自治体間連携について思うこと(オーストリアやドイツなどでの経験を中心に)


駐オーストリア大使 岩間公典

はじめに

 本件執筆依頼を受け、当初、在オーストリア大使として、任国での動き、感じたことを中心に文章をまとめるべく執筆を始めたが、果たして自分がたかだか2年足らずの大使として見聞きした経験で、どの程度オーストリアについて語れるのか、という疑問が頭から離れなかった。そうした中、オーストリアにおける日本との関係の特色として、「国の規模に比して姉妹都市関係を結ぶ市町村が多い(ヨーロッパでは、イタリアについで多い姉妹都市提携数)」という点がある。また、最近は正式な姉妹都市提携ではないものの、首長が当地を訪問し「協力覚書」を当地自治体と結ぶケースも増えてきている。振り返ってみれば、姉妹都市については、前任地バングラデシュでも同国で初めてとなる日本との姉妹都市提携の署名に立ち会った経験がある。また、前々任地のドイツ・デュッセルドルフは州レベル、市町村レベルも含めて様々な自治体間連携が展開され、そうした動きを後押ししてきたことも思い出としてある。
 本稿では、今申し上げたような、過去10年くらいの間に実際に筆者が関わった、あるいは見聞きした自治体間連携を分類、整理しつつ、こうした自治体間連携が外交においてどういう意義があるのか、また外務当局がそうした自治体間連携に果たせる役割は何か、ということについて私見を述べてみたい。なお、過去の経緯については、調べられる範囲で確認しつつ筆を進めるが、お読みになる諸先輩方の目から不正確、認識不足という声が上がるかもしれない。が、筆者の力点は「外務当局が何をすべきか」という最後の点にあり、ファクツの正確さの面は、ある程度ご容赦頂ければ幸いである。

