【霞関会編集長インタビュー第3回】「コソボ・破壊から復興の教訓:自由民主主義以外に途はなし」

 
サブリ・キチマリ駐日コソボ共和国大使 
(聞き手・川村泰久) 

―2018年に日本・コソボ外交関係樹立15周年に際し、安倍首相が発表した「西バルカン協力イニシアティブ」は地域の和解と社会経済改革を日本が支援することを通じてコソボと地域の平和と安定に貢献することを目的としています。このイニシアチブの実施状況を含め、現在の両国関係をどう評価されますか?不透明な世界情勢が続く中、両国がさらに協力すべき分野はあるでしょうか?
キチマリ大使:
安倍晋三元首相のイニシアティブである西バルカン協力構想は、コソボとこの地域の平和と安定に好影響を与える具体的な行動をもたらしました。このイニシアティブの成果として、日本の外務省は西バルカン諸国担当大使を任命しました。2020年、日本はコソボに大使館を開設し、昨2024年、外交旅券と公用旅券の査証を廃止する二国間協定に調印しました。両国は緊密かつ実質的な政治的協力を維持しています。2022年9月、クルティ首相は安倍晋三元首相の国葬に参列するため日本を訪問、2023年には日コソボ間で政治協議が行われるとともに、2024年には国交樹立15周年を記念して外相の相互訪問が行われました。 同年5月にはドニカ・ゲルヴァラ・シュヴァルツ副首相兼外相が日本を訪問、上川陽子外相も同年7月にコソボを訪問しましたが、これは独立国コソボへの日本の外相として初の訪問でした。
 日本とコソボ両国は多くの国際問題で同じ立場をとっており、政治的価値観も共有しています。コソボにとり、日本はアジアにおける最も親しい友好国の一つと考えています。コソボは、日本の自由で開かれたインド太平洋を実現するというビジョンを支持していることを誇りに思っていますが、同時にコソボとしては、日本にとって南東ヨーロッパ地域における最も信頼できるパートナーとなることを強く希望しています。

―大阪・関西万博は、日本の経済とコソボを結びつける絶好の機会を提供すると思います。日本の産業界や消費者はコソボにどのようなことを期待できるでしょうか?
キチマリ大使:
高成長を続ける南東ヨーロッパ地域への投資に関心を持つ日本の投資家や起業家にとってコソボは有望な国です。その地理的位置、良好なビジネス環境、若く教育水準の高い労働力は、日本企業にとって魅力的な進出先となっています。特にコソボのIT分野と経済発展は両国の協力にとって有望な機会を提供しています。プリシュティナ-ドゥルレス間の高速道路のようなインフラ・プロジェクトから技術ベンチャーまで大きな可能性があります。具体的な成功例をご紹介すると、驚くことなかれコソボには日本企業が作ったヨーロッパ最大のシイタケ工場があるのです。

―コソボと日本の交流において柔道はどのような役割を果たしているでしょうか。
キチマリ大使:
柔道はコソボにおいて以前はそれほど人気のあるスポーツではありませんでした。しかし過去20年間に柔道はコソボで最も人気のあるスポーツの一つになりました。これは過去3回のオリンピックで5つのメダル、特に2021年開催の「東京オリンピック2020」で柔道ナショナルチームが活躍し2つの金メダルを獲得した成果です。コソボの柔道チームはしばしば日本を訪れて練習を行っています。日本の外務省は、コソボ代表チームを日本の伝統的なスポーツである柔道の国際的振興に貢献があったと認めています。

―2020年にドナルド・トランプ大統領の仲介で、コソボとセルビアの経済関係を正常化する協定が締結されました。現状はどうなっているのでしょうか?
キチマリ大使:
2020年に調印されたこの協定は、コソボとセルビアの経済関係の正常化を目的としたより経済的な性格の強いものでした。その後、2023年2月27日にEUが交渉し、パスポート、卒業証書、自動車のナンバープレート、税関のスタンプなど国家の文書や象徴を相互承認する原則に基づいて両国の関係正常化に関するもう一つの協定が結ばれました。また、コソボが今後いかなる国際機関に加盟することにもセルビアが反対しない点でも合意しました。2023年3月18日、クルティ・コソボ首相とセルビアのヴチッチ大統領は北マケドニアのオフリドで会談し、合意の履行に口頭で合意しました。ただ、その一方で履行は非常に遅れていると言わざるを得ません。

