【霞関会編集長インタビュー第2回】「トランプ2.0」には世界戦略図をもって機敏に対応せよ
日本国際問題研究所理事長、元駐米国大使 佐々江賢一郎
(聞き手・川村泰久)
―トランプ大統領候補が激戦州 7つ 全てで勝利、共和党も上下両院で過半数を制するなど 圧勝しました。本年の大統領選挙を総括し、同じくトランプ大統領候補が勝利した2016年と比較すると、この8年間における米国と米国有識者の変化について評価をお伺いします 。
(佐々江理事長) 今回の大統領選挙は事前の想定では「接戦」ということだったのですが、蓋を開けてみれば トランプ大統領の地滑り的勝利に終わりました。多くの人々はトランプ候補がここまで圧勝するとは思っていなかったでしょう。 トランプ第一次政権時の米国の「トランピズム」の固定支持層、すなわち白人労働者で高学歴でないとされる層の支持は殆ど変わっていないと思いますが、 今回大統領選挙においては以前もそうであったように、有権者の経済への審判が最終的に決定打となったと思います。
トランプ氏のメッセージは非常にシンプルで分かりやすかった。すなわち、(1)経済が皆さんにとって大変なのでこれを良くする 、(2)違法移民があふれて皆さんの生活や暮らしを圧迫しているから 、抜本的な対策(例えば、国外退去)を取る、(3)ウクライナと中東の紛争・戦争を終わらせる、の3点でした。
これに対して ハリス氏は副大統領としてバイデン政権の政策を擁護する立場にあり、中間層や若者、女性などの視点から政策論を展開していましたが、従来民主党支持の基盤であったような人たち、つまりマイノリティ、ヒスパニック、若者や女性のかなりの票がトランプ氏に流れていきました 。
この点をどう解釈すべきか、トランプ氏の選挙戦術が優れていたと評価する人もいますが 、他方で保守化に向けての米国民の行動変化が現れているのではないかと分析する人もいます 。つまり民主党が、中間層や元来の地盤である労働者を擁護する政党ではなくて、相当程度社会の上層部を支持する政党になっていると見る向きがあります。この民主党の状況についてはバーニー・サンダース氏が批判していますが、やはり米国民が全体として保守化していると考えることは可能です。
また政策論争においてトランプ氏がペースセッターであったことも勝因の一つとして指摘できます。例えば 経済については最近はインフレが大変であり、その前にはコロナ被害もありました。経済はバイデン政権になってから本当に悪くなったのかと言えばマクロ的にはそう言い切れるものでもないという点はあるものの、 一般の市民から見れば、現在と比べてトランプ政権の時の経済状況の方が良かった、良くなってはいないという風に見てしまうので、経済運営をこのまま民主党政権に任せておいてよいか不安感を強く持たれたのではないかと思います。
さらに「ハリス色」が薄かったのではないかという指摘もあります。同氏は女性の元検事でカリフォルニア州出身という背景から女性の権利(中絶)や民主主義の危機など民主党的な政策を訴えてかなりの支持も得ていましたが、結局前述の米国の中心軸のブレと現職として批判を受けやすい弱さがあったため勝てなかったと思います。一言でいえばアメリカは保守化し、自らの生活へ直接の改善を政治に求めたということでしょう。
なお外交については大統領選挙の帰趨を決める大きな要素にはなりにくいと以前からよく指摘されてきてはいたものの、その時々の外交問題に影響されることはあるわけで、今回の大統領選挙について言うならば中東問題が無視できない要素になりました。バイデン政権のイスラエルのガザ攻撃に対する政策は、トランプ第一次政権の時と比べるとかなり人道、人権の問題に重心を置いていました。しかしミシガン州やペンシルベニア州などの大きな選挙区の有権者にどれくらい訴えることができたのか、今後の検証を見てみる必要はありますが、結果的にこの点においてもアメリカ国民の現状への不満のレベルが増大したと言えるのではないかと思います。
