<帰国大使は語る>岐路に立つナミビア共和国

 
前駐ナミビア共和国大使 西牧久雄 

―コロナ禍を経たナミビアの現状はいかがでしょうか。
 2022年5月から2025年1月まで2年8ヶ月間の勤務でした。着任時はまだコロナ禍の影響が残り、出入国に際してはPCRテストによる陰性証明書の提示が必要でした。また、2022年5月当時は、多くの人がマスクを着用していました。しかし、そのようなコロナ対策も徐々に緩和され、運輸関係、観光業界を中心とする経済的な打撃も少しずつ改善されてきました。具体的には、2015年まで大体4-6%で進んできた経済成長率は、2016年0%、2017年-0%、2018年1%、2019年-0.8%、2020年-8.1%、2021年3.6%、2022年5.3%、2023年4.2%と回復基調にあります。さらに基盤産業の一つの観光業でもインバウンド観光客数がようやくコロナ前の水準に戻ったところです。但し、長年の懸案事項となっている高失業率(政府統計上約35%、実際は若年層で約50%)と大きな貧富の差(ジニ係数は南アに続いて世界第2位)は依然として大きな政治課題でもあり、一般犯罪が急増している背景でもあります。一般犯罪の増加は、今後の観光業のさらなる発展にもマイナスの要因となりますので、憂慮しているところです。
 但し、経済面ではナミビアはウランを含む鉱物資源、エビ、マグロなどの海洋資源、さらには沖合の石油・ガスも豊富に有するとされており、今後これらの潜在性を生かした経済政策がなされれば、再びナミビアが安定した経済成長を維持していくことも十分に考えられます。

(写真)ナミブ砂漠
(在ナミビア日本大使館ホームページより)

―在任中に経験された大きな出来事や特筆すべき事柄はありますか。
 一番大きな出来事は2024年2月4日に現職のガインゴブ第3代大統領が癌で急逝されたことです。本当に突然のことでした。ガインゴブ大統領は、年末までお元気に記者会見もされていたのですが、急逝される直前に癌の治療で米国にも行かれましたが、多くの人はそのニュースで同大統領の体調の悪化を知り、米国から当地に戻られてから程なく当地の私立病院でご逝去されました。
 特筆すべきは、ガインゴブ大統領の急逝後に、憲法に沿った大統領の権限委譲が平和裡に、そして非常に速やかにムブンバ副大統領(現、第4代大統領)になされたことです。さらにはその後2月24日、25日の2日間に亘り実施された国葬も限られた時間とリソースの中でーアンゴラ、南ア、ボツワナなど近隣諸国からの人的、物的支援も受けつつー立派に執り行われたことです。憲法に沿った権力の平和的な移譲は、ナミビアの民主主義が成熟していることを内外に示すと共に、国葬で示された周辺国による心温まる支援は、今後の地域協力の一つのモデルとしても誇れるものであったのではないかと思います。
 また、5年ぶりに同年11月27日に行われた大統領選挙及び下院議員選挙の結果も大きな出来事となりました。1990年の独立以来政権を担ってきたSWAPO(南西アフリカ人民機構)が、下院議会選挙に関しては前回5年前よりも議席数を減らし辛うじて過半数を維持することとなり(前回63→51議席/全93議席)、大統領選挙においては前回よりも得票率はやや上向きましたがとても与党として胸を張れる結果ではありませんでした(前回得票率56.25%→58.07%)。
 この背景には上記高失業率や貧富の差の大きさがありますが、これらの他に与党SWAPOの汚職対応が不十分であるとの国民の不満もあります。このため2025年3月21日からの新政権では政権運営に厳しさがこれまで以上に増すことが予想されます。さらにナミビアでは、経済問題への対応の不十分さも背景に、徐々に部族主義が台頭してきており、今後、ナミビアでは経済面での舵取りだけでなく、部族主義の台頭による国民の分断への対応も迫られることとなると思われます。このため経済面での分断だけではなく、社会的にも部族主義の台頭で、今後国民の分断が一層進むかもしれないとの観点からも現在ナミビアは岐路に立っているように思えます。
 さらに追加的にお伝えすべき点は、ナミビア国民の寛容さ、女性の社会進出及び報道の自由度の高さです。ナミビアはドイツ占領時代(1904-08年)に当時の多数派部族であったヘレロ族とナマ族を中心に非常に凄惨なジェノサイドがなされ、その後の南アフリカによる占領時代にはアパルトヘイト政策という人道的にも許されない差別政策がなされてきましたが、今日では、ドイツとの和解は途上にありますが、ナミビア国民の多くはこれらの暗い過去を克服しつつあるように見えるのは、国民の寛容さの現れではないかと思います。女性の社会進出に関しては、与党のSWAPOが男女の平等を謳っているため、政府内でも28人中9人の女性閣僚がいます。また、報道の自由度ランキングでは毎年上位に入るほどです。