―第二次トランプ政権になり本件についての米国の関与に変化はみられるでしょうか?
キチマリ大使:
本年、トランプ大統領は就任から数週間の後、オスマニ大統領に対してコソボ共和国の独立17周年に祝意を表する書簡を送りました。この書簡の中でトランプ大統領はコソボに対する米国の強力な支援を強調し、特に投資機会の拡大を通じて両国が一層の繁栄を得られるよう期待していると述べました。トランプ大統領はまた、コソボが欧州の大西洋コミュニティにさらに統合されることの重要性を強調するとともに、ロシアの侵略に直面しているウクライナに対してコソボが揺るぎない支援を行っていることを高く評価しました。

―コソボはかつての破壊から復興し今やワインを輸出するまでになったと聞きます。コソボの安定的な経済発展はこの地域の平和と和解の推進にとっても有益であると考えていますか?またコソボの輸出はトランプ大統領の関税によって影響を受けていると考えていますか?
キチマリ大使:
1998年から1999年にかけてのコソボ紛争の結果、我が国は国土の広い範囲が破壊されました。ドレニツァ、ラホベツ、マリシェバなどでは、爆撃によって約半分、地域によっては9割に及ぶ家屋が壊されました。橋の70%、学校の60%も失われ、約90万人の難民がアルバニア、北マケドニア、モンテネグロや多くのヨーロッパ諸国に逃れました。それでも1999年6月にほぼすべての難民が2週間という期間でコソボに帰還しました。緒方貞子難民高等弁務官が主導的な役割を果たして難民の迅速な帰還と人道支援を実現して下さったからです。その後2004年までに家屋、学校、橋などの再建が完了しました。多くの国が復興を支援し、日本にもラジオ・テレビ局への支援、固形廃棄物管理への取り組み、災害リスク削減と環境保全、大気汚染防止、病院や学校への支援など数多くのJICA復興プロジェクトを通じて支援していただきました。なお、トランプ大統領はコソボからの対米輸出に10%の関税を賦課しています。

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―グテーレス国連事務総長は、国連安全保障理事会は機能不全に陥っていると述べていますが、米国が国連にコミットし続けることが、この地域にとってどれほど重要と考えますか? また、米国が国連に関与し続けるために加盟国は何をすべきだと思いますか?
キチマリ大使:
ロシアによるウクライナの侵略は、いわゆるカント・モデルにおける恒久平和が拒否権によって妨げられていることを示す何よりの証拠です。国連安全保障理事会は、ロシアがいかなる提案にも拒否権を行使したため、何らの措置も講じることができませんでした。すなわち、国連は、拒否権のために国連憲章に対する重大な違反を罰することができないという状態にあります。国連は意思決定プロセスを民主化し、冷戦終結後に生まれた国際関係の新たな局面を尊重する方向で見直し、改革する必要があります。民主主義を代表する常任理事国を増やすべきで、少なくともアフリカから一か国、そしてオーストラリアもです。日本とドイツも、世界の四大経済大国として国連の活動を継続的に支持していることから常任理事国入りが認められるべきです。さらに世界最大の人口を擁するインドも常任理事国の資格を有すると考えます。

