安定を模索するリビアと安全を求める日本

駐リビア大使 新村 出
【はじめに】
リビアという国を知らない人はまずいないのですが、現在のリビアがどのような状況に置かれているのかはなかなか知られていません。40年間続いた極めて特異な独裁政権の印象は良くも悪くも(ほとんどの場合悪いですが)強烈で、今でもリビアのイメージとして支配的となっています。アラブの春と言われた政治変革の中でカダフィ政権が2011年に崩壊しすでに15年が過ぎましたが、いまだに多くの日本人からはリビアというと「大佐の国ですね」と返ってきます。日本を訪れるリビア人が一番言われたくないのに一度は耳にする言葉です。
在リビア日本国大使館は、2014年の騒乱を受けて一時閉館し、館員はカイロに退避し在エジプト大使館内の事務所において勤務しました。その後、2018年に同臨時事務所をチュニスに移し、2024年1月にチュニスから移転する形で首都トリポリでの活動を再開しました。同年2月には筆者が10年ぶりの特命全権大使として着任し、三年近く経ったところです。
【政治:東西の対立】
現在のリビアは、トリポリを拠点とする政府(国民統一政府GNU)のほかに東部ベンガジにも政府(国民安定政府GNS)が並立しているという非常に特殊な状況にあります。東側政権は、内閣があるとはいえ権力の中枢はハリーファ・ハフタル総司令官が率いるLNA(リビア国軍)であり、軍事独裁政権です。西側のGNUは、国際的に承認を受けた政権ではありますが、2019年のLNAによるトリポリ侵攻後2020年の停戦合意を受けて設立された暫定政府であり、本来は恒久政府を設立するための選挙を実施することがマンデートでした。政府だけではなく、東西に二つの「議会」が存在することも状況を複雑化させています。双方が正当性を主張し対立する中、国連リビア支援ミッション(UNSMIL:ハナ・テテ国連事務総長特別代表)をはじめとする国際社会が統一政府の実現、そのための国政選挙の実施を働きかけています。UNSMILが進める「構造的対話」と呼ばれるリビア人による政策提言をとりまとめる取り組みや米国のブーロス大統領上級顧問による権力配分構想、東西政権の代表4名ずつが統合や選挙実施について協議を進めている少人数会合など様々な政治プロセスは進んではいるものの、政治的にも治安の面でも安定化に向けた途上という状態が続いています。
諸外国の大使は、トリポリの政権の首脳評議会議長(元首)に信任状を捧呈し外交活動を行っていますが、その相手方も二元化しているのが実態です。欧米諸国は西側政権を正統政府と見なしつつ、東側政権の事実上の最高権力者であるハフタル総司令官やその後継者と目されるサッダーム・ハフタル副総司令官らとの関係強化にも積極的で、主要国大使はじめ各国の要人がリビアを訪問する際も積極的に会談しています。筆者自身ベンガジを二度訪れましたが、いずれにおいてもハフタル総司令官と面談しました。
ほとんどの国の大使や外交官はベンガジを訪問しても国際的に承認されていないGNSとは接触しない、その閣僚とは会わないという原則は維持していますが、アジア諸国のいくつかは多数の自国民労働者への保護、領事業務を行う必要性からGNSの閣僚や省庁とも実務的な協力関係にあるという特殊な状況となっています。
東西対立の関係で興味深いのは軍事面での動きです。LNAはロシアや幾つかの近隣諸国の支援を受けており、ロシアはその協力関係を背景に南部の軍事施設を拠点としてスーダンやサヘル諸国の情勢に軍事的に関与しているとされます。米国はこのような影響力に対抗あるいはそれを排除すべく、積極的に関与し、東西の軍事勢力の統合のための努力や技術協力を進めています。2025年2月にAFRICOM(米国アフリカ軍)高官がトリポリとベンガジ両方を訪問しサッダーム・ハフタル副総司令官と会談したのをはじめ、軍関係者のリビア訪問や艦船の寄港が行われています。同年5月にはベンガジでLNAによる大規模軍事パレードが行われ、最新のロシア製武器や軍事装備が披露され、ロシアからは国防次官を団長に軍関係者多数が参加してLNAとの強い結びつきが誇示されましたが、この式典には米国、イタリア、フランスなどの武官も参加していました。米国による努力の成果として、2026年4月にはAFRICOMが主導する多国籍軍事演習「フリントロック2026」がリビア(シルト近郊)で行われ、トリポリの「正規軍」とベンガジのLNAが初めて共同で演習に参加しました。フリントロックは来年もリビアで行われる予定です。