―ハリス民主党チームが若者、黒人、ヒスパニックなどの岩盤支持層の経済的不満を組み上げられなかったことのご指摘がありました。しかしバイデン大統領の選挙区にあるペンシルベニア州クランストンを訪れれば一目で「ヒルベリー・エレジー」の現実を理解できるほどで、民主党は何故8年間もかけて白人ブルーカラーの声を始めとしてこれら階層の怨嗟の声に政策的な有効打が打てなかったのでしょうか。
(佐々江理事長)2016年にヒラリー・クリントン氏がドナルド・トランプ氏に敗れてトランプ政権に移行する時も思ったのですが、 民主党の最大の敗因は、今回と同様トランプ氏の支持層である白人の「ヒルベリー・エレジー」のような人たちが民主党の政策で納得出来なかったということでした。実のところこの4年間民主党はインフラ整備などを行っており、中間層重視の政策を取らなかった、全く手を打たなかったということではなかったのですが、結果的にこれらの人々の不満を政策に反映できなかったということだと思います。
一方で、共和党は伝統的ないわゆるエリート層や富裕層などから離れて、「ヒルベリー」の階層の人たちにアピールする政策を取った。今まで民主党がやってきたことを共和党がやったのです。民主党によるメッセージの伝え方の問題だという意見もあるけれども、統計数字が示す米国のマクロ経済上の「回復」の状況と市井の人たちが感じているレベルとの間に差があったということだと思います。
有効的な政策が打てなかったのは何故か、今回何故敗戦したのか、誰が悪かったのか、民主党の中で議論されている状況が伝わって来ています。バイデン大統領がもう少し早く選挙戦から撤退していれば良かったのではないか、バイデン氏の代わりに出馬したのがハリス氏で良かったのか、ハリス氏はもっと早く出馬していれば良かったのか、いろいろな声があります。「もし」 という仮定をして敗因を検証するのは難しいところがあります。 結局のところ民主党の岩盤支持層を固めきれなかったのみならず、元来トランプ氏の批判勢力であった中間層も民主党は充分取り込めなかったこと、そこに敗因があり、民主党の原点、つまり 自分たちは誰を代表している党であるかというアイデンティティが薄れていたのではないかと考えます。
―トランプ氏は7つの激戦州全てを制し、得票総数で7400万票余とハリス候補に大差をつけたこと、また上下両院で共和党が多数派を形成したなどから、「トランプ2.0」は米国民の「信任」を背景に政策目標実現に邁進するものと思われます。トランプ第一次政権との違いはどこに出て来るとお考えですか?
(佐々江理事長)今回トランプ候補が負けた場合の混乱を多くの人が予想していたのですが、結果は逆となり民主党は あっさり敗北宣言をして、選挙に不正があったなどとは言いませんでした。民主党は伝統に則り民主的な政権移譲をしたため混乱は起きませんでした。
今やトランプ氏が両院でも多数派を形成して国民からの「お墨付き」を得た状態、すなわち非常に保守的・トランピアン的な政策を堂々と実施できる状態になったと言えると思います。しかし、場合によってはトランプ氏を支持しなかった4割強の有権者のバックラッシュや反発も起こり得ると思います。さらに米国全体が混乱する事態も起こり得ると思われます。
米国には違法移民が1000万人以上いると言われていますが トランプ第二次政権がこの人たちを国外退去させるとすれば相当の社会的混乱が予想されます。これに対して左派的で人道主義的な批判が出て来るのと同時に経済的な影響も予想されます。業種によっては違法な移民を労働力として雇用して成り立っているものがあるので、米国の雇用は全体としてタイトになっていくことが懸念されます。また輸入関税を高めるなどの貿易政策によって米国内のインフレが高まる危険を多くの人が心配しています。
さらにLGBTQやマイノリティなどが行うリベラルな主張に対して敵対的で厳しい対応をするトランプ氏が大統領権限を強権的な方法で行使していくことになると、それに対する反発が非常に大きくなることが想定されます。 その場合の社会的あるいは経済的な混乱はどのようなものとなるのか。混乱の程度によっては、米国の内政に大きな緊張が走ります。現時点で確かなことは言えませんが予断せず状況をよく見ていく必要があります。
