余談雑談(第171回)日本を予測する

 元駐タイ大使 恩田 宗 

 正月の新聞・雑誌はその年の世界と日本についての予測を載せる。ウクライナもパレスチナも泥沼で中国は周辺国への軍事力の恐喝的な示威行動を止めそうにない。世界が頼る米国がどこまで自益優先に傾くか分らない。日本は落ち目で失われた30年が40年になりつつあり世界4位のGDPは50年後にはナイジェリアやエジプトにも追い越され12位になるという。一人当たりではすでに34位で韓国台湾シンガポールより低い。予測は明るいものにはならないのではないか。
 もっとも日本経済の過去30数年の停滞は高い水準での停滞でその間に社会インフラの改良が格段と進んだ。公衆トイレは清潔になり日比谷公園のトイレには「寝泊まり居座りお断り」との札がはってある。バスはほぼ時間通りに停留所に現れ病院は常時誰にも良質の医療を安価に提供している。住宅地には新築らしい白壁の家が並び皇居前広場は大国の首都の顔に相応しく美しく整っている。治安秩序の良さも評判通りで1年に落とされる現金80億円のうち40億円が拾われて警察に届けられているという。日本の社会環境は世界の最高レベルに並んでいると言える。日本は訪れてみたい最上位の国の一つになっているらしい。朝日新聞の去年10月のアンケートでは日本人の77%が「また日本人に生まれ変りたい」と答えている。
 これから如何なるか予測は1年先でも難しい。日本が絶好調だった1989年に石原慎太郎とソニー会長盛田昭夫の共著「NOと言える日本」が東京で、エコノミスト東京支局長ビル・エモットの「日はまた沈むージャパン・パワーの限界」がロンドンで、出版された。前者は、米国が貿易赤字を盾に日本に無理を言ってくるが原因は米国に良い製品がないことにある。理不尽なことをする国を抑止するのが世界の指導国の役目である、日本はノーと言って米国を正すべきだ、と論じた。後者は、日本は繁栄の最中(さなか)で株価も地価も上昇しているが必ず暴落すると予言した。その翌年バブルが崩壊した。日本は米国を正すなどという事は出来なくなったがエモットの著書は日本でベストセラーになった。盛田は米国への対応に苦しみナショナリストの石原はそれに腹を立てていたがエモットは外国人として事態を冷静に観察していた。感情に囚われると判断を誤りやすい。
 エモットは2006年「日はまた昇る」を著し日本は復活すると予測したが今のところ当たっていない。「沈む」を書いたときは東京駐在の記者だったが「昇る」を書いた時は本社の役員だった。現場でしか感じ取れないような情報を持っていたか否かの違いである。(了)