パラグアイの台湾支持から考える日パラグアイ関係


駐パラグアイ大使 中谷好江

 去る5月、岸田総理大臣が、最初の中南米訪問国としてブラジルとパラグアイを選ばれたことにより、日本国内でも、パラグアイの認知度が多少は上がったことを期待している。岸田総理がパラグアイを訪問された背景のひとつに、パラグアイが南米で唯一台湾支持国であることから派生する地政学的重要性がある。
 アルゼンチンとブラジルという大国に挟まれているせいか、内陸国パラグアイは、小国と思われがちだが、実は、国土面積は日本とほぼ同じで、人口は約686万である。また、台湾と外交関係を持つ12ヶ国中、国土面積、人口共にグアテマラに次ぐ2番目の大国である。

原理原則を大事にする国
 
 パラグアイは67年間一貫して台湾承認国である。この「一貫性」は、政権交代する度に中国と台湾との外交関係を次々と切り替える国があるだけに、特筆される。南米では唯一であり、中国承認の大国や近隣国に文字通り囲まれながら存在感を発揮している。
台湾支持の固い信念は、2021年、コロナ禍での中国による逆ワクチン外交に耐えたことで立証された。パラグアイは、途上国を優先してワクチンを提供するというCOVAXを信じて、早い段階で拠出したが、COVAXからのワクチンは小出しで迅速ではなかった。近隣国が中国からワクチンを入手する中、一時、パラグアイは、中南米で最もワクチン接種率が低い国となる事態となった。この気に乗じ、中国は、ワクチンを低価格で提供することを持ちかけるに際し、外交関係切り替えを条件とした。当然、パラグアイ外務省はこれを拒絶した。すると中国は、世論への訴え、地方自治体の首長への働きかけを積極的に行った。これに対して政府は、地方自治体はワクチン購入はできないと発表して対抗した。
 これらの状況から、2021年3月、市民は、政府はワクチン購入・接種を進めておらず、「国民の命をないがしろにしている」として大統領辞任を求める大規模な抗議活動を行った。それは一時は筆者も、大統領が辞任するのではないかと憂慮したほどの激しさであった。
 残念ながら、パラグアイが最大の窮地にあったとき、日本も米国も台湾も国内対応に精一杯でワクチン供与や右関連支援を行うことができなかった。アセベド外相(当時)は、TVインタビューで、人道上の弱みにつけこんだ中国の卑劣な対応を批判しつつ、我々を助けてくれるはずの同盟国、友邦国は何もしてくれないのかと訴えたこともあった。
 国際関係担当大統領補佐官、外相や厚生相が世界中を駆け回ってワクチンを確保し、文字通り歯を食いしばって、台湾との外交関係を維持した。ふりかえれば、寄付の第一号はチリ、大口供与は、米、西、印であった。我が国のワクチン供与は、アジアが優先され、中南米で唯一候補に挙がっていたパラグアイへの供与は実現しなかった。しかし、ラストワンマイル事業として、ユニセフと協力して超低温冷凍庫、大型冷蔵室の供与を行い、ワクチン接種の全国展開に貢献することができた。
 COVAXは結局、コロナ禍が終息してから、約束した残りのワクチン(75%)受領を求めてきた。パラグアイが辞退し返金要求したところ、契約期間の終了を理由に拒絶したので、国際仲裁裁判所への提訴も議論されていたが、7月23日、3.4百万㌦の部分返金が発表された。COVAXに多額の拠出を行った日本として、この様な不誠実な対応は問題にすべきではないだろうか。
 
