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余談雑談

更新日:2018.10.05 余談雑談

元駐タイ大使 恩田 宗 7~80歳台の高齢者が火事や土砂災害から逃げ遅れたり避難所生活に耐えられず命を落としている。同じ世代として気の毒に思う。 この世代は少年時代が戦中・戦後の耐乏生活で長じてはワークホリックと言われる […]

更新日:2018.09.14 余談雑談

元駐タイ大使 恩田 宗 福沢諭吉は日本を「如何でもして西洋流の文明強国にしたいという熱心」から洋学塾を設立し、「西洋流の一手販売・・とでもいうような役を勤め」たと書いている(「福翁自伝」)。 しかし次の世代の夏目漱石は日 […]

更新日:2018.08.23 余談雑談

元駐タイ大使 恩田 宗 「奥の細道」に元禄2年4月1日(今の暦で5月19日)日光山に参詣し「あらたうと青葉若葉の日の光」と詠んだとある。しかしその日は午前小雨午後曇りで、芭蕉がその場で詠んだ句は「あなたふと木の下暗も日の […]

更新日:2018.08.02 余談雑談

元駐タイ大使 恩田 宗 サウジアラビアなど保守的なイスラム諸国も大勢の女性をオリンピックに参加させるようになった。リヤドでも女性の自動車運転が当たり前のようになる。男女平等は人類普遍の大原則になっているがその実施振りは国 […]

更新日:2018.07.12 余談雑談

元駐タイ大使 恩田 宗 近年各県の高等学校で日本史を必須科目とするようになった。喜ばしいことである。どんな国でも自国の歴史の教育を大切にしている。国民の自国へのアイデンティティーを育み愛国心の涵養をはかるためである。自国 […]

更新日:2018.06.21 余談雑談

元駐タイ大使 恩田 宗「初夢に故郷を見て涙哉」。小林一茶、32歳。6年に及んだ西国行脚の際の句である。日に3度まともな食が得られるか、日が暮れて屋根の下で眠れるか、全てが心もとない漂泊の旅だった。生まれ育った信州柏原宿の […]

更新日:2018.05.31 余談雑談

元駐タイ大使 恩田 宗 常用漢字表が改定され1945字が2136字に増えたのは2010年のことである。増えた字の多くは岡・柿・虎・藤など既に日常広く使われているものだった。新聞は鬱が入り碍が外れたと大きく報じた。然し、学 […]

更新日:2018.05.10 余談雑談

元駐タイ大使 恩田 宗 「青年よ大志を抱け」は札幌農学校の初代教頭(プレジデント)W・クラークが明治10年離任の際教え子達に与えた惜別の言葉とされている。同校一期生の大島正健は昭和12年の回顧録でこう語っている。「先生は […]

更新日:2018.04.19 余談雑談

元駐タイ大使 恩田 宗 米国映画「ジュリエットからの手紙」は、観た人をほんのりと幸福な気持ちにさせる純な恋の話である。 イタリアのヴェローナにはジュリエットの生家だという屋敷があり、今でも彼女宛てに手紙が来るらしい。バル […]

更新日:2018.03.29 余談雑談

元駐タイ大使 恩田 宗 漱石は明治43年1月1日の朝日新聞に「元日」と題し「今原稿用紙に向かってゐるのは実を云ふと十二月二十三日」で餅もまだ搗いておらず元日を迎えたような振りは出来ないと書いている。元日は漱石時代の歴史的 […]