(写真)ムブンバ大統領への離任表敬
(ナミビア大統領府Facebookより)

―ナミビアと日本の関係はどのようなもので、今後の展望もお聞かせください。
 日本はかつての南アによるナミビア(当時は「南西アフリカ」)の違法な占領やアパルトヘイトにも反対し、1989年の独立への国連による投票にも多数の選挙監視員を送った経緯があります。さらにナミビア独立後も、重要な海洋資源管理のために漁業資源調査船(14億2千7百万円相当。ナミビアの象徴の花「ウェルウイッチア」と命名)を1994年に無償供与したり、北部の西カバンゴ州に370キロメートルの道路を建設(有償)、全土で小・中学校の教室を300以上建設するなど様々なインフラ面を中心にナミビアを支援してきたことから、ナミビアとの二国間関係は非常に友好的で、国際場裏でも様々な協力を行ってきました。しかしながら経済面などでの関係は、隣国の南アの存在が大きいため、日系企業の関心もなかなかナミビアには向かず、近年まで大洋エーアンドエフ社(マルハニチロ社の子会社)による魚介類(ズワイガニ、伊勢エビ、深海ガニ)の日本への輸出(2022年約20億円)や日本からは中古車、機械類の輸入(2022年約33億円)などを中心に細々と続いてきました。しかしながら、2023年8月の西村経産相のナミビア訪問(現職大臣の初訪問)を契機に、日系企業のナミビアへの関心も高まってきたことを感じます。具体的には同年4月には西村経産相の招待によるトム・アルウエンド鉱物・エネルギー大臣一行の訪日、同年6月に日系企業の代表によるナミビア訪問も実施されました。さらに上記西村経産相の訪問に際してはみずほ銀行と伊藤忠商事がグリーン水素・アンモニアプロジェクトに関する基本合意書(LOI)と了解覚書(MOU)を各々関連する企業などと締結し、エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)もナミビア政府のカウンターパートと鉱物サプライチェーンに係わる署名を行いました。また、教育関連の日系企業のナミビア進出に加え、埋蔵量世界第8位とも言われるオフショアの石油ガスの開発(ガスは2027年、石油は2029年から輸出予定)にも関心を示している日系企業もいますので、今後、日系企業のナミビア進出が急速に進む可能性もあります。さらにJICAのJOCV及び様々な分野の専門家の皆さんのナミビアでの貢献もナミビア政府に認められ、最近では教育大臣及び高等教育大臣がそれぞれJOCVの皆さんの離任時に感謝状を贈呈されるようになりました。さらに昨年末の私の離任表敬の際にはムブンバ大統領から現在進行中の港湾のプロジェクトに関して引き続きの協力をお願いされるほどJICAのプロジェクトの認知度が上昇しています。

