今後の国際秩序形成にとっての太平洋島嶼国の重要性


前駐サモア独立国大使 寺澤元一

 日本社会では普段、小さな太平洋島嶼国に対し外交的関心を向ける機会は多くはなかろう。しかし、本稿では、今、様々な国際問題を打開する上で太平洋の小島嶼国の存在が重要だという、サモアに在勤した者の我田引水的な議論を紹介したい。よって、本稿は、ひとえに筆者の個人的見解であり、主に公開情報を踏まえてまとめた。

<ポイント>
●中国は、太平洋島嶼国に対し経済援助等の外交資源を投入、島嶼国社会に対するプレゼンスを着実に強化。中国の狙いは、「太平洋二分論」を意識した布石、太平洋島嶼国のうち残る台湾修交4か国の中国への修交転換、国際機関選挙での支持獲得、島嶼国との外相会議を通じた「反FOIP」、「反ALPS処理水海洋放出」、「反AUKUS」の宣伝強化、島嶼国の対中国依存の促進等々。
●太平洋島嶼国は、大国の利害が角逐する太平洋地域において小国としての主権と権益を守るため、国連での14票を強みに結束して「太平洋地域主義」に基づく全方位・中立的な外交を展開。自由主義圏と中国の狭間にあってバランスを保とうとしている。
●「太平洋地域主義」に基づく外交の理論構築において、サモアはリード役を果してきた。その背景には、サモアの前首相が長期執権を経て培った外交的知見と安定的に育成された有能な外交当局の存在がある。これらの外交的遺産は、サモアの新政権にも引き継がれようとしている。
●我が国の外交課題として、法の支配を無視する現状変更勢力との対抗、戦後国際秩序における米国の重しが後退する中で、国連機能の強化(国連安保理改革)、FOIPの実現を促進するためには、国連14票の太平洋島嶼国グループの理解と協力が不可欠。就中、太平洋諸島フォーラム(PIF)において「太平洋地域主義」をリードするサモアとの関係は重要。太平洋島嶼国を軽んじてはならず、2024年の第10回太平洋・島サミットは重要。

<本 文>
はじめに

 本稿執筆中にプーチン大統領によるウクライナ侵攻が始まった。外交識者がメディアで事前に語っていた「プーチンはそこまではやるまい」との常識論は覆された。米国社会の分断やアフガニスタンからの米軍撤退等により、戦後国際秩序の重しとなってきた米国の役割後退が明確になってきた。「力の空白」に乗じて、現状変更勢力が跳梁し始めている。前例として、第二次大戦後、米国が東アジアにおける防衛責任範囲(いわゆるアチソン・ライン)から朝鮮半島を外したことが金日成による南侵を誘発した。連日、メディア報道は、ロシア軍の対ウクライナ侵攻一色である。最近まで騒がれていた新疆ウイグルや香港における人権抑圧、シリア難民、ミャンマー軍政、米軍撤退後のアフガニスタン情勢、北朝鮮の核・ミサイル開発等々をめぐる報道は後退しているが、それらの問題が解決された訳ではない。この原稿が掲載される頃には、ウクライナ事態に打開が図られているだろうか。しかし、国際社会は懸案が増え深刻化する一方だ。多くの識者は、次の展開として、中国による台湾の武力統一や我が国尖閣諸島への侵攻も「空想物語」ではないと警鐘を鳴らす。国際社会は、どう対応していくのか。国連安保理は、現状変更勢力による拒否権発動により機能不全に陥って久しい。我が国は、「今まさに国連改革、安保理改革(我が国の常任理事国入り)が必要な時だ」と国際社会に訴えている。他方、改革は容易ではなく道程は長い。プーチン大統領によるウクライナ侵攻を機に高まっている「法の支配」、「安保理改革」を求める国際世論を弾みに、現状変更勢力による拒否権行使が封じられるよう、仲間を増やすしか道はないのであろう。
 そこで、注目したいのが太平洋島嶼国である。一般的に島嶼国のほとんどは、人口も国土も小さく、海洋資源を除けば、国際社会で顧みられる機会は少ない。しかし、太平洋島嶼国は、太平洋の地政学上、広大な領海や経済水域を抱えている重要なプレーヤーであり、国連における彼らの14票は、安保理改革と共に国際機関の幹部ポストの選挙においても重要である。我が国は、これまで太平洋島嶼国との関係を重視し、3年毎の「太平洋・島サミット」(Pacific Islands Leaders Meeting: PALM 2021年7月に第9回サミットを開催)を通じて、然るべき外交資源を彼らに投入してきている。他方、島嶼国に対する関係強化は、我が国だけの専売特許ではない。中国も確実に影響力を強めている。本稿では、①私の在任中に見た太平洋島嶼国、就中サモアにおける中国の動向、②我が国や中国等の域内主要国に対する島嶼国側の外交路線、③この外交路線におけるサモアの役割に関する私見を述べたい。