【日本との関係】
(政治)
リビアの安定化のための様々な政治プロセスがゆっくりではあるが進みつつある中で、日本も政治面での対話は着実に進めています。2024年の大使館再開以来、要人の往来も活発になっています。筆者の着任二か月後の4月には深澤外務大臣政務官がトリポリを訪問し、バーウール外相との間で政策協議を行いました。ラーフィー首脳評議会副議長はこれまで三度訪日しており、これらの往来の中で外相会談は東京で4回行われました。昨年のTICAD9においては、外相会談に加え石破総理(当時)とラーフィー副議長との首脳会談も実現しました。政策面では、内政には干渉せず、日本はリビア人自身が主導する政治プロセスを支援するとの一貫した立場を維持しつつ、国連リビア支援ミッションの活動を支持し、和平プロセスの推進に貢献できるよう努力を続けています。
(経済)
大使として首脳会談に加え外相会談に4回とも同席することができたのは大変光栄なことなのですが、これらの対話の中でリビア側から常に求められ、なかなか進展を示すことができず困っているのは、経済関係の強化、つまりは日本企業の活動の再開、リビア市場への復帰です。リビアは、150万B/Dに迫るレベルの原油輸出による収入を基盤に経済が活性化してきており、欧米やトルコ、中国などの企業は、大手石油企業をはじめ、すでに活発に活動しています。このため、特にかつて旧政権時代にリビアで活躍していた日本企業のことをよく覚えているリビア政府関係者や企業関係者からは、日本製品への信頼や良好な対日感情を背景に日本企業の復帰に大きな期待が寄せられています。日本企業のリビアでの経済活動が活発化しない最大の理由は治安問題であり、外務省の危険情報がレベル4「退避勧告」という現状ではほとんどの企業は、駐在はもちろん、出張も不可という状況です。
(治安と危険情報)
現在は、国内で継続的に武力衝突が続いている状況ではなく、対立する東西の陣営の間の停戦協定も守られており、外国人や外交団を標的にした事案も発生しておらず、トリポリの街中での生活は一見落ち着いてみえます。しかしながら、乱立する民兵組織が勢力争いを続けており、至る所に銃器を携行した民兵の姿が見られ、勢力範囲を守ろうとしているのか交通の要所要所で検問を行っています。2025年5月には民兵間の衝突が武力抗争となり、大使館事務所と大使館員の居住施設が入るコンパウンドの周りでも激しい銃撃戦が発生しました。今年の8月にもトリポリの幹線道路や近郊の街で銃撃戦が発生し、一部の衝突では攻撃型ドローンも使用される事態となりました。政治プロセスの進展とともに治安状況も改善していくことが期待されますが、特にトリポリの治安情勢は予測し難く、難しい状況分析と判断を迫られるところです。
昨年10月には経済都市であるミスラタ市(トリポリと違い民兵組織間の対立がない)のみ危険情報のレベルを3に引き下げることができ、同市については本邦企業関係者の出張が少しずつ増えてきました。トリポリやベンガジについても危険情報のレベルを引き下げるべく情報収集と状況分析を続けているところですが、こればかりは実際の治安回復なくしては実現が困難です。リビア側から見ると、同じレベルの渡航情報を出している欧米諸国、中国や韓国の企業が戻ってきているのに、どうして日本人ビジネスマンは誰も来ないのだ、ということになります。渡航情報は観光旅行者向けのものという理解が浸透し、商機のあるところには自己責任で安全対策を講じた上でリスクを取りに行く外国企業との違いを説明するのに苦労しています。
(対話の継続)
危険情報の改訂について検討を続けつつ、リビア側には一層の治安の回復の重要性を指摘し続けながら、政府関係者、民間企業関係者との対話を通じて、経済関係強化のための日・リビア双方での努力を継続しているところです。今年7月には、リビアから経済貿易大臣、石油・ガス大臣を団長とする経済代表団が訪日し、関係閣僚との会談、政府関係機関や企業との意見交換を行いました。また、外務省、経済産業省、笹川平和財団の共催で、第2回日本・リビア経済フォーラムを開催しました。日本側からは大西外務大臣政務官が、外務省を代表して挨拶し、アフリカ最大の原油埋蔵量を誇るリビアの経済的潜在力や現下の中東情勢を踏まえた市場としての重要性に触れた上で、リビアが統一に向けた歩みを進めつつあり、治安情勢にも変化の兆しが生じているとして、両国の関係を強化していくことが重要である旨述べました。民間企業は49社が参加しました。リビア側からはリビアの投資環境や外国企業の進出状況、石油・ガス分野の現状や今後の見通しについて説明がありました。
