<帰国大使は語る>―欧州最後の秘境、美しい親日国アルバニア
前駐アルバニア大使 高田光進
―アルバニアはどのような国ですか。その魅力は何ですか?
アルバニアは人口270万人、面積は四国の1.5倍の小国ですが、「欧州最後の秘境」とよばれる自然豊かな非常に美しい親日国です。
<アルバニアの歴史>
アルバニアの歴史は古く紀元前2千年頃から現在のアルバニア人,であるイリュリア人が定住していました。その後、ローマ帝国の支配下を経て,1478年〜1912年の約440年間は他バルカン諸国と同様,オスマン帝国の支配下にあり,1912年独立し君主国家となるも,第二次世界大戦中,イタリア,ドイツの占領を経て,1946年にパルチザンにより「アルバニア人民共和国」となりました。
それ以降,エンベル・ホジャによる共産党独裁主義国家となり,ソ連,中国のスターリン,毛沢東と緊密な関係構築するも,彼らの死後それぞれ断交となり,その後は鎖国国,徹底的な無宗教政策をとりました。1991年の民主化,資本主義経済が導入されるまでの45年間は「今の北朝鮮よりも酷い国」であったと言われていました。
現在のアルバニアは民主化・資本主義経済が導入されて未だ33年です。私が日本の皆様にも現在のアルバニアの状況を理解して戴きやすいように「今の北朝鮮の金正恩体制が崩壊し民主化された場合,その33年後が今のアルバニアとご理解下さい。」と説明しています。
<欧州最後の秘境・日本と似た地形を持つ美しい国>
アルバニアは過去1年欧米からを中心に海外からの観光客は1千万人となりました。3カ所の世界遺産を含め風光明媚な観光地が多いことに加え,アルバニアの他の魅力的なポイントは,「①親日国 ②人々がフレンドリー ③12月〜2月の雨季を除き,年間275日ブルースカイの晴天に恵まれている ④食事が美味しい ⑤欧州では最も治安の良い国のひとつ」であることです。一人でも多くの日本の方にアルバニアを訪問していただき、その魅力に触れていただきたいと思います。
―在任中に経験された大きな出来事や特筆すべき事柄はありますか。
<日アルバニア友好関係樹立100周年>
日本との外交関係は1922年に友好関係が,1981年に国交が樹立され,大使館は2017年に開設されました。「2022年には友好関係100周年,国交樹立41周年,大使館設立5周年」を記念し、アルバニア政府からの協力も得て、2022年10月に1週間にわたり、日本文化を紹介する日本文化週間「Japan Week」を開催しました。日本人アーティストによる華道・茶道・鰻の蒲焼・クラシックコンサート,柔道・空手の大使杯と充実した内容となり,多くのアルバニアの方々に日本文化に直接触れて戴く非常に良い機会となりました。ちなみにアルバニアでは鰻の養殖はしておらず,100%天然鰻で,日本の鰻料理人によると日本産の最高級天然鰻と同等の品質とのことでした。
<ラマ首相初訪日>
2013年にアルバニア首相の座についたエディ・ラマ首相ですが,一度も訪日されたことがなく,2023年2月にアルバニアの首相としては15年ぶり,ラマ首相としては初訪日が実現しました。ご家族に加え,財務・経済,農業,環境・観光の3大臣も同行され,4泊5日の日程で,東京に加え,広島にも足を運んで戴きました。岸田総理,細田衆議院議長(当時,日本・アルバニア友好議連会長),日本・アルバニア友好議連メンバーとの会談,夕食会,経団連,民間企業との面談,そして日本商工会議所においてのラマ首相主催のアルバニア産品のプロモーションイベント,田崎真也(日本ソムリエ会長)主催のアルバニアワインのテイスティングイベント,アルバニア政府主催のレセプション等々充実した内容の訪日となりました。特に岸田総理との首脳会談,夕食会はラマ首相のお人柄もあり,和気藹々と非常にフレンドリーな雰囲気の中で行われ両国の首相夫妻の個人的な関係も深まった結果となりました。またラマ首相ご自身が「アルバニア産のワイン,蒸留酒のラキ,オリーブオイル,蜂蜜,ハーブ等を熱心にセールスプロモーション」されたこともあり,その後,日本の民間企業からの問い合わせ,アルバニアへの来訪も増えてきています。
<アルバニア産品の対日輸出開始>
2021年初めに当国最大の水産企業がアルバニアで初めて「蓄養(=養殖)マグロ事業」を開始されました。地中海はスペイン,モロッコ,マルタ,クロアチア等でマグロの蓄養は盛んで,日本にも多く輸出されていることから,同社社長が「アルバニアでも蓄養が可能なはずである」と確信されたことが、その背景にあります。同社長からご相談があり、日本企業をご紹介したところ,商談が順調に進み2021年12月1日には初出荷が行われました。この話がラマ首相のお耳にも入り,同首相から「アルバニア産の蓄養マグロが全量日本に輸出されるのは大変有り難く,両国間の貿易拡大の第一歩となるので,是非,一緒に初水揚げ,出荷を見学に行きましょう。」と連絡を戴き,ご一緒させて戴くことになりました。その後,2022年,23年も本取引は継続されており両国間の貿易取引拡大に大きく貢献しています。又、その後アルバニア産の天然ハーブの対日輸出も始まりました。
<隈研吾さんによる建築プロジェクト参画>
貿易のみならず,建築分野においても大きな進展がありました。2023年には,アルバニアの世界遺産のひとつで、ギリシャとの国境近くにある古代遺跡ブトリントのビジターセンター新築のデザイン国際コンペがあり,並み居る強豪を抑え,日本の隈研吾設計事務所のデザインが選ばれました。今後、同氏設計の建築がアルバニアでも多くみられることが期待できます。
<在アルバニア日本商工会議所設立>
アルバニア進出中の日系企業は1社にとどまっていますが、街中には日本企業製品の多くの看板が目につきます。日本企業製品を販売しているアルバニア企業が多く存在することがわかり、それら企業に日本商工会議所設立を提案したところ、各社が賛同され2022年初頭に設立されました。
昨年6月には同会議所の初訪日が実現し、日本商工会議所、経団連、日本企業等との面談を通じて、日本企業の経営方針、技術の高さを理解して戴く良い機会となりました。今後両国間のビジネス界の交流が深まることが期待できます。
―アルバニアと日本や中国・ロシアの関係の現状はどのようなものですか。今後の展望はいかがですか?