1. 自治体連携あれこれ
(1) 形態:姉妹都市か、それ以外か
 ここまでの文章を読まれて、「何故かたくなに「姉妹都市」と書かないのか」とお感じになった方もいらっしゃるかもしれない。仮に「姉妹都市」が自治体間の連携全般を指す言葉であれば、この方がしっくり耳に入る言葉であることは承知している。しかしながら、当地に着任して1年半ほどの間で新しく立ち会った、あるいは関わったのは、山梨県とオーストリアのニーダーエスタライヒ州、山梨県富士河口湖町とケルンテン州ペルチャッハ村、長野県松本市とザルツブルク州と、いずれも「姉妹都市」ではなく、特定の分野、事項に関する「協力覚書」である。筆者は、このうちの幾つかの首長、乃至その代理と意見交換を行う機会があったが、幾つかの首長は、自分たちが世界の他の自治体との間で既に「姉妹都市協定」を結んでおられる。自治体は、そうした既存の「協定」の下での協力関係はそれとして維持しつつも、「協力覚書」を結ぶカウンターパートとは、新たな「姉妹都市協定」を目指すのではなく協力関係を構築したい、と一線を画して話しておられたのが印象的であった。
 本稿では、姉妹都市の定義、それ以外の協力関係を持つ自治体間連携との違いについて論ずることが目的ではないが、自治体間交流を統計として一元的に把握している自治体国際化協会(クレア)の基準では、
 (1) 両首長による提携書があること
 (2) 交流分野が特定のものに限られていないこと
 (3) 交流するに当たって、何らかの予算措置が必要になるものと考えられることから、議会の承認を得ていることの三要件を満たすものを「姉妹(友好)自治体」として取り扱っているとのことである。同協会の統計によれば、全世界でみれば概ね毎年コンスタントに姉妹都市の数は増えているとのことである。
 ここオーストリアにおいても、第二次大戦後間もない時期に我が国の市町村と「姉妹都市協定」を結び、その後も永きに亘り交流の実績を重ねてきた例も幾つか見られる。昨年10月、岩手県花巻市(町村合併前の大迫町)は、ニーダーエスタライヒ州ベルンドルフ市との姉妹都市関係締結60周年を迎え、両首長及び両自治体のゆかりの方々の出席の下、何世代にも亘る交流を確認する機会に立ち会うことができた。明2027年には岡山県倉敷市と、同じくニーダーエスタライヒ州ザンクトペルテン市が姉妹都市提携70周年の節目を迎える。これは、日本が戦後締結した姉妹都市提携の中でも最古、即ち最長のものの一つであり、関係者は「ヨーロッパと結んだ姉妹都市提携ではもっとも古い関係」であることを誇りにしておられた。
 このように、姉妹都市関係で息長く、かつ何世代にも亘り継続的に活動が続いているものもあるが、そうでない例も残念ながら見られる。また、オーストリアにおいては、新規の姉妹都市関係締結数は減速傾向にある。筆者がこれまで姉妹都市提携に携わった自治体関係者から聞き及んだことに基づいて推測すると、クレアのいう三要件のうち、両自治体の当事者が超党派で提携に賛成(市議会、県議会などの議決、承認)することが必ずしも容易ではないためかと思われる。逆に、野党も含む地方議会のメンバーを納得させることなく友好関係を進めることを最優先させる場合には、昨今は首長主導の「友好協定」「協力覚書」の方が手っ取り早いのかもしれない。
 また、議会対策という点を越えて、それぞれの自治体の財政状況が厳しい中、姉妹都市関係を正式に結ぶことは、「何のために姉妹都市を結ぶのか」を説明し、自治体住民の理解を得ることが今まで以上に重要になってきているように思われる。また、そうして苦労して結んだ姉妹都市関係は、「結んだ以上、何らかの成果を上げなければ」というメンテナンス、説明責任にも市民の目はいきやすい。歴史を振り返ると、オーストリアでは一時期「姉妹都市関係締結ブーム」があったのか、80年代後半から90年代半ばにかけ、数多くの姉妹都市関係が締結されている。この時期は、比較的容易に姉妹都市関係を結ぶことが出来た時代背景があったのかは分からないが、先に述べたとおり、その後も活発な関係が続いているところもあれば、事実上休眠状態のところもあり様々である。個人的には、バブル崩壊後、一般に新規姉妹都市関係締結はタックスペイヤーの視線が厳しくなったのではないか、と推測する(クレア統計によれば、実際80年代後半から90年代半ばまでは、全国で年間60件以上の姉妹都市提携が結ばれていたが、その後はコロナ期を除き年間20件前後のようである)。いずれにせよ、その辺りの因果関係についてはもう少し調べてみたい気もする。

(2) きっかけ:多くの場合、特定人物の強い熱意
 形態はともかく、自治体間連携のきっかけは、最初からお互いの利益、うまみを入念に計算した上で始まる、というよりは、どちらかの側にいる極めて熱心な特定個人の存在、そうした人の猛烈な頑張りに負うというケースが多い。当国において有名な例が、1980年代にウィーン市長を務めたヘルムート・ツィルク氏が「寅さんシリーズ」のファン(寅さん唯一の海外ロケ作品はウィーン(1989年制作))で、そのことが直接、間接に影響してか、80年代半ばから90年代にかけ、葛飾区を始め、東京23区とウィーン市の行政区との姉妹都市関係が陸続と締結されている。ウィーン市そのものは日本の同じレベルの都市との間で姉妹都市関係を締結していないが、東京23区等で姉妹都市提携を締結している自治体の中には、高校生交流など、実のある交流を継続している自治体もある。一例を挙げれば、東京の荒川区と、ウィーン日本人国際学校が所在する同市ドナウシュタット区は姉妹都市提携30周年を今年(2026年)迎えたが、両自治体はコロナ禍などを除き、29年来継続して高校生交流を続けており、いわば青少年交流のモデルケースのような事例である。関係者に聞くと、ウィーン側の元区長が現役時代、献身的に継続する努力を積み重ねてきたことによるところが大きいとのことであり、荒川区長も出席された本年5月の式典では、功労者であるその元区長への惜しみない賛辞が各方面より述べられた。
 行政の側だけでなく、特定の人物、団体が、ともかく関係を続けるという強い決意の下、私財を投じて関与した例も枚挙にいとまがない。今年10周年を迎える栃木県那須塩原市とリンツ市との姉妹都市提携は、青木周蔵元外務大臣の子孫であるリンツ市郊外に在住する民間の方が、草の根交流を立ち上げ、人的交流が積み重なった後に正式な行政当局間の関係締結になったと承知している。
 「人頼み」の関係構築は言うまでもなく諸刃の剣である。中心人物に政治的な影響力があり、心身共にお元気な間は上手く回るが、例えば選挙や政争などにより首長が交代すると、活動が不活発になるのは未だ良い方で、「実利」を伴わない遠い外国との関係は、予算が切られないとは限らない。「持続可能な自治体連携」はオーストリアに限らず、恐らくどの国においても難しい課題である。