特に司法当局も含めてトランプ氏に忠誠を示す閣僚や幹部でチームを固めるとか、さらにトランプ大統領に関する多くの裁判を大統領特権によって無効にしたり、圧力をかけるなどの事が通って「全体としてそれで良いのだ」、「何故ならこれは多数が支持している政権だからだ」ということになると米国の法の支配に基づく民主主義や三権分立など米国がこれまで体現してきた価値が相当下がってくることになりかねません。勿論それが米国の国内政治に代償としてどの位跳ね返ってくるかわかりません。ただ米国はこれまで「力の帝国」であると同時にリベラル、民主主義の先導者であるという認識が持たれてきたため、米国自身がかかる変化を遂げるのであれば理念的な面で米国に対する世界の敬意が今後も存在し続けるのかどうか確信が持てません。
外交についてはトランプ氏は「アメリカ第一主義」で取引をすることになると考えられます。理念や価値に基づく外交よりも力を背景にした取引を重視することになれば同盟国を含めてこれまでと異なる緊張感が走ります。勿論「取引」が上手くいけばとりあえずは良かったということになるかもしれません。しかし、その「取引」に対する評価は、例えばウクライナ問題での取引の結果、国際法に正面から挑戦して他国を侵略したプーチン大統領の侵略行為自体について政治的にも国際法的にも罰せられることはないということになりかねません。そうなると世界は 「不法状態」とは言わないまでも混乱し混沌とした状況になってくるでしょう。「強い者が勝つ」という戦国時代的な様相でよいのかという批判を惹起するでしょう。他方でとりあえずは停戦し、完璧ではないけれども話し合いで双方が妥協して領土ないし境界の確定やロシアと欧州の双方が感じる安全上の脅威を「力の均衡」によって抑えつつ、ウクライナに対しては相当程度の安全保障上の保証をするといったことができる可能性もあります。一定の力の均衡あるいは政治的なディールが成り立つのであれば戦争継続でより多くの人命が失われるよりはよいのではないかという考え方もあります。要するにウクライナの戦争をいつまでも続けていていいのかという点については多数が一致するとしても、その方法とプロセスについては結論が出ているわけではありません。
もう一つの焦点は、トランプ大統領を支える人たちが中国こそが米国に対する脅威であり、大きな挑戦を挑んでいる国であると考えていることです。それに比べてロシアに関しては、プーチン大統領が「ロシア帝国」復活の夢の実現を目指しているという問題もありますが、 中露が結束して米国に挑戦してくる状況と比べれば米国としてはロシアと比較的良い関係を保ちながら中国に対峙すべしという考えが強いように思います。これはトランプ氏と志を同じくする人たちの戦略的な選択肢です。ただし、これにより米中露の三者の戦略的な安定ないし均衡関係が達成されうるのか、米国の同盟国である我々にとっても有利な方向に進むのかどうかは確定的なことは言えないと思います 。
このような戦略的な観点から今後数年の次元でウクライナの戦争を見て価値とか原則においては妥協せずとも、まずはそれを横に置いて停戦を米国として優先する判断をした場合にはウクライナがどれくらいロシアの言い分を受け入れることができるのかが重要になります。この点で外交的な見極めが重要であり、トランプ政権が成功すればトランプ外交への評価はかなり高まるでしょう。他方でウクライナで仮に暫定停戦の形ができるとしても、戦前のチェンバレンの宥和政策のようにロシアが一息ついた後次の新たな野心に向かってしまえば世界はより難しい現実に直面することになります。特に欧州は難しい判断を迫られる。また最終的にウクライナは安全保障の不十分な領土割譲には納得しないと思われるが、その納得しないウクライナに停戦を押しつける「力の外交」が奏功するかよくわかりません。
このような状況において日本としては、難しい役割だが、「国際法を守る」という原則がウクライナ戦争においても揺らぐことなく堅持されるべきであるという立場は維持すべきと思います。ただその主義主張は変えずとも同時に戦略的な均衡をはかってとりあえず戦闘を一時停止してそこから和平のあり方を探る動きが国際的に出てくるのであれば日本としてはそれを支持していくべきだと考えます。