(平和構築と人材育成)
経済以外の分野では、日本としては平和構築、国民和解といった分野での独自の貢献をなすべく、この分野での人材育成やリビア平和研究所との協力も進めています。同研究所はすでに笹川平和財団と協力の覚書を締結しており、昨年12月には角南理事長がトリポリを訪問し、ラーフィー首脳評議会副議長と政治プロセスや国政選挙の実施について意見交換しました。また、平和構築の分野に限らず、人材育成に焦点を当てた技術協力を進めており、JICAの課題別研修やABEイニシアチブ研修生受け入れを行っています。JCCPの人材育成事業にも石油・ガス分野の技術者が多数参加しています。大使館再開にともない文科省国費留学生の受け入れも再開しました。
リビアは一人あたりの国民所得が近年7,000ドル程度で推移していることから基本的にODAによる協力の対象とはなりませんが、国連機関を通じた人道支援(UNDP、UNFPA、IOM、UNICEF等との協力)も進めています。これらの貢献はリビア側からも高く評価されています。
(文化)
日本とリビアは、2027年には外交関係樹立70周年の節目を迎えます。この機会に日本大使館としては、政治や経済の分野での関係強化はもちろん、文化交流のための行事も積極的に行っていきたいと考えています。若い世代がインターネットや配信サービスで日本のアニメや音楽に親しんでいるのはリビアも例外ではありません。日本語を独学している若者もいます。治安状況を受け館員の行動の制約があるため大規模行事を行うことはなかなか難しいのですが、できるだけ対面で交流できる日本文化の紹介の機会を作っていきたいと考えています。
【おわりに】
要人の往来の話に戻りますが、7月に東京で経済フォーラムに参加いただいた大西政務官を8月にはトリポリとミスラタにお迎えすることができました。8月にはリビア側から保健大臣が訪日し、上野厚生労働大臣と会談、保健分野における両国間の協力覚書に署名しました。10月には、高等教育大臣、住宅・建設大臣、外務省研修所長が相次いで訪日したところです。これらの人的交流の成果を両国間の関係強化につなげていきたいと思います。
筆者の着任以来、本省からは中東局長、中東第一課の課長、地域調整官、首席事務官、リビア担当官に加え、領事局海外邦人緊急事態課長にトリポリやミスラタに出張いただくこともできました。政府要人をはじめとするリビア側関係者との多方面での交渉や協議を通じ、二国間関係の強化に尽力いただいていることに感謝しています。
【付記】
リビアには、5つの世界遺産があります。そのうち3つは地中海に面するギリシア・ローマ遺跡です。首都トリポリから東へ120キロ離れたレプティス・マグナは北アフリカ最大級の遺跡で、リビア出身のローマ皇帝セプティミウス・セウェルスが築いた街です。保存状態もよく、凱旋門やローマ劇場の他、美しい彫刻を遺跡のあちらこちらに見ることができます。首都から西へ70キロ行った所にあるサブラータ遺跡には、ローマ劇場や繊細なモザイクと彫像があります。ベンガジからさらに東に行くと、緑に覆われた山地があり、ここにも多くの遺跡が残っています。その中の一つキレーネ(シャッハート)が世界遺産に登録されていて、地中海を見下ろす崖の上に位置しています。西部に位置するガダーメスはサハラ砂漠に浮かぶオアシス都市ですが、世界遺産である旧市街には迷路のように通路が入り組んだ建物が連なっています。灼熱の太陽から住人を守るようにできた白いレンガ造りの建物と室内の赤い装飾は、神秘的な雰囲気を漂わせています。タドラルト・アカークスの岩画遺跡群は、岩画の数と種類が豊富で、特に動物の絵が多く描かれていて、砂漠もかつては緑豊かな草原であったことを物語っています。
かつては日本の考古学チームがこれらの遺跡の発掘や整備に協力していたこともあります。治安が安定し、日本からの観光客が訪れるようになることを祈念します。