(3) 何をするのか
 「自治体間連携」で何を行うのか。冒頭で申し上げた最近のオーストリアの例で述べれば、長野県松本市は、ザルツブルク州との協力を「文化と観光」に焦点を絞っている。これはかたや、「ザルツブルク音楽祭」を抱えるザルツブルク州と「セイジ・オザワ松本フェスティバル」を継続的に実施している松本市が、将来的な音楽を通じた友好関係強化を念頭に「協定関係」を結ぼうという意図に基づくものである。また、昨年署名された山梨県とニーダーエスタライヒ州では、山梨県が力を入れているグリーン水素技術の推進などの再生可能エネルギーや、両方の地域がワイン生産国であることを契機とする関係強化など、お互いの関心を調整した上で、今後の協力分野を予め特定している。これは上記のとおり、最近の「覚書」の例である。先に述べたとおり、クレアが定める姉妹都市関係は、特定の分野に特化しないこととなっているとのことである。
 姉妹都市関係か、クレアのいう三要件上それにあたらないケースかはともかく、過去に筆者が別の立場で関わった自治体間の関係の中には、特定の交流分野に力点を置くことで成功している例も幾つか見られる。たとえば、独エッセン市は、再生可能エネルギーに関する見本市を実施し、そのカウンターパートにある福島県郡山市は関心のある両国企業間の連携が要の一つとなっている。あるいは独ボーフム市は、筑波大学との大学間協力をベースに、つくば市との市レベルでの関係に発展させていったと記憶している。こうした、「実のある協力」を目指した関係もあるが、特定の分野に限定しない自治体間連携では、筆者が観察する限り、(1)様々なレベルでの人的交流、及び、(2)両自治体の周年を節目とした首長同士の相互訪問が柱となっているものが太宗であると思われる。
 前者については既に述べたとおり、例えば双方の自治体でホームステイのホストファミリーを見つけたり、双方でツアーコンダクターに当たるような人を指名したり、といった「諸々の雑務」を各自治体が抱え込んで予算化して対応するのか、「友の会」を作り関連団体が軸となって動かすのか、自己負担をどの程度とするのかなど、各論に入るとその対応ぶりは自治体により千差万別である。
 首長訪問も、「大義名分」があれば出張出来る日本側自治体と違い、特にオーストリアの市町村レベル以下だと、節目の年と理解していても、「公務」として日本に赴くことが難しい自治体が多いとも聞き及ぶ。その観点からは、昨年開催された大阪・関西万博は、そうした「大義名分」という意味では、オーストリアぐらいの規模の国の自治体首長にとっては格好の機会であった。実際、当国のウィーン市長、ニーダーエスタライヒ州首相など、地方有力政治家で初めて日本を訪れた方が多く見られた。どのような内容の訪問であれ、当地首長とのやり取りでまず口をついて出てくるのが財源の問題であることは確かである。

2. 外務省にとり、何がメリットか
(1) 人的交流の裾野拡大
 関係者の不断のご努力を多とするも、本省予算による青少年交流の枠組みで、ある国から日本に訪問できる人数は限られている。また、現在の円安がいつまで続くのかは分からないが、よほどの決断をしないと、日本から青少年が私費で海外を訪問することには限界があるのが現状である。そうした中で、最初に紹介したように、一定数の青少年交流(幾つかの事例では相互訪問)を定期的に自治体間で続けている関係は、その国、その地域を知る「使節団」としては、得がたい人材への双方向の「先行投資」である。こうしたことから、筆者は、夏休みの時期に当地を訪問する学生、高校生には、どの公館も同じとは思うが、本省における高校講座(高校生を対象とする外務省紹介プログラム)と同じ熱量をもって対応するよう心がけている。