―インド太平洋の安全保障に関して伺います。ボルトン元補佐官の回顧録ではトランプ第一次政権下での対中交渉では大統領としての「再選」が主目的であったことや政策理念はともかく直感的な妥協がされてしまうリスクがあったなどの記述があります。また北朝鮮に関しては例えば2018年の金正恩との米朝合意で「朝鮮半島の非核化」とは書いてあっても「北朝鮮の非核化」とは書いていないことを懸念する声もあります。ロシアと北朝鮮の相互支援条約の批准など安全保障環境が激変していますが、日本としてどのように「トランプ2.0」と戦略的な協力を進めていくべきでしょうか。
(佐々江理事長) 日本は北朝鮮の核・ミサイル開発や中国の海上権益の拡張政策について敏感に反応するのですが、米国からすると北朝鮮のミサイルが近海に着弾したり、中国の艦船が周辺に示威行動をしたりするといったことはなく、国民レベルでの安全保障上の脅威認識については差があります。地理的に近いか近くないは非常に大きな要素として存在し、その点で最も北朝鮮の脅威を感じているのは韓国、更には日本でしょう。
もはや北朝鮮を完全に非核化させるということは現実問題として難しいかもしれない、そして北朝鮮を事実上核兵器保有国として交渉せざるを得ない状況にあるから、「北朝鮮の非核化」という大きな目標は放棄しないとしても核兵器の軍備管理交渉をすべきだという議論は、特に民主党系の人々を中心にかなり以前から強くあった議論です。第一次トランプ政権がやったことは基本的には北朝鮮と交渉して、北朝鮮が求めていた「米韓共同演習」をトーンダウンするとともに、最終的に北朝鮮がICBM発射とか核実験など米国を直接威嚇ないし刺激するような行為を抑制させてきたわけです 。この状況に米国が安心しているとは言わないものの、この間トランプ第一次政権の後のバイデン民主党政権も含めて北朝鮮問題への関心が下がったことは確かです。米国の数ある戦略目標の中で北朝鮮問題の相対的重心が下がったと言わざるをえません。ウクライナ問題や中東の戦闘がある中で、米国からすれば北朝鮮は核戦力が脅威ではあると言っても米韓、日米同盟や米国の核抑止力が強く効いているという認識なのでしょう。北朝鮮はどんなに頑張っても米国を追い越すような軍事力は持てないにもかかわらず何とか時間を稼いで核やミサイルの開発、 あるいは宇宙兵器やサイバー攻撃力を発展させて、自分たちが堂々たる軍事大国でそう簡単に攻撃されることはない、それが体制の存続・強化につながると考えているでしょう。
バイデン政権は中国とは競争、あるいは対峙するけれども協力もする。その協力の中には中国の北朝鮮に対する影響力も入っており、何か良い方向に持っていけないか、という期待は多少持っていたと思います。しかしトランプ第二次政権はそのような期待はあまり持っていないように見えます。仮にプーチン政権との間でウクライナに関して暫定的な和平などが視野に入ってくる時に非常に緊密になった露朝関係は米国の対北朝鮮政策にも影響を及ぼす可能性があります。もしその時点で米中関係が緊張を孕んでいれば中国に北朝鮮への関与を要請するのは難しいでしょう。さらに米中関係は特に最初関税交渉をして関税のレベルや期間がどうなるのか、制裁の応酬の後に本格的な交渉が行われるなど色々なケースがあるでしょう。すなわち米中関係も関税交渉その他の動きによって左右されるわけで、その間北朝鮮は中国とロシア双方を睨みながら、あちらに行ったり、こちらに戻ったり、また米国に対して交渉したりしなかったり。そういう複雑な外交ゲームが展開される可能性があります。
そのような中で日本は北朝鮮との問題を単に日朝関係という文脈だけではなくて、大きな世界全体の戦略関係の図式の中での「ライト・モーメント」を捉えて機敏に動くことが必要と思います。今は北朝鮮は「日本とは交渉しない」と言っているとしても本当に交渉しないのかどうかわからないわけです。例えば北朝鮮が強力な軍事力を保有している国であるということを前提として交渉するというような場合には話の風向きが変わってこないかというと、変わってくる可能性は全くないとは言えないでしょう。また米国及びトランプ政権による北朝鮮威圧政策が復活してくれば、北朝鮮の対日アプローチに変化もあり得ます。