 何故、この様な苦境に陥りながら、パラグアイは、台湾との関係を維持するのか。
 まず、第一に、民主主義、人権、法の支配、市場経済という原理原則はまげられない、という固い信念である。その背景には、35年続いた独裁政権の影響が少なからずあると思われる。民主主義、表現の自由への強い思いの他、間接的に米国も支援した長期独裁政権時代、左翼思想は悪、という教育が浸透したとされる。本年、民主化に移行して35年と言う節目の年となるが、保守的国民性とも相まって、パラグアイでは、現在も他国のような左系の政治勢力が十分に育っておらず、ピンクタイド化(21世紀初頭から中南米でみられる左派政権成立の動き)の中南米にあって、長年中道右派政権が継続し異彩を放っている。ウクライナ侵略以降、さらにイスラエル・パレスチナ紛争が始まり、世界の分断と対立は深まり、法の支配に基づく国際秩序は試練にさらされている。かかる情勢下、我が国が世界の調和を目指す上で、普遍的価値を共有する「価値の同盟国」であるパラグアイの重要性は増している。
 原理原則を守る例として、ロシアのウクライナ侵略への即日非難、制裁への参加をあげたい。ロシアは、パラグアイにとって長年、最大の牛肉輸出先であり、近年、チリに抜かれたものの、当時、シェア20%強、約3億ドルを計上していただけに、当地西側諸国大使館は、ロシア非難を躊躇するのではないかと危惧したが、アセベド外相の「ひとひらの牛肉で魂を売らない」との発言にパラグアイの侍魂を感じ、しびれたものである。
 メルコスールにおいても、一貫して設立条約であるアスンシオン条約の遵守、統合と域外関係強化を主張している。かかる理由から、ベネズエラの加盟申請をパラグアイのみが反対していた。しかし、2011年、パラグアイで左派系の大統領が弾劾された際、いずれも左派政権であった他の3ヶ国から右は非民主的手段で実施されたと一方的に糾弾されてパラグアイの資格が停止され、その間にベネズエラの加盟が承認された。しかし、2017年8月から同国の加盟資格が停止されている事実から、当時のパラグアイの判断が正しかったことは証明されているのではないだろうか。パラグアイの発言力は限定的と思われるかも知れないが、コンセンサスの裏返しは拒否権である。パラグアイが本来の原理原則を貫く限り、メルコスールが設立精神に反する方向に進むことはない、日本は域外国ではあるが、その様なパラグアイを支持することでメルコスールとの関係強化を図ることができると考える。日メルコスール関係強化を最も熱心に推進しているのもパラグアイである。

 第二に、他国が主として経済的理由から中国との外交関係樹立を選択する中、パラグアイでは、台湾との関係維持の方がメリットあり、との判断がある。台湾は、それを支えるために必死の努力をしている。経済協力は、2013-18年の実績は、年間約30百万ドル(日本は53百万ドル(2020年支出額))で、密輸対策としての税関スキャナー、電子カルテシステム普及等、パラグアイのニーズに迅速に対応する点が際立っている。しかし、ODAの一本足打法ではなく、近年は、貿易更には投資の拡大に腐心している。過去2年、制裁の影響で減少している対露牛肉輸出をカバーするかのように、対台湾輸出が急速に増大しており、シェア第2位を伯と競うに至っている。また、台湾は豚肉の関税をゼロにしたため、パラグアイが豚肉の最大の輸出先となっている。因みに、トンカツ丼は、人気メニューということで、台湾での和食ブームが間接的にパラグアイの輸出増に貢献していることは喜ばしい。
 中国は最大の輸入相手国(5100百万ドル)であり、輸出額(20.6百万ドル)の約250倍という大幅入超である。パラグアイは世界第10位の牛肉輸出主要国であるが、中国は、外交関係が樹立されれば、中国という巨大市場に牛肉輸出が叶うと誤った幻想でパラグアイの畜産業界へのロビー活動を執拗に行っているが、昨年4月末のペニャ大統領当選後は、畜産業界の政府への圧力は表面的にはトーンダウンしている。この背景には、大統領が、中国と外交関係を樹立する選択肢はないことを説明しつつ、中国にかわる、日本も含む他の市場開放を進めることを業界に約束し、台湾への牛肉、豚肉の輸出増、米、加市場への牛肉輸出開始という実績を上げていることが背景と考える。議会でも時折、中国との外交関係を樹立すべきと言う決議が提案されるが、これまで上下両院いずれでも可決されたことはない。その様な事態にならないよう、当地台湾大使館は、議会の動きに最大限の注意を払い、かかる決議が可決されないようあらゆる外交努力を行っている。
 投資に関しては、パラグアイが切望する半導体生産の可能性は模索が続いている。但し、実現するにしても、バリューチェーンの一部を行うにとどまる見込みである。一方、既に実施が決まっているのは、電気バスの生産である。まず、33台の無償供与が進行しており、2028年の生産開始を目指した投資が公表されている。後述のクリーンエネルギーの現状を踏まえるとEVの潜在性は大きい。
 エンジニア育成も長年行われており、台湾工科大学への留学生は述べ1000人にのぼり、同大学分校の開校計画も進んでいる。
 GDPに占める公的債務の割合も南米で最も低く(図表1)、財政責任法で財政赤字を厳格に管理(GDPの1.5%)しているところから、世銀、米州開発銀行(IDB)、我が国と貸し手は多く、中国資金に頼る必要性は生じていない。特に、ペニャ現大統領は、IMF勤務時にアフリカ担当として中国のやり方を目の当たりにしており、中国との外交関係樹立が経済上の利益をもたらすことを保証しないことを理解しており、近年、中国に外交関係を切り替えた国の例を引きつつ右を公言している。

