【霞関会編集長インタビュー第4回】「トランプ2.0の政策評価と2026年中間選挙に向けての民主党の戦略」


グレン・S・フクシマ米国先端政策研究所上級研究員
元米国通商代表部通商代表補代理(日本・中国担当)
(聞き手:川村泰久)

―トランプ政権が発足後100日が経過したところですが、昨年の大統領選で米国民は、トランプ氏に7,700万票余(49.8%)及びハリス氏に7,500万票余(48.4%)を投票しました。米国有権者は現在もその時の判断が正しかったと思っているでしょうか。

(フクシマ氏) 確かにこの100日間で多くの事が起きました。今回のトランプ第二期政権に向けてトランプ氏周辺の人達は多くの時間を使って周到な準備をしてきました。特にヘリテージ財団の「プロジェクト2025」はその好例です。トランプ氏は就任初日に26の大統領令に署名し、現在までに200近い大統領令に署名しました。トランプを強く支持した人々は、彼がこれだけのことをやってのけたことにかなり満足していると思います。他方でトランプを支持しなかった人々は、状況は予想していた以上に悪くなっていると考えています。則ち、米国はかなり分裂している状態です。大統領就任100日を迎えた時点での世論調査によればトランプ大統領の支持率は38~39%で、大統領就任後100日間の支持率としては史上最低でした。これら回答者に同時にトランプ大統領に成績評定をつけてもらったところ、45%がF(落第点)をつけたものの23%はA(優)をつけており、評価が分かれました。AとF以外をつけた32%はトランプ氏の今後の行動次第で評価が変わり得るということですが、選挙でトランプ氏に投票した人々は経済を良くしてくれることを期待しているもののまだその成果が現れていないと考えていると思われます。実際、関税のせいでアメリカは景気後退に入り、株価が下落し、インフレが進み、貿易戦争が起こるかもしれないと多くの人が感じています。だから経済面から言えばトランプ氏を支持した人々でさえも不安や懸念を持っています。
 しかし、トランプの岩盤支持層は評価を変えていません。トランプ氏が何を言おうと、彼らはトランプ氏を支持し続けるでしょう。23%が彼にAを付け、45%がFを付けていますが、それ以外に付けた32%の人々は意見を変える可能性があります。現在、特に経済面では、トランプ氏に投票した人々のうちの相当数の人々がトランプ氏について再考しまた疑念を抱いていると思います。彼らは、トランプ氏が経済状況の改善を重視せず、政府機関の廃止、人文科学系の国家基金の廃止、公共放送の廃止、ケネディセンターの接収、大学への圧力、マスコミへの圧力、法律事務所への圧力など経済に無関係なことを行っているからです。トランプ氏に行動を期待していた人々は経済改革や国境管理に焦点を当ててほしいと願っていた中間層です。しかし、トランプ氏が政府機関の廃止や大学、法律事務所、メディアへの圧力などに多くの時間と労力を費やしていることについては必ずしも満足していません。
 経済以外のもう一つの大きな問題は移民です。多くの人々はトランプ氏が国境の管理を改善したと考えています。 しかし、彼が不法移民や一部のアメリカ市民まで強制送還したそのやり方には多くの疑問が投げかけられています。そのため、移民問題であれ、USAIDや教育省などの政府機関を廃止しようとしたことであれ、トランプ氏に対して多くの訴訟が起こされています。 多くの訴訟が提起されているため、最終的にどのような結果が出るのかを予想することは難しいです。なぜなら、裁判所が判決を下すには時間がかかりますし、仮に連邦地方裁判所が判決を下したとしても、高等裁判所に控訴されるかもしれず、さらに最高裁に上告されるかもしれないからです。それゆえ、今の時点ではまだ答えのない問題がたくさんあり、不確定要素が多いのです。

―市場は米中の関税合意を歓迎しているようです。このような劇的な交渉の急展開、さらには結果的に米国の対中関税が日本製品に対する関税率よりも低くなったという状況を見て、トランプ大統領の関税戦略の急転換の理由はどこにあると考えますか?