日本としては、拉致問題の進展、これを解決する上でも米朝、南北関係とパラレルな形で日朝関係進展のための対話をどういう風に始めるのかということも考える必要があるわけです。 つまり北朝鮮は米中露韓との関係の中で日朝関係も考えているので、北朝鮮の対応は日朝関係単独だけでは計れないのです。北朝鮮から見ると日本との関係を改善して彼らにとっての課題を解決できるのかあるいは何らかの利益を得ることができるのか、あるいは日本との関係を持たないと自分達にとってより厳しい局面が増すのかなど、様々なことを考えています。
したがって全体的な戦略図の中で日朝関係を考えることが重要です。当面日米韓の協力を強化することによって北朝鮮の脅威を抑止していくということが必要不可欠だと思います。幸い日韓関係も現在は以前と比べて良好になっているので、今後の韓国の内政状況によるところもありますが、現在の良好な関係の中で後戻りできないような政治、安全保障、経済、国民間の関係の強化を図ることが大事です。日韓あるいは日米韓で北朝鮮の増大する脅威にいかにして効果的に対応できるかと考えていきながら、その中で日朝関係をうまく合わせて良い方向に持って行くことはできないかということを考えるべきと思います。
拉致問題も核・ミサイル問題と合わせて「包括的解決」と言われているように「単独変数」ではないので、北朝鮮には日本がどう見えているのかということを相当よく考えた上で適切な解決のあり方を探すということではないかと思います。ご家族の方々の気持ちを思えば早急に解決しなければいけません。北朝鮮に対して日朝交渉することにメリットがあるとかを感知させるように持って行くことが重要です。すなわち矛盾しているようですが、日朝が交渉できる環境を今後どのように強化していくかが必要になってきます。トランプ大統領が今後米朝で大胆に以前のような米朝首脳間交渉に持っていくということも考えられないわけではないと思います。そのような時に日本としてどのようにしてその環境変化を日朝の関係進展に活かしていけるのかを考えておくことが重要と思います。
その意味で日本としては、北朝鮮に対する対応や中国に対する対応に関して日米間で考え方に大きな齟齬が生じないようにしなければならず、これが非常に重要なことだと思います。日米間の外交的な擦り合わせをする上での最初のリトマステストは、ウクライナ問題に関してトランプ政権が行う対露交渉だと思います。ウクライナ問題では米欧関係で緊張もありうるが、G7における日本の役割は重要となるでしょう。
対北朝鮮、対中国問題に関して日本の懸念と米国の問題意識との間にそれほど差異はないように感じられます。しかし米中関係の展開は見通せず、米国の対中関税引き上げに中国が反発して交渉決裂となるのか、あるいは取引成立するのかはわかりません。最初はラッパを大きく鳴らすのがトランプ政権の特徴とも言えますが、他方であまり大きく鳴らすと中国はこれは単なるラッパと思って真剣に受け止めない可能性もあり、中国側に譲歩させることも簡単なことではないように思われます。
結果的に米中間で政策の是非をめぐる真剣な交渉になることを期待したいと思います。中国の巨額の補助金であれ、産業技術の窃盗の問題であれ、これまで問題視してきたことを正面から米中が議論し合えば良いと思います。他方で中国側が「それは内政干渉である」と言って、米国に対して非難と制裁の応酬をするだけになると先行きは暗いと思います。
日本ができることは貿易であれ戦略対話であれ交渉を軌道に乗せる努力を行うことだと思います。日中は、一時的に緊張局面にあってもそれを対話のメカニズムを通じて転換を図れるかどうかが核心だと思います。そのための準備は早く行うべきであり、そうしていると思います。あまりtit-for-tat的なことばかりしていると、冷静さを失いさらに国民世論に火がついてくると抑制が難しくなることが懸念されます。経済安全保障の推進は重要ですがそれを超えた米中「関税引き上げ競争」のような事態になると第二次大戦を誘発した近隣窮乏化政策の再来で非常に殺伐とした世界が現出しかねません。そうならないように日本は中国に対しては米国と協力して防衛抑止力を確保しつつ危機管理と対話をしっかり行うべきです。
