【総領事が語る2024年大統領選挙と米国⑤】―ネバダ州の状況
在サンフランシスコ総領事 大隅 洋
陽光きらめく乾いた大地
霧に包まれがちなサンフランシスコから来ると、ラスベガスは陽光明るく、大地と青空に無限の拡がりを感じます。「きらめく太陽いっぱい浴びて」「厳しい自然に鍛えられ」「夢への一歩を踏み出そう」という日本人補習校ラスベガス学園校歌の一節は、この地の心意気を感じさせます。ネバダ州の人口は約320万人(2021年国勢調査)。約70%が州南端のラスベガス都市圏に、約15%が州北西でカルフォルニア州との境に跨るタホ湖東岸から広がるリノ都市圏に住み、残余は広大な乾いた土地に散らばって住んでいます。カジノが合法化され、空港の待ち合わせ場やラスベガス空港に置かれるスロットマシーンのネオンは明るく騒がしく、ストリップという名のラスベガスの大通りは派手派手しく、大勢の観光客が夜もゾロゾロと歩いています。近年は産業の多角化を目指し、アイスホッケー、アメフト、野球のプロチームの誘致に成功、昨年からF1の街中開催も開始しました。全体的に「右肩上がり」を感じるところです。
接戦州
ネバダ州の人口は1980年から3倍増、大統領選挙人も倍増の6人になりました。大統領選は2004年を最後に共和党候補が勝利していない一方で、知事選は1998年以来、2018年を除き、共和党が勝利してきています。2020年の大統領選は、33,596票(得票率で2.39%)差でバイデン候補が勝利しましたが、2022年の知事選は1.51%差で共和党、上院選は実に0.77%差で民主党が勝利しています。
特徴
ネバダ州は元々「赤」州でしたが、都市部人口の増加で接戦州の仲間入りをしています。ラスベガスはカジノを中心としたサービス産業への労働者流入が多いです。リノは、近年郊外にテスラとパナソニックが巨大なEVバッテリー工場を建設、その他、Google、Apple、Switch等のデータセンターが続々と建設され、サービス産業の割合が下がってきており、コロナ禍もあり、いわゆるホワイトカラーが隣州のベイエリア(サンフランシスコやシリコンバレーを含む地域の総称)から高い物価や税負担を逃れてくる人が後を絶たないようです。共和党関係者が教えてくれた内輪のジョークでは、「我々ネバダの共和党にとって必要なのはメキシコとの壁ではなく、カルフォルニア州との壁だ」というのもそのあたりの事情を物語っています。カルフォルニア州と同様に物価の高いハワイ州からの流入者も増えているようです。
そのような土地柄ゆえ、「文化闘争」のようなイデオロギー的対立が先鋭化している状況ではありません。現在のロンバルド知事(共和党)も穏健派であり、中絶の権利も法律に規定されている州です。
また、カジノやスポーツなどのサービス産業が労働集約的なのを反映し、カルナリー・ユニオンというサービス産業従事者が作る労働組合が有力で、選挙に大きく影響を有します。移民が多く、ヒスパニックは州の人口の約30%、アジア系も約10%でその中でも最大なのはフィリピン出身者です。
争点
ご存じのとおり、6月末から大統領選挙の様相は大きく変わり、トランプ前大統領が正式に共和党の大統領候補となり、民主党も8月6日にハリス副大統領を大統領候補に正式指名、両党の副大統領候補の顔ぶれもそろいました。執筆時点(8月上中旬)では、ハリス副大統領にご祝儀相場的なスポットライトが当たっていますが、それが落ち着いてきたときにどのような内外情勢の展開があるか、波乱に富んだ展開となるでしょう。
ネバダ州で争点として主に話題になるのは経済、移民、中絶問題ですが、このうち、特に経済問題が最も重要なものとなっています。また注目されるのはヒスパニック票の動向、両陣営の組織力の一貫性です。その他に第三の候補、そしてガザ情勢も時々話題に上ります。
経済
経済は同州の有権者にとって最大の関心事です。同州が依っていた観光とカジノ収入はコロナ禍で大打撃を受けました。その後経済成長率は2023年には5.05%まで回復し、失業率は同年5.1%となっています。ただし、有権者が問題視しているのはインフレです。ロンバルド知事は6月10日にニューヨークタイムズ紙に寄稿しバイデン大統領の失政を非難する中で、「バイデン大統領就任後に、生鮮品は20.6%、家賃は21.6%、ガソリンは46.99%価格が上昇し、ネバダ州民は1ヶ月1,199ドルの負担増を強いられている」と指摘しています。確かに、出張に行く度に眼前に広がる荒野に、隣州のカルフォルニアに引っ張られて全米最高のレベルで高止まりするガソリン価格が懐に響くことを実感します。