(フクシマ氏)関税問題については、5月8日に英国との間で合意に達し、その後ベッセント財務長官とグリア通商代表がスイスで中国側と会談し、5月12日に合意に達したとされています。ご指摘のとおり株式市場は安堵し、一定の進展があったと捉えられています。しかし、合意の詳細が明らかになっていません。全体の枠組みについての合意はなされたようですが、まだ多くが詳細についてさらに交渉されなくてはならないのです。一つ明らかなことは、トランプ大統領が勝利宣言をし、肯定的な結果を出せたことを公表したがっているということです。英国との交渉にしても中国との交渉にしてもトランプ大統領の勝利宣言は時期尚早であり多くの詳細を詰める必要があります。貿易交渉はしばしば細部を詰める必要があるため、時間がかかることが多いのです。多くの人々は今回のような何らかの合意に達したことで安堵していると思いますが、実際の合意内容はまだそれほど明確ではないし、これから日本や韓国、インドなどとの交渉もあります。
 トランプ大統領は第一次政権時、中国と合意し勝利宣言したものの、これらの合意は米国にはほとんど成果をもたらしませんでした。同様に第一次政権では彼はNAFTAを非常に厳しく批判し、それゆえUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の交渉を行ったのだと主張したのですが、第二次政権になってからは彼はUSMCAにかなりの不満を表明しています。勝利を宣言し、大きな前進を遂げたと言いながら、結果は彼が述べたとおりにはならないというのがお決まりのコースなのです。

―トランプ大統領が中国への関税問題の対応でこれほど迅速に動く要因は何でしょうか?

(フクシマ氏)一つの要因は上下両院で共和党が多数派を占めているため、トランプ氏が最も強い立場にいるということです。それゆえ現在議会のトランプ大統領に対するチェック機能はほとんど働きません。司法からはある程度の抑制が働きます。議会は通常の場合、関税を含む貿易問題においてかなりの権限を持っていますが、現在の議会はトランプ氏に従属的なように見えます。今やトランプ氏はやりたい放題で、議会はほとんど抵抗をしていません。
 上院は共和党53議席、民主党47議席、次の中間選挙で上院の過半数を民主党が取るのはかなり難しいのですが、下院ではその差は8議席と小さい。過去の殆どの中間選挙は、政権を失った政党に有利であることが証明されています。つまり、下院が民主党の多数派になる可能性が現実味を帯びてきているということです。例えば、オバマ大統領が誕生した2年後の2010年、民主党は下院で63議席を失いました。だからといって次の中間選挙で共和党がそれほど多くの議席を失うとは考えにくいのですが、多くの民主党員は20議席か30議席を取り戻して下院の過半数を民主党が占めることができると考えています。中間選挙の結果、下院で民主党が多数派になれば、トランプ大統領を牽制できるようになります。それゆえ最初の2年間でできる限りのことをしなければならないとトランプ氏は考えているのでしょう。

―今回のトランプ大統領の対中関税戦略を柔軟路線に変更することが、当初の米国の立場からの「譲歩」を意味するのであれば、トランプ氏としてはこれによって失うかもしれない支持者からの信頼をどのように補うつもりなのでしょうか?

(フクシマ氏) 私は関税交渉をさほど詳細にフォローしているわけではなく、むしろ製品の価格や供給への影響について興味があります。トランプ氏も、中国製品への高関税が続けば、アメリカの消費者にとって不利な状況になると考えています。しかし、米国人は消費者だけでなく、中国製の部品等に依存している製造業者もいるので、トランプ大統領には何らかの合意に達するとともに、これらの合意がトランプ大統領にとって勝利だと改めて宣伝できるようにプレシャーがかかっています。
 トランプ大統領についてもう一つ言えることは、彼は非常にマーケティングに長けた商売人でありPRが得意であるということです。このような貿易交渉では、彼は一旦合意に達し、その成果を宣伝し、多大な成果を上げたと売り込みますが、実際にはさらに詳細な交渉が必要になります。そして結果的には、合意に達した協定が、彼が宣伝したほどの成果を米国にもたらさないことになります。少なくとも彼の大統領第1期目は、中国、カナダ、メキシコなどとの合意に基づいて、結果を誇示する傾向がありましたが、実質的な成果はなく、今回の政権においてもそうなるだろうと予想しています。