―大使として在任中、特に力を入れた取り組みは何でしょうか。
 実は着任当初、JOCVの勤務する公立小学校を訪問した際に小学生たちに日本のイメージを聞いたところ、「トヨタ!」と言われ、他には日本について全く何も知らないナミビアの子供たちを目の前にして、とにかく日本を知ってもらうための広報に力を入れるように決めました。このためナミビアの全14州を着任1年間ですべて回り、日本からの各種支援実績などを様々な機会に全国で説明して回ることを繰り返してきました。このような努力のお陰でナミビアに駐在している33ヶ国の大使の中で初めてSADC・TV(視聴者数約3億人)のプライムタイムに生出演して日本の経済協力やナミビアとの二国間関係などの説明をしたり、新聞各紙、通信社、ラジオ局などへの積極的な広報を行いました。この結果、表敬などの機会に初めてお会いする複数の閣僚に対してこちらから「初めまして」と挨拶すると先方からは「貴使のことはTVニュースで見て知っている。先週は北部に行かれていましたね」などと言われ、あるいはスーパーに買い物に行くとレジ係からは「日本の大使ですね。TVニュースで見ました」などと言われるようになったことは嬉しい思い出の一つです。さらに私のプレスカバレッジが大きくなったこともあり、ムブンバ大統領夫人にはわざわざ大使館までお越し頂いたり、また大統領公邸でのお茶会にもご招待頂いたり、さらには大統領夫人自ら私を地方の学校案内をして頂いたりと大変光栄な経験を何度もさせて頂きました。また、ガインゴブ第3代大統領夫人には公邸会食にお越し頂き、長時間に亘り非常に有益な意見交換をさせて頂いたことも光栄な思い出です。
 さらに上記のJOCVへの感謝状贈呈ですが、日本の様々な協力を先方政府に理解して頂くためにも、公立学校などに派遣されているJOCV(青年協力隊)に対するニッポンドーカ教育大臣、あるいはムランギ高等教育大臣と私の連名による感謝状の贈呈式も計4回教育省のホールなどで実施してきました。先方はカレー副大臣が毎回出席し、次官が贈呈式の司会をすることもあり、JICAの支所長にも同席して頂きました。従って、ナミビア政府にJICAの各種協力をアピールし、JOCVの派遣についてもナミビア政府に一定のオーナーシップを持ってもらうためにも大変よい取り組みになったと思います。
 また、政治家、官僚、マスコミ関係者、ナミビア中央銀行総裁なども積極的に公邸にお越し頂き、人的な友好関係を構築できました。このような経緯から2024年末に中央銀行の公式facebook上では、私とガバハップ中銀総裁の交流が2024年の中央銀行の公式行事のハイライトの一つに選出されたことも大変光栄な思い出となりました。

―任地で感じた日本の強みは何があり、今後の二国間関係はどのように発展していくのでしょうか。
 「日本の強み」はこれまでの歴代大使、各館員、JICA関係者、日系企業関係者などの努力により培われた「信頼」だと思います。「日本に話せば分かってもらえる」、「日本に話せば力になってもらえる」「日本とは同じ目線で話ができる」といった信頼感は大きく、実際、特に教育分野、人道支援分野での日本の貢献はナミビア政府により対外的に何度も賞賛されてきました。さらに2023年5月にムブンバ大統領が過去100年間で最悪の干ばつとの発表を行いましたが、外務省にご理解・ご尽力いただいたお陰で、日本が一番早くナミビアの干ばつ対策への50万米ドル拠出を発表し、またその実施も早かったためムブンバ大統領からも直接丁重なお礼を言われました。
 さらに上記のご質問とも多少重複しますが、日本とナミビアの二国間関係についてですが2025年は日本大使館が設置されて10周年の記念すべき年になります。この節目の年の3月21日にナンディ=ンダイトワ新大統領がナミビア初の女性大統領としてナミビアをリードすることになります。このため新大統領誕生の機会に教育分野、人道分野、さらに上記のような日系企業の関心分野に加えて、電力、港湾などのインフラを含めたより幅広い協力を官民挙げて広げて行く可能性は十分にありますので、過去に築かれてきた信頼をベースにした二国間関係をさらに拡大していく発展を期待したいと思います。

(写真)ムブンバ大統領夫人への離任表敬
(在ナミビア日本大使館提供)
(写真)ガインゴス前大統領夫人との公邸会食
(在ナミビア日本大使館提供)

(了)