移民
前述の通りネバダはここ数十年も移民によって成長してきた州です。またメキシコとの国境を接しておらず、移民問題は政治問題化していません。テレビの影響のせいか世論調査においては経済に次ぐ問題として指摘されますが、ネバダ州における主要な争点はやはり経済問題であり、経済問題と移民問題の争点としての注目度には大きな差が見られます。実際に、多くの現地の政治家や財界人は移民問題を大統領選挙における主要論点として取り扱ってはいないようです。
中絶問題
ネバダ州の世論は穏健であり、中絶が合法化されていますが、経済や移民問題で劣勢な民主党にとっては争点化したいイシューで、中絶の権利をネバダ州憲法に書き込むための住民投票を11月の選挙の際に併せて行うべく署名活動が行われた結果、6月末に必要数が集まったため、住民投票を実施することが確定しました。ヒスパニックに多いカトリックは基本的に中絶に反対していますが、民主党としては、ヒスパニックの女性の票を獲得・維持するためにも重要な争点となっています。
ヒスパニック票の動向
ネバダ州におけるヒスパニック票は民主党の金城湯池でしたが、2012年大統領選挙(70%)から、2016年(60%)、2020年(61%)と段々と得票率が下がっています。民主党も危機感を覚えて、ラスベガスの中のヒスパニック居住区に選挙事務所をどんどん開設するなどして票を固めに行っています。ただし、ハリス副大統領を大統領候補に推しだした民主党が従来通りの得票率を本当に確保できるのか。ヒスパニック系自身は必ずしも「民主主義的な」政体の国々から来たわけではないこと、合法移民にとっては後発のかつ不法移民は問題となり得ること、先述のとおりカトリックは中絶に反対していることから、彼らの動態は要注視です。
両陣営の組織力の一貫性
民主党側には、リード元連邦上院院内総務が作り上げた「リード・マシーン」という強力な集票組織があります。最近までサンダース上院議員系が州民主党を牛耳り「マシーン」が弱体化していたとのことですが、州民主党幹部の入れ替えにより「マシーン」をフル活用できる体制が再び整ったとのことで組織力の一貫性は高まっているようです。また、この州レベルの「マシーン」と国レベルのハリスキャンペーンの間の連携も着々と進んでいると見られています。一方で、「リード・マシーン」が機能するうえで資金調達や選挙運動の動員の側面からその支援が必要不可欠となるカルナリー・ユニオンは、コロナ禍に導入されたカジノ産業におけるホテル清掃頻度等を含む必要条件を解除する法案を巡り一部の州民主党と決別し、州民主党議長のモレノ州下院議員を含む18名の州民主党議員の支持表明を見送るなどマシーン自体も必ずしも一枚岩ではない様子です。一方で共和党側は、民主党ほど一貫性のある組織力がなかったですし、トランプ支持者が幹部を占める今でも民主党に比肩するような組織はできてきていません。一因としては、ロンバルド知事のプライオリティは、州の上院(21議席中共和党は現有8議席、そのうち4議席が改選)及び下院(42議席中現有14議席が共和党で全議席が改選)での民主党による絶対多数の確保の阻止であり、そのためにはプラグマティックで穏健なネバダ州民を相手にしてトランプ前大統領の路線に追従することはリスクを伴う面があります。そのため、ロンバルド知事は、2月の大統領選予備選及びネバダ州共和党党員集会前の1月にトランプ前大統領の支持表明をした時も、「彼(トランプ前大統領)には、バイデン大統領に象徴されるような低迷から脱却する能力があると思う」とのみ言い、トランプ前大統領が不参加で当時ヘイリー候補のみが残っていた2月の予備選(同前大統領は共和党党員集会にのみ参加)では「『該当者無し』に投票する」という表現にとどめており、前述のNYT紙への投稿でもトランプ氏への言及をほとんどしていません。
上院改選、第三の候補、ガザ情勢
当地では上院の改選議席も再選を目指すジャッキー・ローゼン氏(民主党)とサム・ブラウン候補との間で争われます。接戦だがローゼン氏若干有利と言われています。
第三の候補については、今のところ大統領選に有意なインパクトをもたらすというまでは言えない状況です。またガザ情勢について、ネバダ州はカルフォルニア州ほどキャンパスが荒れたりしておらず、人口構成上も影響は少ないと言われています。
終わりに
以上が執筆現在の状況です。今回の大統領選、そして上下院両院選挙の帰趨とも、我が国の今後の外交、そして国民経済にもとても大きな影響があるところ、緊張感をもって情勢をフォローしていきたいと考えています。
(了)