―マイケル・フロマン氏はフォーリン・アフェアーズ誌で、結局、米国はルールに基づかない強圧的な中国式の貿易政策を採用したものの、結局それに勝ったのは中国であったと書いています。米国や日本を含む他の市場経済国には、中国が半導体生産などで自国の安全保障に脅威を与えないようにするために、今どのような政策オプションが残されているのでしょうか?

(フクシマ氏)バイデン政権が実施しトランプ政権も実施しようとしている対中政策オプションは、継続されると予想されます。特に半導体、電気通信、AIなど米国が中国より技術的に先行し、かつ中国が米国製品から利益を得ることができると米国が考えている分野、特に軍事利用が可能なデュアルユース技術の製品については、引き続きサプライチェーンに焦点を当て、中国に輸出されるハイテク製品を制限することになると思います。特定のハイテク製品の対中輸出を制限する政策は続くでしょうし、米国はおそらく、日本、韓国、台湾、ヨーロッパ諸国などの同盟国に対し、中国によるこれらの製品へのアクセスを制限するために米国と協力するよう要請することでしょう。このような政策オプションについては、オバマ政権の後半から大きく変化しているわけではありません。2014年以降の10年間、アメリカに対する挑戦者としての中国に対する懸念が増大しています。

―トランプ政権のMAGA政策は、米国の製造業を復活させ、生産を米国に戻すというものですが、米国自身は関税攻勢によってインフレ、貿易縮小による景気後退、雇用の減少、場合によってはドルの信認低下といった高い代償を支払うことになる可能性が懸念されています。大統領選挙の「レトリック」として共和党党首が「ヒルビリー・エレジー」の声を聞くということは理解できますが、アメリカの有権者としては、その政策が広範な米国の国益の喪失を正当化するものだと考えているのでしょうか?

(フクシマ氏)トランプ大統領の国際貿易に対する考え方は1980年代初頭に形成されているようなのは興味深いところです。私は以前2016年に1980年代初めから中頃までのトランプ大統領のインタビュー記事やスピーチを調査研究したことがありますが、その当時トランプ氏は、「第二次世界大戦後、アメリカは軍事的、政治的、経済的、文化的に世界で最も強力な国として台頭したが、1945年から1985年までの40年間で日本やドイツなどの同盟国がアメリカを利用し、アメリカの犠牲の上に豊かになったため、アメリカは相対的に弱体化した」と言っていました。彼は日本との関係では5つの問題があるとしていました。第一は巨額の対日貿易赤字です。彼の考えでは、黒字の国が勝者ということでした。つまり、当時アメリカが負っていた対日貿易赤字は、アメリカが負けて日本が勝っていることを意味すると考えていました。第二の問題は、日本は自動車であれ、鉄鋼であれ、家電製品であれ、多くのものをアメリカに輸出して莫大な利益を得ていること。第三の問題は日本はアメリカ製品を輸入していない、そして彼は常に「一体日本のどこをシボレーが走っているのか」と言っていました。第四に日本は為替操作をして、円安を誘導して対米輸出で多くを稼ぎとても裕福になった。第五は、にもかかわらず、アメリカに敵から守ってもらうことを当然として、防衛のただ乗りをしている。日本人はとても頭がよく、賢く、ずるく、アメリカを食い物にして、利用していると。彼は韓国やドイツ、その他の同盟国にも同様の考え方を示していました。そのような彼の考え方は時を超えて氷結したままになっているように見えます。
 それゆえ最近の議論において、トランプ氏は「我々は日本と安保条約を結んだが、それは不公平なものだ。米国は日本を守らなければならないが、日本はアメリカを守る必要がないのだから。日本は巨額の貿易黒字を稼いでおきながら防衛でただ乗りしている。」と言っています。
 トランプ氏は「日本は米国から自動車を買っておらず、状況は40年前と変わっていない」と言っています。トランプ大統領は製造業に焦点をあてているようなのですが、それは彼の頭の中では1940年代から1980年代にかけて自動車や鉄鋼の製造業がアメリカ経済にとって重要であったからです。しかし、今日では製造業は米国のGDPの12%を占めるにとどまり、むしろサービス・セクターで莫大な貿易黒字を得ています。戦前の米国は農業大国であったため、多くの人が農業が大事だと考えていましたが、トランプ氏も同じように製造業にこだわり続けていると思われます。
 トランプ氏が関税をかけるいくつかの合理的な理由があるようです。まずは政府の歳入増のため。2つ目は貿易不均衡の是正、3つ目は製造業の米国内への回帰。4つ目は市場開放。5つ目は不公正な貿易慣行に対処するため。そして6つ目は、他国に対するテコであり、必ずしもテコの対象は貿易問題であるとは限りません。移民やメキシコやカナダが送り込んでくるフェンタニル(薬物)のこともあります。第三国や日本の場合、この6つのうちどれが目標になるのか予想するのは困難です。関税を賦課した結果、貿易不均衡が是正されることで満足するのか、日本が市場を開放し、アメリカ車を購入することで満足するのかは定かではありません。昨年、日本では518台シボレーが売れ、ベンツは5万3千台近く売れました。これはトランプ氏の言っている「日本市場は外国車を閉めだしている」との主張とは異なるものでした。トランプ氏の日本に対する見方は、未だに1980年代のままのように思われます。