(2) 新たな経済関係構築への契機
 先に述べた長野県松本市のオーストリアとの交流分野の重点は音楽、文化である。しかしながら、長野県自身は、オーストリア農業省と林業の人材育成に関する覚書を2015年に締結しており、オーストリアへの研修生送り込みを実施している。こうした県レベルでの背景もあり、松本市としても、将来の課題として、「林業」を新たな切り口としてオーストリアとの関係を強化することを検討している由である。それぞれの自治体で力点を置いている産業、経済分野について、お互いの行政、産業間、更には大学間の関心が一致することで、将来的な二国間関係全体の「タマ」として育てていくことも可能であろう。かかる観点に立ち、筆者は各首長とは、これまで継続している分野以外に関心がないか、機会を捉えて問題提起を行うこととしている。

(3) 首長間交流
 オーストリアやドイツのような連邦制国家の場合、県知事のカウンターパートにあたる州首相は、有力閣僚を経験した中央政府の政治家が就任したり、オーストリアの場合そうした例は少ないが、地方政治家の経験を経て中央政界の閣僚などに就任したりする例もある。いわば、首長の訪日は、有力人材を知日派にする有益な機会である。青少年交流が長期的な二国間関係を担う世代への「先行投資」と位置づけられるならば、将来有望な地方政治家を訪日させ、カウンターパートのみならず、その他の人物との関係を構築することは、もっと短期的な「投資」としての意義がある。

3. 外務省に何が出来るのか
(1) 応援団、モラルサポート
 自治体間連携は、結局はそれぞれの自治体間の「熱意」と「タマ込め」如何であり、在外公館が出来ることは、それぞれの動きが外務省、外交にとって意義があるとの認識をそれぞれの首長や関係者に示すことで「モラルサポート」をすることぐらいしかないのかもしれない。とはいえ、たかがモラルサポート、されどモラルサポートである。上述した覚書締結については、恐らく他の公館長の方々もそうであろうが、できる限りその場にいること、どういうインパクトをこれまで、あるいはこれからの具体的協力が二国間関係に与え得るか、について言葉を尽くして語ることで、締結に至る両当事者の努力が無駄ではない旨、背中を後押しすることとしている。筆者は常々、こうした、所謂「草の根交流」は草花を育てるようなものだと考えている。即ち、肥料や水やりが必要な植物もあれば、そうした特段のケアがなくとも立派に根を張っていく、あるいは根を張っている関係もある。その一方で、弱い草花も、順調に育つと思われる強い草花も、その後のケアが全くなく、花を見守る人もいないと、萎れていってしまうのではと思われる。

(2) ノウハウの共有
 自治体間連携について、とりわけ一旦締結してしまった関係で実のある関係をこれから構築していこうとする団体の首長から、「折角関係がある(あるいは一時期活発であった)ので、(再び)実のある関係を構築したい」と相談を受けることがある。(1)のとおり、大使館は「応援団」にすぎず、それぞれの自治体間連携プロジェクトに向けた予算があり、これだけのお金を振り向ける、といったことはおよそ出来ない。その一方で、他の自治体がどのような対応をしているかを耳打ちすることは可能である。例えば荒川区の例では、ホームステイに関わった方々により友好団体を設立したり、自治体の特性に応じてそうした団体に一定の助成金を出したり、といった形で渡航費用を捻出している。こうした「グッドプラクティス」を、在オーストリア大使館の場合、日墺両国の他の行政区に伝えることは可能である。オーストリアだけでも大小様々な良き前例があり、またそれ以外の過去の経験から、当地の自治体からの照会に応じ助言できるケースもある。