1.中国の太平洋島嶼国地域における動向
 太平洋島嶼国、就中サモアにおける近年の中国の動向について、メディア論説、識者の論文や私見を踏まえて整理すれば、次のとおり。

(1)中国の「太平洋二分論」
 習近平国家主席が2013年や2017年に訪米した際に、「太平洋には中国と米国を受け入れる十分な空間がある」と発言した。これに対し、多くの識者は、中国が米国との間で太平洋における覇権を二分しようとしていると分析した。具体的な線引きとして「第三列島線」が米国領サモア(旧東サモア)と私が在勤したサモア独立国(旧西サモア)の間を通過することから、「中国はサモア独立国等の島嶼国を自らの勢力圏内に置こうとしている」とメディアは報じた。習主席の発言は、南シナ海における中国の力による現状変更とあいまって、我が国、米国、豪州を強く刺激した。サモアの反応はどうか。サモアは、軍隊を有していないこともあり、独立前の植民宗主国であったニュージーランドとの間で現在、友好条約を結んでおり、有事の際にはニュージーランドによる安全保障上の支援に依存している。経済的にも豪州やNZから多額の財政支援を受けており、多くのサモア労働者が両国に出稼ぎに出る等、サモアの両国への依存度は高い。常識的にサモアが中国の「覇権」にすぐに取り込まれることはないと考えられる。習主席の発言後も、サモアは何事もないかのように従来と変わりなく中国との関係を維持している。他方、中国は、以下のように着実にサモアをはじめ島嶼国に対する浸透を深めている。

(2)親台湾勢力の駆逐
 中国は、太平洋地域から親台湾勢力を駆逐しようとしていると見られる。現在、太平洋島嶼国14か国のうち中国と修交があるのは10か国(2019年にソロモンとキリバスが修交相手を台湾から中国に切り替えた)、残る4か国(パラオ共和国、マーシャル諸島共和国、ナウル共和国、ツバル)は台湾修交国である。太平洋地域の政治地図では、往々にして中国修交国は赤色、台湾修交国は青色に塗られる。中国は、島嶼国を全て赤色で塗りつぶそうとし、台湾修交国4か国の政府指導者に接近し陰に陽に小切手外交を駆使していると言われる。

(3)太平洋地域における一帯一路構想
 中国は、島嶼国のうち中国修交国に対し、一帯一路構想に関し協力する覚書を結んで、借款事業をテコに島嶼国に対する外交的影響力を強化しようとしている。サモアは、2018年9月のトゥイラエパ首相(当時)の訪中時に当該覚書を結んだ。これまで中国は、借款を通じてサモアに対し、空港、議会議事堂、政府庁舎等のハコモノを支援してきた。この他、2019年に島嶼国の選手が一堂に参加する太平洋競技大会をサモアがホストした際に、中国は、競技施設の建設や車両等をサモアに供与し、サモアのメンツが立つようにした。さらに、トゥイラエパ前首相は、首都に隣接するバイウス湾を地域の国際ハブ港湾として開発する構想を打ち上げ、大規模な借款を中国に申し込んでいた。他方、サモアの対中借款が対外債務の4割を占めていることから、「債務の罠」や著しい対中傾斜を懸念する声がサモア議会や内外のメディアで報じられた。これに対し、トゥイラエパ前首相は、「返済能力は十分にあり『債務の罠』は当たらない」と応酬した。しかし、後述するように、バイウス湾開発計画は、2021年7月に発足したフィアメ新政権によって凍結され、中国との借款交渉は現在中断されている。