―リーマン・ショックの後民主党の政策が米国の経済的弱者から十分な支持を得られなかったのはどのような理由があると考えますか?

(フクシマ氏)ブッシュ政権末期、同政権の政策は少なくとも2つの理由で不人気でした。一つはイラク戦争。多くのアメリカ人が、アメリカは正当な理由もなくこの戦争に突入したものの、イラクには大量破壊兵器がなく、アメリカは莫大な金を費やし、多くの人命が失われたと考えました。 あの不要な戦争はアメリカ人がブッシュ政権に対して抱いた大きな批判のひとつでした。そして2007年から2008年にかけて起きたリーマンショックと金融危機もブッシュ政権が不人気になった第二の要因であり、その結果を受けてオバマ政権が誕生したのです。オバマ政権はアメリカ経済を再生させるために時間と労力を費やしました。実際のところ、金融、自動車産業、住宅産業の立て直しに成功しました。しかし、イラク戦争や金融危機に対して特に指導的立場にある者が誰も責任を取らなかったことについて米国民には極めて大きな不満が今でもあります。オバマ政権の最大の功績は「オバマ・ケア」であり、アメリカ史上かつてないほど多くのアメリカ人に医療保険を適用したことでした。オバマ政権に対する評価は賛否両論あったのですが、多くのアメリカ人、特に中西部や南部ではグローバリゼーションと移民、そしてこれらの要因が自分たちの経済生活を相対的に悪化させていると感じており、これに対する強い怒りが生じて現在に至っています。そして民主党員には都市部や東海岸・西海岸に住む大卒者が増えており、彼らがエリートであり、特に南部や中西部の特に白人の労働者クラスは取り残されているという認識が人々の間で広まっていったのです。 
 2016年、トランプ氏は有権者、特に白人で大学教育を受けていない人々の怒りと不安を利用することに成功し、彼らがトランプの強力な支持者、すなわち「岩盤支持層」となりました。これらの取り残されていると感じていた人々は、エリートたちがNAFTA条約に署名し、中国のWTO加盟を認めたのであり、これらの行為によって彼らは特に白人の労働者階級に損失を与えた、と考えたのです。それが2016年の選挙結果の背景であり、多くの人が驚いたことに政策経験のないトランプ氏が変革を公約に掲げ、誰もが経験豊富と考えていたヒラリー・クリントン候補を敗退させたのです。他方で、クリントン候補は現状に縛られ過ぎていて、変化を代弁しない候補だったと考える人もいました。例えば、左派のバーニー・サンダース候補は、クリントン氏はウォール街との絆が強すぎると批判していました。その一方でトランプ氏は、クリントン氏は指導者としては労働者階級や中産階級とは無縁だと批判したのです。このようにクリントン氏は左右両派から批判を受けていました。2016年の選挙で興味深かったのは、トランプ候補がTPP等に関してクリントン候補を批判した際、彼が「TPPなどは外国の利益にはなっても、アメリカ人にとっては損失だ」と述べていたことです。その一方でバーニー・サンダース候補は、クリントン候補によるTPPの支持を批判し、「TPPなどが基本的にアメリカの億万長者達にとって有利であるからであり、労働者階級や中産階級が苦しんでいるその脇でこれらCEO達は利益を独り占めしている悪者であるからだ」としていました。このようにトランプ候補とサンダース候補の間で誰を「悪者」とするかが異なっていたのです。しかし結果的には両者ともTPPやNAFTA等の自由貿易協定に反対という点では共通しており、トランプ氏はそれが外国を利するからであり、サンダース氏にとってはそれがアメリカの金持ちのみが利益を得ると主張していました。
 多くの点で、オバマ政権はブッシュ政権の反動であり、トランプ政権はオバマ政権の反動でした。2016年の選挙で民主党は、特に中西部と南部の人々の不満や怒り及び不安を十分に考慮していなかったと感じていました。アメリカの有権者は、2020年の選挙では、トランプ政権第一期の政策に不満で、変化を求めてバイデン氏を選びましたが、一期で退任することを期待していました。ところが、彼が一期で退任を拒否したため民主党はトランプに対抗する強力な候補者を選ぶ指名集会を招集できずにいたところ、6月27日のテレビ討論会で、バイデン氏が大統領継続は不可能と分かり、副大統領のハリス氏が指名候補者となりましたが、選挙戦が3ヶ月しかなく、不人気な大統領の政権の責任を負わざるを得ず、トランプ氏に負ける結果となりました。バイデン氏が一期で退任していれば、民主党も強力な候補者を指名することが出来、民主党が勝てる可能性は十分にありました。しかし現実にはバイデン氏は残り、大統領2期目に出馬したため今日の状況となっているのです。かならずしも、トランプ氏が強い候補だった訳ではありません。