(3) マッチメーキング
 先に述べたように、ウィーン市の行政区には「グッドプラクティス」が幾つかあることからか、日本のどこかの自治体と姉妹都市関係を結びたい、と希望するオーストリア国内の自治体は引き続き見られる。慎重な筆者は、およそ関係を構築するには、首長のコミットメント、自ら足を運んででもパートナーを探す熱意に加え、一旦結ぶとなったときに、タックスペイヤーの視線から攻撃されないような具体的な意義について考え、何をしたいのか、反対派をどう説得するのか等をきちんと説明できるようにしてからの方が良い、と述べるようにしている。その上で、これからパートナーを募集する場合には、相手のある話でもあり、カウンターパートにとって自分たちと提携することに何が魅力的と感じるか、整理するべきでは、という助言もするようにしている。
 一般的には、よほど既に「相思相愛」の関係がない限り、あるいは一方的に自分のリソースをなげうって関係を構築しようとする「ドンキホーテ的」な担い手がいない限り、在外公館がマッチメーキングに乗り出しても難しい局面は多いのでは、というのが筆者の感想である。
 といった上で、極めて特殊な個人的成功体験を共有したい。デュッセルドルフ総領事時代、何の面識もない宮崎県延岡市長より、管轄する3つの都市(どの自治体とも、相談を受けた時点で関係はなかった)のいずれかと、「姉妹都市提携」を結びたい、という要請の書簡が郵送にて届いた。館内で検討し、また先方ともやりとりをしつつ、日本との交流に関心があると思われる管轄のノルトライン・ヴェストファーレン州ボトロップ市市長に「着任表敬」を申し入れ、事の次第を「ダメ元」で説明することとした。先方感触は悪くなく、延岡市の強みの一つであるスポーツ交流をきっかけとして関係を構築してみようという運びとなった。その後まもなく同地を離任することとなったが、何年か後、次の任地であるバングラデシュに突然延岡市長より電話が入り、「おかげ様で姉妹都市関係を締結できました」との報告を受けることとなった。なお、先に述べたクレアの統計上、このケースは案件として登録されていない。合意形成の過程で「姉妹都市」ではなく、特定分野のみの関係となったのかは承知していない。
 正直申し上げて、このように、首長自ら在外公館長に候補都市を示しながら協力を求める例はまれと思われる。一方で、先に述べた岩手県花巻市のケースでは、当時の記録として、外務本省からの正式な指示を得て、在外公館が候補都市を選定した旨のやり取りが花巻市の資料として残っていた。時代と共に在外公館のマッチングへの関わり方も変化してきたのかもしれない。ボトロップ市の例に戻ると、後任者が両者の後押しをしたことが幸いしたのかもしれないので、「自分の成功例」というのもおこがましい。が、強い意志を持った自治体があれば、少し在外公館が応援すれば、道は通じるかもしれない、という一つの例として敢えて紹介した次第である。

(4) 出先の限界と東京への期待
 以上申し上げた三要素は、本来東京でも、あるいは東京の方が果たせる役割が大きいのでは、と思うことがしばしばある。
 第一の「応援団」は、姉妹都市関係の周年事業は、出先である在外で行われる場合もあるが、当然日本においても同じ都市において何らかの記念行事などの機会が設けられるケースがあるであろう。その全てに外務本省の関係者が関わることは難しいにせよ、今後の二国間関係において「使える」連携関係については、ハイレベルも含めて応援を行う、ということが望ましいと思う。既にメリハリをつけた戦略的な対応があり、筆者が寡聞にして存じ上げないのであれば、不勉強をお許し頂きたい。
 第二に、自治体連携のグッドプラクティスは、筆者個人の経験を共有するだけでは十分とはいえない、と感じることがある。「グッドプラクティス」は、何かの行事が上手くいった、ということだけではない。そういった成功事例の紹介は比較的容易である。
 交流事業であれば、どういう自治体がどういう相手国自治体とどのような受け皿作りを作ってきたのか、どういう要素があって継続的に実施されてきているのかなどを分析、分類し、国、地域を越えて参考に出来る例はあるのではないかと思われる。この点ももし、そういった情報のクリアリングハウスの機能を既に果たしているところが東京においてあるのであれば、その機能強化をお願いしたい。
 第三に、マッチメーキングについては、更に在外の個々人の努力のみでは難しい。先に述べたクレアも一定の情報を集積し、提供する試みを行っていることを承知しているが、望むらくは、比喩としては不謹慎ではあるが「結婚相談」のように国際交流を希望する内外の自治体同士が登録できるサイトがあればと思う。その上で、姉妹都市であれ、特定分野に関する覚書であれ、客観的な条件について、第一義的な指針が出せるような枠組み作りがあれば、より効率的なサポートが出来るのでは、と考える次第である。