―キチマリ大使は十代でドイツに留学し、国内紛争や抑圧という時期にあって厳しい道を歩んでこられたと承知していますが、今後の欧州の移民・難民政策はどうあるべきとお考えですか?
キチマリ大使:
私の人生は、コソボにいる多くの仲間の人生と似ています。ユーゴスラビアの解体過程における政治的な動きにより、私たちの多くは難民として国外に逃れることを余儀なくされました。1989年にドイツに移住した後、私は哲学、政治学、社会学を学ぶことにしました。同時に、戦争の危機に瀕していた祖国を助けることにも力を注ぎました。終戦後、私はプリシュティナ大学の教授としてコソボに戻りました。しかし、コソボ共和国の独立宣言から6ヵ月後に私は光栄にもコソボ共和国の初代駐オーストリア大使に指名され、以後外交官の道を歩むことになったのです。初代駐オーストリア大使は2008年から2013年まで勤めました。2013年から2018年までは初代駐オーストラリア大使として、そして2022年1月からは駐日大使として在勤するに至っています。
 欧州は国際法を尊重し、自らの利益のために難民問題に取り組まなければなりません。難民は受入れ側に負担を負わせるだけの存在ではなく、しばしば有益な貢献をします。難民は受入国の社会的・文化的多様性に影響を与えます。グローバリゼーションの時代にあって欧州としては、国から国、地域から地域へと人々の移動を妨げようとしてもそれはできないという事実を受け入れ難民と共存していく覚悟を持たなければなりません。このような人の移動から機会を創出しなければならず、これを障害としてのみ捉えるべきではありません。

―「歴史は続く-歴史継続の3つのモデル」という著書を書かれていますが、どのような内容なのでしょうか。
キチマリ大使:
私の本は、フランシス・フクヤマの 「歴史の終わり 」に関するものです。フクヤマは王制、ファシズム、共産主義に対する自由民主主義と自由市場システムのイデオロギー的勝利を宣言しています。今やフクヤマの 「歴史の終わり 」という考え方には異論が出されています。フクヤマが自著につけたこのフレーズは適切ではありません。歴史はイデオロギーではありません。歴史とは、私たちが現在と未来を方向づけるために記憶し、解釈する過去のことです。フクヤマは自由民主主義の勝利を宣言することはできますが、だからと言って他のイデオロギーの形態が死滅したわけではありません。中華人民共和国では市場経済体制が受け入れられていますが、自由民主主義は受け入れられていません。ロシアでは権威主義が覇権主義的ナショナリズムに回帰し、自由民主主義の価値観に挑戦しようとしています。北アフリカと中東では、今世紀初頭に始まった民主主義的変化が、イランをモデルとするイスラム原理主義の台頭という極端な方向へと滑り落ちています。「歴史の終わり」という理論を科学的見地から見れば、そのようなことはあり得ないと結論づけられます。歴史の終わり」の後も、歴史は続くのです。したがって、歴史に本当の終わりはありません。フクヤマの学説が発表されてから30年たった今も歴史は続いています。

―つまり、「歴史」という名のイデオロギー闘争は、冷戦終結後も続いているということですね。 今日、人々は自由・民主主義の今後を真剣に心配しています。過去30年間のコソボ自身の経験から、自由・民主主義を維持し、さらには発展させるためには何が必要だと考えますか?
キチマリ大使:
1999年の戦争後、コソボは2つの急激な変革を遂げました。国家システムを占領国から自由で民主的な体制へと変え、経済システムをユーゴスラビア時代から受け継いだ社会主義経済から市場経済システムへと転換させたのです。コソボは幸運でした。国連、NATO、EUの存在だけでなく、日本、スイス、カナダ、オーストラリアといった国々が、コソボの再建を成功させ、また自由民主主義体制と自由市場経済を確立するために投資してくれたおかげで、大きな恩恵を受けることができたのです。今日、一部の国では、超国家主義、宗教原理主義、近隣諸国に対する攻撃的な軍国主義が公然と出現しています。このような現象には、EUやNATOのような多国間の自由民主主義共同体への統合プロセスを加速させることによって対抗しなければなりません。G7の決定はもっと大きな役割を果たさなければなりません。日本、オーストラリア、カナダといった非ヨーロッパ諸国も、同じ価値観を持つ国々と統合的な協力関係を築くべきです。自由民主主義体制の政治的価値は、教育制度やメディアを通じて、社会により強く浸透させるべきです。独立した司法制度は譲ることのできない価値である一方、民主的多数派に対する権威主義的少数派の支配を避けるには創造的なアプローチと抑止力が必要です。
(本インタビューは2025年5月2日駐日コソボ共和国大使館にて行った。)(了)