―今年の夏が終わると、2026年の中間選挙が1年後に迫ってきます。民主党の中間選挙戦略及びその見通しについてうかがいます。

(フクシマ氏)民主党にとって次の大きなイベントは2026年11月の中間選挙です。 私は最近、クリントン元大統領とヒラリー・クリントン氏を囲む50人ほどの夕食会に出席しましたが、その時の議論は、民主党が下院の過半数をどう奪還するかが中心でした。民主党は基本的に3つの点で一致しています。第一は、民主党が自党の立場を明確に示す政策、特に経済を中心とする政策を策定すること。ほとんどの民主党員は2024年大統領選挙で民主党の弱点であった経済に焦点を当てることが重要であると考えています。有権者にとって重要な課題についてよく練られた政策を持つことが重要です。第二に、強力な候補者を擁立することであり、民主党は現在、魅力的な候補者を選んでいるところです。第三は過去に成果を挙げた政策も含めて民主党政権の政策に関する明確なメッセージを発信することです。民主党員の多くは、大統領選挙が行われた2024年にバイデン政権が取った政策の多くが実際にアメリカ人に利益をもたらしたと考えています。例えば新型コロナ対策や、経済政策、IRA(インフレ抑制法)やチップス法などです。しかしそれを伝えるメッセージは必ずしも明確ではありませんでした。民主党は、G7諸国との比較において米国経済が最も良好なパフォーマンスを示していると見ています。経済成長率は高く、インフレ率も失業率も低く、株式市場も好調ですが、トランプ氏の岩盤支持層の有権者はこの経済を自分達の日常生活に利益をもたらしているとは見ていません。民主党は、自分たちがとった政策が米国民、特にこうした岩盤支持層の有権者にもプラスになっていること、そしてそれはなぜかを伝えるために、メッセージングをもっと効果的に発信すべきだと考えています。
 前回の議会選挙で民主党は上院で4議席を共和党に奪われました。現在、上院は共和党53議席、民主党47議席です。来年の中間選挙で上院で民主党が過半数を奪還するのは困難です。しかし下院では現在議席数の差が8議席と小さく、そのためこれまでの多くの中間選挙では野党が有利になる傾向があります。つまり、来年の中間選挙で民主党が下院の過半数を取る可能性は現実的なものです。例えば、オバマ大統領の就任から2年後の2010年、民主党は下院で63議席を失いました。26年の中間選挙で共和党が下院でそれほど多くの議席を失う可能性は低いですが、多くの民主党員は20議席や30議席は取り戻し下院の過半数を奪還できると期待しています。そうなれば下院は召喚権限を行使して公聴会や調査委員会を開始できることになります。これらを考慮して、トランプ氏は最初の2年こそ自分が望むことを行う時であると信じていますが、中間選挙後には下院が民主党の過半数となり、彼の行動に制約が課される可能性があるため、トランプ氏がそれまでと同様に行動することがより困難になるかもしれません。したがって、トランプ氏は最初の2年間でできるだけ多くのことを実行しなくてはならないと感じていると思います。
 民主党は中間選挙において政策課題、候補者及びメッセージングに焦点を当てています。民主党としては、大統領選で当選するだけの票を集められるような訴える力を持ち政策をメッセージに込められる候補者を擁立できるかどうかが鍵となります。どのようにしてそのような候補者を擁立できるのか私にはまだ確定的なことは言えません。私としては、民主党が適切な政策、候補者及びメッセージングを確立し、2026年に下院の過半数を獲得して、トランプ大統領に対して一定の制約や防護措置を設けられることを願っています。2016年、2020年、2024年の選挙では、有権者は現状に不満を抱き、変化を求めていました。オバマ氏に2回投票し、トランプ氏にも2回投票した有権者もおり、なぜ異なる政策を持つ2人に投票したのか尋ねると、彼らは「「現状」に不満を抱き、変化を求めたからだ」と答えています。これからの大統領候補者は「変化」を主張しなければ成功できないと思います。オバマ氏の強みは、人々を魅了し、説得する力でした。「Yes, we can!」というスローガンで、特に若者は2008年にオバマ氏に非常に熱狂しました。2020年、トランプ氏の魅力は、グローバル化やDEIに象徴されるオバマ氏の政策に反発する伝統的な白人中心のアメリカを取り戻すとの「変化」を提唱したことにありました。2028年の次回大統領選挙では、中味のある政策課題を持ち有権者にアピールするメッセージを発することができる候補者であっても、変化を体現する人物でなければならないと思います。前述したとおりイラク侵攻にせよ金融危機にせよこれらに対する責任を誰もとらなかったことに対する怒りがこのような事態を招いた原因の一つです。アメリカ国民は多くの不満を感じていました。建設的な「変化」を提唱できる人物が出てくれば、アメリカを多国間関係を重視する多国間主義の国に戻すこともできるでしょう。

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―米国は同盟、自由貿易及び国際関係に対するコミットメントを継続するかどうか不確実な時代に入ったように思われます。近い将来どのような条件が満たされれば米国は再び多国間主義に回帰したいと考えるようになるのでしょうか?