(4)島嶼国に対する取り込み強化
 中国は、我が国の「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)の実現に対抗するため、また、国連等の国際舞台において中国の政策に対する支持国を増やすため、島嶼国を取り込む外交を強化している。2021年の国連総会第一委員会において、フランスが新疆ウイグルの人権問題に関する決議案を提出した。中国は、これに対抗すべく、決議案採択の直前に急遽、中国決議案を提出し、太平洋島嶼国との外相会合を主催した。外相会合で採択された声明文を見れば、中国がフランス案に対抗するために「内政不干渉論」を唱えて、島嶼国の賛同を取り付けようとしたことは明らかである。さらに、中国は、声明文に我が国の「ALPS処理水海洋放出計画」や豪米英の「AUKUS」に対する批判も盛り込もうとした形跡が窺われる。島嶼国側には、ALPS処理水の海洋放出計画やAUKUSの発表に当惑した国々もある。中国は、これに乗じて、自由主義圏と島嶼国との関係を分断しようとしているとの見方がある。他方、太平洋島嶼国側は、後述する「太平洋地域主義」に基づく全方位外交に立って、自由主義圏との関係に配慮し、中国の言いなりになることなく、中国原案にかなり修正を加えて、バランスを図ろうとしたと見られる。しかし、中国は、これで諦めることなく、同外相会合の定例化を表明しており、今後とも「反FOIP」、「反ALPS処理水海洋放出」、「反AUKUS」等の宣伝に島嶼国を取り込んで行こうとするものと予想される。

(5)国際機関選挙のキャンペーン強化
 「中国は、国際機関の幹部ポストの獲得を通じて間接的に世界を牛耳ろうとしている」ことがしばしば指摘されている。太平洋地域でも、国際機関選挙のため島嶼国票の取り込みに注力している。今後、国連食糧農業機関(FAO)と国際電気通信連合(ITU)の両事務局長の選挙が注目される。両機関の事務局長はいずれも中国出身であり、続投に向け意欲を漲らせていると見られる。昨2021年8月末、FAOがITUと連携して「小島嶼国解決フォーラム」(Small Island Developing States (SIDS) Solutions Forum)と銘打ったオンライン国際会議を開催した。会議は、小島嶼国における農業、食糧、栄養に関する持続可能な開発目標(SDGs)の達成を加速させるべく、食料増産に向けたノウハウの情報交換の強化を目的としている。招かれたのは、主に太平洋島嶼国の首脳のほか、ITU事務局長はじめ国連機関、農民組織、NGO、市民社会、ベンチャー企業の代表者だ。島嶼国にとり農業は食糧自給と外貨獲得の源だ。島嶼国は、大海の中の孤立性、大市場からの遠隔性、自然災害による脆弱性等の様々な制約を抱えており、それらの克服が課題となっている。フォーラムの謳い文句そのものは正しい。会議では、FAOとITUの事務局長が衛星情報システムを含むIT技術の導入促進が小島嶼国の食糧増産に革命を起こすという壮大な夢を語り、両機関が実現に向け協力していくと表明した。会場スクリーンには、広報動画が上映されたが、中国企業のブランド名が印刻されたITシステムが見え隠れした。パネリストは口々に同構想を称賛した。終わりに、FAO事務局長は、「今後、フォーラムの対象をアフリカ、インド洋、地中海、南シナ海、カリブ海地域の他のすべての小島嶼国に拡大する」と明らかにした。フォーラムを視聴したサモア人の一人は、「両事務局長が打ち上げた構想は、共に次期再選を目指して、島嶼国票の獲得を狙った選挙公約だ」、「仮に構想が実現すれば、中国は、自らの衛星情報システムを通じて、島嶼国の農業生産状況を北京でリアルタイムで掌握しようとしている」等々、かなり穿った見方をささやいていた。

