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余談雑談

更新日:2016.08.01 余談雑談

元駐タイ大使 恩田 宗 幕末の武士が持っていた英語の単語集をみたことがある。はがき大の和紙8枚の裏表に細筆で約650語がみっしり書き込んであった。仙台藩士玉蟲左太夫(1823~69)が「世界の形勢を観察し国家の為に資せん […]

更新日:2016.07.15 余談雑談

元駐タイ大使 恩田 宗 米空軍の日本本土空襲の基地となったマリアナ諸島は1944年7月陥落した。その時の凄惨な有様を従軍特志看護婦の菅野静子が手記「サイパン島の最期」(戦争文学全集)に書いている。傷口を蛆虫の白い山で覆わ […]

更新日:2016.07.01 余談雑談

元駐タイ大使 恩田 宗  チンパンジーを隣接する檻にいれ餌などで差別待遇をすると差別された方が飼育員に抗議の仕草をするという。公平を求める心は類人猿にもその萌芽が認められるもので人間共通の欲求である。しかし何をもって公平 […]

更新日:2016.06.16 余談雑談

元駐タイ大使 恩田 宗 サウジアラビアの首都リアドにある日本大使館で勤務していた時のことである。1990年の12月も終わりの頃でクエイトに居座った55万のイラク軍と米国主導の多国籍軍との間で戦争が始まるかもしれないという […]

更新日:2016.06.01 余談雑談

元駐タイ大使 恩田 宗 横浜開港と英仏駐屯軍  幕末の横浜開港当時の絵地図には居留地左の山手に英仏駐屯軍の基地が描かれている。欧米五ヵ国との安政の修好通商条約(一八五八年署名)では軍隊の駐留など認めていないがなし崩しに押 […]

更新日:2016.05.18 余談雑談

元駐タイ大使 恩田 宗 築地の聖路加病院の辺りから隅田川にかけては慶応から明治の初期は外国人の居留地だった。幕府が安政の修好通商条約の履行のため約3万坪を造成し外国人に売り渡した所である。外国公館や商館・牧師館や洋式ホテ […]

更新日:2016.04.27 余談雑談

元駐タイ大使 恩田 宗東京大学の辰野隆仏文学教授は定年後も駒場の教室で教えていた。その頃のことについて「(先生は)お茶目で若々しかった。60歳の若さなのだから無理もないが・・・」と書いてあった。元生徒の80歳近くなってか […]

更新日:2016.04.13 余談雑談

元駐タイ大使 恩田 宗外務省に勤めると外国勤務がある。人にもよるが退職するまでに平均して7~8ヶ所でそこにそれぞれ2~3年程度というとこである。引越し1回は荷作り荷解き家の閉じ開けと2回の作業になる。新たな住まいを見つけ […]

更新日:2016.03.23 余談雑談

元駐タイ大使 恩田 宗ヒトラーは自分の名を冠した大博物館を作る計画を立て第二次世界大戦で占領した国の文化財を没収しドイツへ移送させた。米英軍は反攻当初より砲爆撃(自国軍によるものを含む)や暴徒による教会・博物館などの破壊 […]

更新日:2016.02.29 余談雑談

元駐タイ大使 恩田 宗 「梅見酒びんも小ぶりとなりにけり」脳梗塞で倒れリハビリ生活数年の後亡くなった友人の句である。明るくて成績が良くスポーツも上手な好漢だった。酒類は制限されていたらしい。日の当たる縁側に座り一人で梅見 […]