(フクシマ氏)トランプ氏は極めて異例の大統領です。なぜなら、第二次大戦後ほとんどの大統領は、自らの役割が米国を団結させることにあると認識していたからです。しかしトランプ氏の場合は実際のところ国を分断して楽しんでいます。ある名の知れた本は彼を「分断者」と称しています。確かに、米国を分断させることは一部の人々を喜ばせるかもしれませんが、同時にそうすることによって米国内のみならず国際的にも多くの問題を引き起こしています。トランプ氏やトランプ氏のような人物が大統領である限り、アメリカが同盟関係へのコミットメントに集中するのは困難です。なぜなら、トランプ氏の世界観は、先ほど述べたように、同盟国がアメリカを搾取しているという考えであるからです。そして、トランプ氏は実際のところ、プーチン氏、習近平氏、オルバン氏や金正恩氏のような強権的な指導者を好む傾向にあります。トランプ氏は、自身も権力を振るいたいと考えているためこれらの指導者を高く評価しているようです。トランプ氏は自著でも述べているように、「交渉で有利な立場を維持する最良の方法は、相手を予測不能な状態に保つことだ」と考えています。自分の考えや行動を明かしてしまうと、弱い立場に立たされるからです。そのため、相手を予測不能な状態に保つ必要があります。これは同盟国にとって困難な状況です。なぜなら、同盟関係は予測可能性と信頼性に依存しているからです。しかし、トランプ氏は一貫性を欠いた行動を取っています。おそらく、彼の不動産ビジネスでの背景が影響しているのでしょう。不動産業界でも長期的視点やビジョンを持つ企業もありますが、トランプ氏の不動産ビジネスは基本的に「安く買って高く売る」もので、スポット取引など取引中心のビジネスで長期戦略や長期同盟を必要としません。そのため、トランプ氏は製造業や自動車産業では、長期の計画や複雑なサプライチェーンが必要であることを理解していません。そのため、関税を課せば、企業はすぐに米国への投資をすると考えているようです。しかし、関税を課された製造業の企業は、サプライチェーン全体を調整しなければならないため、生産拠点をすぐに米国に移すのは困難です。しかし、トランプ氏は短期の取引重視で策を弄しがちで、同盟関係を重視せず長期的な視点を持たないのです。トランプ氏が非常に取引重視で戦術的であること、これが問題を複雑にしています。