(6)島嶼国地域のエネルギー分野、通信分野に対する浸透
 気候変動問題を背景とする脱炭素化ビジネス、コロナ禍の困難を克服するためのITシステム活用ビジネスは島嶼国にも及んでいる。脱炭素化ビジネスでは、海外の企業たちが島嶼国において太陽光発電による売電ビジネスのための投資を進めているという。民間企業が途上国において再生可能エネルギーを導入するビジネスを支援・投資すれば、CO2削減に貢献する。気候変動対策の一環である排出権取引ルールの下でこれを促進させるため、各国政府が補助金等でこれを奨励すれば、その国は排出枠の加増が認められる。企業側は、売電による直接収入だけでなく、補助金で収益率を上げられるので途上国での脱炭素化ビジネスに積極的になる。これは立派な社会課題解決型のビジネスであろう。しかし、一部で問題が指摘されている。それは、これら企業が導入しようとする太陽光パネルのほとんどが中国製であり、現場管理業務も中国業者に下請けさせようとしていることだ。現在、太陽光発電パネルは中国製が世界総出荷量の7割近くを占めているという。中国製が市場を独占するのは時間の問題であろう。企業として、廉価な中国製でコストダウンを図るのは自然であり、環境課題と経済安全保障は別次元の問題であろう。他方、一部ながら、「中国企業は、太陽光発電パネル市場を独占した暁にも、尚かつパネルの世界普及のために現在の低価格を維持するだろうか。むしろ中長期的に見て、中国企業による市場独占は脱炭素化の進展を妨げる要因になりはしないか。将来的に中国は政治目的達成のために太陽光パネル市場の独占をテコとして利用するのではないか。民間企業が廉価なパネルを使うのは自由だろう。しかし、各国が給付している補助金が国策によるものであるならば、パネルのサプライチェーンの多角化という経済安全保障の視点から、中国製以外のパネルを使用する企業の事業をより積極的に奨励すべきではないか」等々の議論もある。
 島嶼国の通信ビジネス分野への中国の浸透の動きについても、私の在任中に内外のメディアで報じられた一件がある。当時、南太平洋地域をカヴァーする通信企業「デジセル・パシフィック社」を中国企業が買収しようとする動きがあった。南太平洋での中国の影響力増大を警戒する豪州政府がこれを阻止するために、豪州の通信大手企業と組み、機先を制してデジセル社を買収することにしたという報道だ。中国が地域の通信システムにひとたび浸透すれば、純粋なビジネスにとどまらず、通信システムを飛び交うすべての情報データを北京のスーパー・コンピューターとAIシステムにより掌握し、有事には情報網を抑える恐れがあるという。メディアには、中国共産党に支配された企業は、ビジネスを越えて党の政治目的のために動くため、島嶼国における彼らの動向に注意を促す論調が目立つ。

2.自由主義圏と中国との狭間にある太平洋島嶼国の対応ぶりとその全方位外交
 以上のような太平洋島嶼地域における中国の浸透と、これを警戒する自由主義圏の主要国との狭間にあって、太平洋島嶼国は如何に対応しようとしているのか、その外交路線とはいかなるものか。