4. 終わりに
(1) 他の地域と比較した欧州への関心
 最後に、国内外での自治体連携に関し、自治体側関係者と接触をしてきた中で感じたことを追加的に申し上げて、締めくくることとしたい。
 自治体の中には、複数の海外の自治体との関係を有しているところが多い。オーストリアと古くから関係が深い自治体においても、それ以外の姉妹都市等との関係を有する、具体的には米国やアジアの自治体と正式な提携関係を持つ自治体も多数見られる。幾つかの日本の自治体を訪問し意見交換をする中で、率直に申し上げて、アジアや米国との結びつきに比し、欧州との関係に割けるリソースが限られているのではないか、との印象を持つことがあった。
 先に述べたとおり、姉妹都市に懐疑的な地方議会内勢力、あるいは地域住民にとってみれば、当該自治体と、経済面、人材面などで直接的な結びつきが相対的に強いと見られるアジアとの関係や、青少年にとって英語ネイティブである米国を始めとするアングロサクソンとの姉妹都市、友好協力関係に対し、より多くのエネルギーを費やすことは、ある意味当然かもしれない。具体名は挙げないが、筆者が見聞きした自治体でも、歴史的にはオーストリアとの関係が先行しているにもかかわらず、後発の、今申し上げたような地域との協力関係がより活発に実施されている自治体が幾つか看取される。それぞれの自治体、あるいは交流団体の方針、優先順位には抗えない。が、筆者の立場としては、オーストリアとの関係強化が、それぞれの自治体にとりどういった付加価値があるのか、他の地域との交流との比較という要素も考慮しなければならない、というのが実感しているところである。

(2) 自治体側の思惑、関心
 オーストリアにおいて姉妹都市関係締結ブームとなった80年代、90年代と比し、自治体側の対応体制も変化してきている。オーストリアの幾つかの姉妹都市においては、90年代や00年代初めまで盛んに行われていた人的交流が、首長同士の往来ですら疎遠になり、コロナ禍以降はオンラインが主流、というケースは多く見られる。こうした財政面での変化と共に、自治体で姉妹都市、友好協力関係に携わる方々と懇談すると、昨今は直面する課題としてインバウンド、即ち各自治体における「外国人共生」部門を同時に担っている方々が多いことに気づいた。同じ外国人との関係とはいえ、目の前に課題として突きつけられる、地元の外国人との関係に、どちらかと言えばエネルギーを注がざるを得ないことも、これまた理解できることである。
 こうした「外国人との共生」という課題は、今やオーストリアの自治体においても、直面する喫緊の案件の一つである。逆に言えば、日本の数多くの自治体にとっても、直接の解決策にはつながらないにせよ、行政における参考となる事例もあろうかと思う。更には、高齢化が進む中での都市交通政策などの課題は、自治体の財政面での負担のあり方など、学者同士、自治体同士で意見交換が始まっているところもあると聞いている。筆者の念頭にあるのは、既存の姉妹都市、友好協力関係の活性化の要素、という視点であるが、新たな自治体間連携を摸索する双方の自治体にとっては、共通の政策課題という切り口から、連携先を検討する、という視点があってもよいのかもしれない。

 今回の文章が、現役の在外公館の方々には今後の自治体間連携を進める上でのヒントになれば幸いであり、OBの方々には、かつてのグッドプラクティスを思い起こして頂き、こうした自治体間連携をどう使っていくかについてのご示唆を伺えれば幸いである。