでない。イスラエル議会は7月末から10月まで閉会し、その間ネタニヤフ首相は自らの政治的立場強化の方途を画策するであろう。
 いずれにせよ、イスラエルがキリスト教シオニストと共にパレスチナ全域の支配及びこの地からのパレスチナ人排除という野望を追及していく限り、永続的な平和は実現しない。永続的な平和実現のためには、国際社会の積極的関心と関与が不可欠であり、中東和平交渉が誠意をもって再開されることが第一歩となる。
 国際社会の平和と安定に向けての気運を高めていくことができるのは国際世論である。その原動力は市民である。平和を求める国際社会の市民の連帯及び積極的な声が強く求められる時代である。

[ 脚注]
  1. イスラエル議会(120議席)の構成(2022年11月選挙)
    リクード(右派):32
    宗教シオニズム(宗教右派):14 [選挙後、宗教シオニズム7、ユダヤの力6及びノアム1に分離]
    シャス(宗教):11
    統一トーラー(宗教):7
    未来がある(中道):24
    国家統一(中道右派):12
    イスラエル我が家(右派):6
    労働党(中道左派):4
    ラアム(アラブ系):5
    ハダッシュ・タアル(アラブ系):5
    2021年3月選挙と比べると、西岸併合に反対してきた左派のメレッツは6議席すべてを、中道左派の労働党は3議席を失った。宗教シオニズムは6議席から14議席に躍進。
    (イスラエル議会HP https://knesset.gov.il/mk/eng/MKIndex_Current_eng.asp?view=1
    ↩︎
  2. 米国は、イスラエルの立場を支持するため、国連安保理における中東関連決議に際しこれまで40回以上拒否権を行使。(https://research.un.org/en/docs/sc/quick
    米国政府のイスラエルに対する財政支援の累積額(1946年~2023年)は、158,665百万ドル(2023年は、3,800百万ドル)。(https://sgp.fas.org/crs/mideast/RL33222.pdf
    ↩︎
  3. 2023年3月6日Guardian: Chris McGreal「Evangelical Christians flock to Republicans over support for Israel」。なお、公共宗教研究所(PPRI)の2020年の調査によれば非白人を含めた米国福音派は米国人口の約22%を占めている。
    ↩︎
  4. 2025年6月18日 Haaretz紙
    ↩︎
  5. International Criminal Court。国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪(集団殺害犯罪、人道に対する犯罪、戦争犯罪、侵略犯罪)を犯した個人の訴追・処罰を任務とする歴史上初の常設の国際刑事法廷。ICCローマ規程(1998年採択 / 2002年発効)により設立。所在地はハーグ。締約国は2025年2月現在125か国。 ↩︎
[参考文献等]
・John Mearsheimer & Steven M. Walt: The Israel Lobby and U.S. Foreign Policy, 2007
「イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策」
・Steven Levitsky & Daniel Ziblatt: How Democracies Die, 2018
・Sylvain Cypel: The State of Israel vs. The Jews, 2021
「イスラエル vs. ユダヤ人」
・Robin Dunbar: How Religion Evolved and Why It Endures, 2022 「宗教の起源」
・西岸におけるイスラエル人入植者のパレスチナ人に対する暴行、パレスチナ人財産の破壊や略奪を報道したBBCのDocumentary
Seizing the West Bank: Extremist Israeli settlers in control – BBC World Service Documentaries (https://www.youtube.com/watch?v=fxLDYkX7l9A
・少し古いものであるが、米福音派の政治傾向を調査した資料(https://www.pewresearch.org/religion/2005/04/15/american-evangelicals-and-israel/