(1)「島国魂」
 一般的には、「小島嶼国の指導者は、中国の小切手外交にいとも簡単に翻弄されるのではないか」との見方があるかもしれない。確かに、島嶼国の一部には、中国と台湾の間で修交相手を一転二転させている国も見られる。しかし、彼ら島嶼国グループとしての外交を見る時、そこに一定の原則が貫かれていることが窺われる。私は、「島嶼国グループは、地域の主要国にとって、決して御しやすい相手ではない」と認識した。島嶼国は、その海洋資源を除けば、「国土が狭く、分散している」、「国際市場から遠い」、「自然災害や気候変動等の環境変化に脆弱」等、様々な制約や脆弱性を抱えている。しかし、サモアの人々と話していると、「あなた方にとり我々島国は取るに足らない存在であろう。我々は、開発パートナーからの援助に依存せざるを得ないのは事実だ。しかし、我々は、援助欲しさにあなた方開発パートナーに無条件に従うとは思わないでほしい。我々は、誰から何を援助として受け取るか、それに対して我々が何を見返りに協力するかは、我々の主体的な判断で決める」という強い言葉をしばしば聞いた。筆者は、この言葉に彼らの「島国魂」というものを感じた。

(2)「太平洋地域主義」に基づく島嶼国グループの全方位外交
 島嶼国の外交では、しばしば「太平洋地域主義」(Pacific regionalism)という言葉が聞かれる。筆者は、サモア政府との日常的なやりとりやPIFを通じて島嶼国グループとして発せられる声明に、「島国魂」に根差した「太平洋地域主義」に基づく外交というものを看取した。彼らのいう「太平洋地域主義」とは何か。筆者なりに、「太平洋諸島フォーラム」(Pacific Islands Forum:PIF。14島嶼国・2島嶼地域と豪州、NZが加盟し,政治・経済・安全保障等幅広い分野における地域協力を行う機構。事務局はスバ(フィジー)所在)のWebsiteやサモア前首相トゥイラエパ氏の回顧録、サモアの人々の発言等を踏まえて次のように整理してみた。
 「太平洋地域でせめぎ合う様々な大国の狭間で、小さな島嶼国が自らの主権や権益を守っていくためには、島嶼国グループが一つの地域として結束し、共通の課題に向けて協力する必要がある。太平洋島嶼国として結束すれば、国連における14票を強みに、自分たちの声を世界に発信し、大国とも交渉することができる。同時に、太平洋地域でせめぎ合う大国の間でバランスのある関係を保つことで、特定の大国に取り込まれることなく、時にはしたたかに、島嶼国14票の支持を求める大国たちを競わせ、彼らから満遍なく援助を獲得し、持続可能な開発を続けることもできる。」
 筆者は、この島嶼国の外交に、1960~70年代の東西冷戦下で米ソの狭間にあった小途上国群が採った非同盟運動に近いものを感じた。その運動は、小途上国がグループとして結束し、東西両陣営のいずれにも与することなく中立を維持し、自主外交や権益を維持しようとする路線であった。太平洋地域主義に基づく外交も、島嶼国が結束して特定の大国に著しく傾倒することなく、バランスのある関係を保つことで、自らの主権や権益を維持しようとする全方位外交であると思われる。それだけに我々は、島嶼国に対する向き合い方を慎重にするべきある。大国意識で上から目線で島嶼国の人々に対し接する、または大国としての価値観を独善的に押し付けることは、島嶼国の「島国魂」を刺激し、太平洋地域主義に基づく反発を招く可能性がある。