アルバニアの魅力の一つに「親日国」であると先述しましたが、同時に歴史的背景から「嫌露・嫌中国」でもあります。アルバニアは戦後,ソ連,中国と友好関係を維持し,1971年10月25日には「台湾にかわり中国が国連常任理事国となるアルバニア決議」が採択されたこともご存知の方が多いかと思います。このことからアルバニアは「親中」ではと未だ思われている方もおられるかと思います。
しかし,1991年の民主化以降は,今の北朝鮮よりも酷かったと言われている共産党独裁時代の反動もあり,2009年にはNATOに加盟し、2022年7月にはEU加盟交渉が開始されており、2022年〜2023年には国連で非常任理事国とつとめ「日本,米国,EUとの価値観共有」が外交方針の基本路線となっています。西バルカン諸国の一部において、ロシア、中国が影響力を及ぼしており、これら両国と西側諸国を両天秤にかけ外交を展開している国々も見てとれます。しかしアルバニアはロシアのウクライナ侵略に対して、毅然たる態度で国連の場でも非難し、又、中国の一帯一路政策も一切受け入れていません。ロシア非難の一例として、在アルバニア首都ティラナのロシア大使館が面した通りの名前を「ウクライナ自由通り」と改名したことも大きな話題となりました。
特に日本に関しては,91年以降、日本製品を手にしたアルバニア人はその品質・技術の高さに感銘を受けたと聞いています。現在,アルバニア人の多くが「電化製品,自動車など輸入製品購入し不具合があると,日本製を買わないとだめだよ」と言うのが口癖となっている位です。
又,私が着任し在アルバニア中国大使と面談した際に中国大使から「アルバニアほどアンフェアーな国はない。国家インフラプロジェクト案件においても競争入札の審査が正当に行われず非常に不満に思っている」とのコメントがあったことが今でも強く印象に残っています。
同時に,アルバニア人は「1991年に民主化・資本主義経済が導入されたとアルバニアと第二次世界大戦後焼け野原から復興し,戦後30年段階では高度成長を遂げていた日本とを比較し,日本人の勤勉さを尊敬,高く評価していること」も「親日」の一因となっています。
今後の展望としては、日本におけるアルバニアの認知度を更に高めることが重要であると思います。この2年で日本からのビジネスパーソン、観光客の来訪は増えてきていますが、更に認知度を高めることにより、貿易、投資、観光の拡大につながると考えます。
―大使として在任中、特に力を入れて取り組まれたことは何ですか。
日本との貿易拡大に注力したことに加え、日本の存在感向上の為に、中央・地方自治体との関係強化に努めました。その要が「草の根ODA」です。2020年~22年は26件の案件形成をすることが出来ました。「救急車,消防車,ゴミ収集車・ゴミ収集ワゴン,インフラ整備の為のバックフォーローダー,医療機器等」をアルバニアの地方自治体に供与しました。今までに63あるアルバニアの地方自治体の約半数の32自治体に供与した実績があります。各自治体市長と首相との会議が年に2回ありますが,その場において日本政府からの地方自治体の市民に有益な,きめ細かい,気持ちのこもった経済支援の実績報告がなされ,アルバニアの中央,地方政府からの謝意表明のみならず,各地方自治体の市民の皆さんから日本国民からの温かい支援に対していつも「日本からは日常生活に欠かせない非常に貴重な支援を戴いて本当に有り難い」と高く評価して戴いていることを嬉しく思います。
―在外勤務を通じて強く感じられたことはありますか。
アルバニアでの勤務を通じて、「共産党独裁主義は国民に深い禍根を残す」との印象を強く受けました。1991年に民主主義・資本主義経済が導入され、それ以降アルバニア国民はゼロから新たな国造りを開始したと言えます。現在、当国の大手企業の社長さんから「資本経済が導入された直後は利益の概念すら誰も理解していなかった。まさにそこからのスタートだった。」との話を伺いました。日本人の私にとっては、とても新鮮かつ驚きを隠せない話でした。30数年前にゼロからスタートして今日のアルバニアがあります。2年前に始まったEU加盟交渉においては、懸命に政治、行政、司法、経済等々多方面にわたり改革に努めています。しかしながらアルバニアの国民との対話を通じ、32年経った今でも過去の共産党独裁主義のトラウマ、禍根が残っており、「民主主義、自由の尊さ」を改めて痛感しました。 (了)