 米国が将来多国間主義を重視する可能性を高め得る要因の一つは米国が自身に対して一定のレベルの「自信」を持つことです。これができれば米国は多国間機関や組織に対してより開かれた寛容な姿勢を示すことができるでしょう。トランプ氏は多くのアメリカ人の心の中に「他国が米国を食い物にして、搾取している」と主張することで、被害妄想を煽り、不安、不確実性、恐怖の感覚を植え付けており、これが彼らから米国が多国間機関やその活動に参加するための「自信」を奪っています。もし米国の経済状況が比較的良い場合には、「自信」がある程度持てるはずです。トランプ政権はバイデン政権から比較的良い経済状況を引き継いでいますが、残念なことに、関税に焦点を当てて貿易戦争を引き起こすことで、トランプ氏は米国の経済を実質的に減速させています。IMFは、米国のみならず米国以外の多くの国々の経済成長率の見通しを下方修正しています。これらは主にトランプ関税に起因するものですが、一人の人間がこれほど大きな損害を与えることができてしまうということは本当に憂慮すべきことです。

―民主党が、優れた政策オプションとよく練られたメッセージを持つ強力な候補者を擁立できれば、アメリカ国民は、経済貿易問題に限らず、「米国は国際的なリーダーシップを取り戻すべきだ」という考え方を受け入れることができるようになるでしょうか?

(フクシマ氏)リーダーシップとは国を特定の方向に導いていく重要な資質です。残念ながら、現在の大統領は、協力という統一的な見解よりも、分裂や相違を助長する人物です。にもかかわらず私はアメリカの将来について長期的には楽観的に見ています。
 私がそう考える理由の一つは、米国の若者は概して自由貿易、気候変動、移民、銃規制、中絶、同性婚等の課題についてより開かれた考えを持っているからです。先ほど述べたように、大学教育を受けていない白人男性の間では、トランプ氏への支持基盤が強固です。他方で米国の人口統計によると、2045 年頃までに非白人の人口が白人よりも多くなり、非白人が多数派になる見通しです。各グループの投票傾向から、若者、女性、非白人の過半数がトランプを支持していないことがわかります。私はカリフォルニア出身なので、カリフォルニアの政治を60年代から注意深く見て来ました。1992年までカリフォルニアは共和党の大統領候補者が常勝する州でした。1992年にその傾向が逆転し、民主党のビル・クリントン氏がカリフォルニア州で勝利しました。1992年以降、カリフォルニアは強力な民主党州となりました。知事と上院議員2名、州議会の約70%が民主党員です。これは、農業州の中央地域から都市部への移住による都市化、人の移動が要因です。若年層と女性による投票率の増加、アジアとメキシコからの移民の増加も、1992年に共和党が敗北した要因です。カリフォルニア州とその住民は米国の他の地域よりも20~30年先を歩んでいると見られています。そのため、私は長期的に見て米国について楽観的です。米国は250歳未満という若い国です。米国は現在は、まだ思春期で、成長の痛みを経験しているのだと思います。それは青年の「反抗期」のようなものです。