(3)太平洋地域主義に基づくサモアの外交
 太平洋地域主義はグループ外交としてだけではなく、個々の島嶼国の外交にも見られる。先に述べたように、サモアは、トゥイラエパ前首相の在職中に中国と一帯一路に関する覚書を結んだ。前首相の回顧録を読めば、彼が日本との関係を重視していたことが分かるが、他方において、中国からも様々なハコモノ建設の援助等、様々な支援を受けていた。在任末期には、将来に向けて首都のバイウス湾の国際ハブ港化計画のために巨額の借款を中国に申し込んでいた。このことから、一部には、前首相が中国に著しく傾斜していたとの指摘もある。しかし、私は、この指摘に疑問を呈する。もちろん、どの国の外交にも、個々の政策でその時々に応じた臨機応変な対応や変化が生じることはよくある。時には、前首相の対中姿勢に「傾斜」とも見える場面もあったろう。しかし、私は、前首相が太平洋地域主義に基づく外交の大枠において、中国の支援欲しさに大国間でバランスを失し、中国に取り込まれることはなかったと考える。
 一例をあげよう。我が国は、国連安保理の常任理事国入りを目指し、安保理改革を提唱している。サモアは、他の島嶼国と共にこれまで一貫して我が国の常任理事国入りを支持してきた。トゥイラエパ前首相は、その回顧録で、過去に中国が日本の常任理事国入りに反対し、これを支持しないよう、サモアに掣肘を加えてきたという。しかし、前首相は、これを退けて日本の常任理事国入りを支持する立場を貫いたと述べている。さらに2020年9月の国連総会では、前首相は、一般討論演説を通じ、我が国が強く求めている安保理改革を具体的に進めるプロセス(いわゆる「テキストベース交渉」)に入るよう国際社会に訴えた。この方針が単に前首相の個人的な意思によるものではなく、昨2021年の総選挙で発足したフィアメ新政権においても、国策として踏襲されていることが確認された。フィアメ新首相(サモア初の女性首相)は、就任後の初の国連総会における一般討論演説を通じて、安保理改革について前首相と同じメッセージを表明した。
 フィアメ新政権については、前政権が進めようとしていたバイウス湾開発構想が新政権にとって「優先課題ではない」として、中国との借款交渉を打ち切った。これをもって、内外のメディアには、「前政権は親中派、新政権は反中派」と捉える向きもあった。私は、これは単純な見方だと考える。バイウス湾開発は、前政権にとっては経済発展のための悲願の構想であったが、新政権にとっては累積する対中債務の抑制や同湾の環境・生態系の保護の方が優先課題であったという。新政権は、殊更に中国を遠ざけるようなことはしていない。中国大使が主催する行事にもフィアメ首相や重要閣僚は出席する。
 サモアは、新旧いずれの政権においても、大国間でバランスを保ちながら、小島嶼国の国益にとって最も有利な選択を求めるという、いわば太平洋地域主義に基づく全方位外交なるものを展開し、中国に対しても是々非々で接しているだけであると考える。

(4)島嶼国グループ内の不協和音
 一方、太平洋地域主義とはいっても、島嶼国がグループ内で常に仲睦まじく和合しているわけではない。太平洋島嶼国は,広い太平洋に散らばり、ミクロネシア,メラネシア,ポリネシア(サモアはこれに属す)の3地域に分けられ、それぞれが地理的、歴史的、政治的、文化的な多様性を持つ。これら地域や国々が互いに独自性を主張し、時にはライバル意識をもって張り合うこともある。本来であれば、一つにまとまることが困難な国々・地域であるともいえる。その顕著な例が2021年のPIF事務局長選挙の後、ミクロネシア地域5か国がPIF脱退を表明した動きだ(理由は、ミクロネシア地域からマーシャルの候補が出たが、ポリネシア地域から出たクック出身の候補に敗れたことに不服を唱えた)。島嶼国は必ずしも一枚岩ではない。
 他方、島嶼国は、先に述べたように、小国として様々な制約や脆弱性を内包しており、これらを克服して持続可能な開発を成し遂げるという共通の課題を負っている。彼らは、外的要因として、気候変動(含む海面上昇)、自然災害、新型コロナウイルス事態、プラスチックごみによる海洋環境汚染等々に晒されている。さらに、太平洋地域でせめぎ合う大国の狭間にあって、陰に陽に政治的な影響を受けており、一小国として対応するのは困難だ。これらの課題は、島嶼国群が多様性を乗り越えて一つの地域としてのアイデンティティを持ち、課題克服に向けて互いに結束することを余儀なくしている。今、島嶼国は、グループ内に不協和音を抱えつつも、数々の挑戦を克服して持続可能な開発を実現していくため、地域全体をカヴァーする戦略の構築に取り組んでいる。それは、太平洋地域主義に基づく「2050ブルーパシフィック大陸戦略」(以下「戦略」という)と呼ばれる長期ビジョンだ。地域が一つの「Blue Continent」としてのアイデンティティを持ち、従来以上に能動的に島嶼国が結束し、開発パートナーの支援を獲得し、数々の課題を克服していこうとする取り組みである。その具体像は、彼らの調整を終え次第、発表されることが想定されている。