日本は安全保障の備えを長年充分行って来なかったことも事実です。米国は勿論のこと、近隣の中国も韓国も国防強化に努める中でペースが遅かった日本も安保関連三文書にあるようにキャッチアップしつつあります。ただ問題は防衛力強化を実施するといっても果たしてそれで十分なのか、抑止力として十分なのか、サイバー防御も宇宙空間もあるし、体制や能力構築など課題山積です。日本はこれら課題に対応しながら対話と交渉もバランスを上手く取ってやる必要がある。実力を蓄えずに対話一本槍で行こうとしてもそれは難しい。また反対に抑止力の一本槍で警戒するというだけでやるのは相手との関係の均衡を保つ上では難しい。日本は抑止力と対話の2本の柱を上手くバランスを取りながら進めていくことが必要です。
米中関係についてもそのようなバランスが取れるよう日本として支援していくようにすることが有益です。トランプ第二次政権の下での米中の対話のモードはバイデン政権時代と比べて変わるでしょう。ダイナミックな交渉や意外性などが見られるでしょう。しかし交渉の意外性がポジティブな結果につながるように日本は側面支援していくべきでしょう。
また、グローバル・サウスとの関係についても日本の果たす役割は大きいと思います。インド、インドネシアやブラジルといった国々は、今後世界が冷戦モードになっていくならばどちらの陣営からも距離を保ちつつ自らの戦略的利益を主張してくるでしょう。これらの国と良好な関係を構築しつつ同時に国際社会に貢献するためにはどういう協力ができるのかについて日本は個別に戦略的対話をするべきです。日本にとってグローバル・サウスのどの国とどのような戦略的協力関係を結んでいくかというのが非常に大きな課題だと思います。そして日本がそれを実施することが日米同盟を強化することにつながると思います。
―2か月余の政権移行期におけるトランプ政権へのアクセス確保においては何が一番重要となるでしょうか。
(佐々江理事長) これまでオバマ政権からトランプ政権へ、トランプ政権からバイデン政権へと政権移行期があり、日本はこれらを乗り切ってきていることに自信を持って良いと思うし、経験の蓄積もinstitutionalなメモリーもあります。もちろん2期目のトランプ政権では更に進化し、周辺の人々も変わるが本質は同じです。トランプ氏は強い者を好みます。力を尊敬するという立場なので力がない者は尊敬の対象になりません。トランプ氏にとって力とは軍事的な力に限らず指導力をも意味します。
何と言ってもトランプ大統領はパーソナルに会話ができる人を好むので、そのための努力は必要でしょう。総理と大統領の関係も重要ですが、閣僚、あるいは主要なポストにある人たちとの関係構築も重要です。戦略目標によって何を達成しようとしているのかそれをトランプ氏から聞くことだけでなく、政権を形成している主要な人たちを含めてよく対話して合意形成に持っていくということが重要です。トランプ第一次政権の時もそうでしたがトランプ氏が一人で全て決めているのではなくて、国務省、国防省やNSCが検討して最終的に大統領も了承ということが多々ありました。
確かにトランプ氏とよい関係を作った安倍外交に世界の注目が集まりましたが、政治経験の豊富な石破総理はご自身のやり方を適切な形で前面に出されればトランプ氏と必ず良い関係を築くことができると思います。誠心誠意、石破総理が日本として実現したいことを、そしてそれが米国のためにもなるということを簡潔に分かり易く話されるのがよいと思います。「自由で開かれたインド太平洋」ビジョンの時のようにこれからの日本のビジョンや日米協力のストーリーを具体的に描いて「一緒にやりましょう」と話せば、トランプ氏も支持すると思います。そして詳細は専門家同士で話し合って協力していくメカニズムを早く構築することが重要であると思います。トランプ政権に限らずこれが肝要であるし、日本は成功すると期待しています。
(令和6年11月13日インタビュー)