―このような米国にあっても日米同盟を強化しつつ、インド太平洋における中国へ戦略的対応を行うことが最優先課題であるというコンセンサスが存在しているのは心強いところです。しかしその一方で、米国の戦略専門家の中には米国本土をミサイル攻撃から守るためだけであれば、最新の技術を用いれば海外に基地を置く必要はないという意見もあります。インド太平洋における安全保障協力体制への米国のコミットメントは、米国内のタカ派からどの程度の挑戦に直面しているのでしょうか?

(フクシマ氏)アメリカは分断されていますが、一つ言えることは中国がアメリカに与える脅威については、民主党も共和党も見解が一致している点であり、さらにアメリカが中国に対してしばしば過剰な警戒感を持つ場合があることも事実です。私は、アメリカは中国に対してより優れた戦略と一貫性を持ったより現実的な政策を取る必要があると考えています。しかし、中国がアメリカにとって最大の競争相手であるという点については、共和党と民主党、そしてアメリカ国民の90%も意見の違いはありません。これは軍事的な安全保障面でも経済的安全保障面でも米国にとって日本が非常に重要な存在であることを示しています。確かに、韓国や日本における米軍の存在価値を疑問視する人々もいます。しかし、そのような主張をする人々はコスト面から政治問題を見るという視点を持っている人達と考えられます。しかし、米軍の大多数を占める人々や、米国が中国と充分に競争できるかどうかを懸念する人々は日本と韓国におけるアメリカ軍の存在を高く評価しており、また日本と韓国におけるアメリカ軍との緊密な協力関係、さらにはフィリピンやオーストラリアとの協力関係を重視しています。したがって、軍事戦略に携わる人々からはこの戦略的協力関係に大きな変化は生じないだろうと思います。勿論そうは言っても純粋に経済的な観点からこの問題を見ている人々がアジアにおける米軍の存在を縮小したいと考える可能性はあります。トランプ氏はその一人かもしれません。今後の彼の動向を予測することは困難ですが、そのような考え方をする彼は米国の中では明らかに少数派だと考えたいですね。

―米国の大学からの 「頭脳流出 」が報じられていますが、日本をはじめとする各国もトランプ政権の学生ビザ政策を懸念しています。日米間の留学生交流がこの政策によって影響を受けるのは残念なことです。日本との二国間学生交流はどうあるべきと考えますか?

(フクシマ氏)ここで主要な問題は、トランプ政権が大学や種々の研究機関における研究開発予算を削減している点です。これにより、アメリカ人だけでなく、海外からアメリカに研究を行うために渡米する人々にとって、研究の機会とインセンティブを減少させています。これは既に現実の問題であり、カナダやイギリスをはじめとする諸国は、アメリカ人科学者やエンジニアをアメリカから引き抜こうと動き出しています。最近、イエール大学の著名な哲学者と2人の著名な政治学者が、トランプ政権がアメリカの大学のキャンパスでの言論の自由と議論を抑制しようとしていることに懸念を抱き、カナダのトロント大学に移籍することを発表しました。研究コミュニティと学生の両方が、現在の政権の政策の影響を受けています。そして、この傾向は中国にとっては好都合で、大歓迎でしょう。この状況が長期的に悪影響を及ぼさないことを願っています。(了)

(本インタビューは2025年5月15日外務省内において行ったものです。)