(5)太平洋地域主義における旗振り役としてのサモア
 この「戦略」構築の調整舞台となっているのが「太平洋諸島フォーラム」(PIF)である。注目されるのは、「戦略」をめぐる島嶼国間の調整におけるサモアの役割である。私は、現地で外交有識者(元PIF関係者も含む)との意見交換を通じて、PIFにおける太平洋地域主義や「戦略」構築をめぐる調整において、サモアが積極的に旗振り役を果していることを看取した。PIF元関係者は、「サモアは、PIF内での議論において、常に太平洋地域主義を掲げて、地域全体としての団結を重視しリードしてきた。地域の様々な課題を議論する中で、他のメンバーはサモアの意見を尊重し、サモアの声が通りやすかった」という趣旨のことを述べた。トゥイラエパ前首相の回顧録を見ても、前首相が太平洋地域主義を重視し、他の島嶼国に対し結束を呼び掛けていたことが読み取れる。また、2017年のPIF総会で「戦略」の方向性が議論された際に、前首相が基調演説を行ったことからも、サモアの旗振りとしての役割が看取される。もちろん、PIFにおいては、メンバーはそれぞれ対等な立場であり、サモアに特別な地位が認められたわけではない。しかし、「戦略」をめぐる調整作業は、太平洋地域で変転する国際情勢、そこで鬩ぎあう大国の思惑と行動、複雑な国際法やルール、島嶼国間の不協和音等々、様々な要素に通暁していなければ、こなせるものではない。その作業に耐えられる知見を有し、大国を前に物怖じすることなく地域主義に基づく結束を貫こうとする強い意志を持った指導者は多くはいまい。トゥイラエパ前首相は、若くして国際機関勤務があり23年にわたる首相在職を通じて内外情勢を熟知していた(例えば、前首相は、太平洋・島サミットに1997年第1回から2018年第8回まですべて出席し、PALMのレジェンドと呼ばれた)。その人物が「戦略」構築においてリード役を果たしたのは自然であったろう。しかも、前首相の長期執権の下で安定的に育成されてきた有能な外交官僚たちは、PIFを通じて、太平洋地域主義に基づく外交や「戦略」の構築で重要な調整役を果してきた。
 フィアメ新首相は、元々トゥイラエパ前首相と長らく旧与党で重要閣僚を務めていた人物であった。内政論争を機に、彼女は選挙前に前首相と袂を分かち野党党首として鞍替えし、昨年の総選挙で勝利した。新首相も前首相と同様に国際社会で多くの経験を積んだ人物である。筆者も、公邸に新首相を招き懇談したが、名門家系の出身だけあって気品を感じさせた。流暢な英語を操り外交的な礼儀を心得、太平洋地域主義の重要性や島嶼国が直面する外交課題も理解しているとの印象を受けた。新首相は、国際会議で上品で物静かではあるが、いざ主張するときは、大局をとらえた明瞭なメッセージを発信する人物として、会議出席者の間で評価が高いという。現在、フィアメ新政権は、前政権に培われた有能な外交官僚を引き継いでおり、PIFの中でもサモアとして引き続き発言力を維持していくものと予想される。

(6)我が国と島嶼国との関係
 冒頭で書いたように、戦後国際秩序のリード役であった米国の役割が後退していく中、力により現状を変更しようとする勢力の挑戦に抗い、法が支配する国際社会を築き守っていくために、安保理改革等の取り組みを加速化させる必要がある。しかし、その道程は容易ではない。国際公共財としての秩序構築において、我が国がどれだけのコストを負担し貢献できるか、国際社会で信頼を勝ち得る存在となりえるか。筆者は、普段あまり顧みられることのない島嶼国のような弱小国の声に耳を傾け、彼らとの関係を重視する外交が重要であると考える。それだけに、2024年の第10回太平洋・島サミット(PALM10)への取り組みが注目される。