(図表1)GDPに占める公的債務の割合(2022年12月CEPAL)

超親日国

 視点を外交関係105年の日本とパラグアイの関係に移して、パラグアイを一言で表せば「超親日国」である。ペニャ大統領は、岸田総理への叙勲式に際し北朝鮮による拉致被害者救出を願う青リボンピンを装着して連帯を示しされた。筆者が2020年11月に着任以来、パラグアイは日本が支持を要請した全ての国際機関選挙及び全ての国連決議等で支持してくれている。日本2対パラグアイ1の「相互」支持もいくつか含まれており、しかも、国際機関での選挙でパラグアイは全て口上書による日本候補支持をしてくれたのである。アセベド外相(2021.1-2022.4)は、筆者の顔を見ただけで、「日本の支持要請も協力要請も全てイエスだ」と言っていてくれていたほどである。
 また、FOIPは、数年前まで中南米が明示的には含まれていなかったが、中南米への働きかけを積極的に始めた直後の2021年11月に訪日したアセベド外相は、FOIP(自由で開かれたインド太平洋)支持を公に表明した最初の中南米の国の閣僚となった。太平洋はおろか、海にも面しておらず、日本から地理的に最も遠い国が、インド太平洋の平和と安定の重要性を認識し公言したことは、特筆すべきことと考える。当時も東アジアの安全保障情勢は厳しいものであったが、ロシアがウクライナを侵略する前であった。その後も、日本との要人の往来の度にパラグアイのFOIP支持が確認されている。福島第一原発のALPS処理水の放出についても支持してくれている。
 さらに、パラグアイは、鉱物資源こそ有していないが、約240%という高い穀物自給率を誇っており、日本と世界の食糧安全保障上の重要性を有している。現在、パラグアイ政府が強力に進めている両大洋間横断回廊は、大豆の主要生産地であるブラジルのマットグロッソ州とアジアの連結性を高めることから、食糧安全保障上の意義も備えていると言える。(図表2)この回廊は、ブラジルのサントス港とチリのアントファガスタ港を結ぶ全長約3000キロの道路により、太平洋と大西洋をつなぐ壮大な計画で、英国のエコノミスト誌は、パナマ運河に匹敵する流通革命と位置づけている。文字通りパラグアイを横断する本回廊は、海の出口のないパラグアイに太平洋、ひいてはアジアとの連結性をもたらすものとして、パラグアイは、本計画はFOIPを補完するものであるとも位置づけて発公言している。

(図表2)両大洋間横断回廊:パラグアイとアルゼンチンを経由してブラジルとチリを接続

 また、パラグアイはエネルギー南米の安全保障上も注目されている。電力は、100%水力発電のクリーンエネルギーで賄われており、豊富で安価。余剰電力を送電線を通じて隣国に販売しており、主要輸出品が電力という希有な国だからである。
 3億人のメルコスール市場へのニアショアリング、超親日国・価値の同盟国としてのフレンドショアリングの観点も見逃せない。このようにパラグアイが示す親日度の背景説明については、別の機会に譲りたい。

日本はどうつきあうべきか

 この様に地政学的に重要な超親日国パラグアイとの関係を日本は如何に強化すべきか。
 ペニャ大統領は、台湾との外交関係維持に一定のコストを払っており、牛肉の対日輸出実現はじめ貿易拡大でパラグアイを支援してほしいと希望している。この背景は、先述したとおりである。検疫という技術的問題を政治的に解決すべきとは考えないものの、パラグアイの地政学的重要性に鑑み、日本として誠意ある対応が望まれる。「ひとひらの肉にも魂宿る」である。
 ペニャ大統領は、貿易投資の拡大、外資誘致を自ら積極的に進めており、欧米企業は、政治経済の安定性、投資優遇制度、豊富で安価なクリーンエネルギー、豊富で低廉な労働力、豊かな森林資源、更には3億人のメルコスール市場に注目して頻繁にミッションを派遣し、投資を発表しており、日本企業の出遅れ感は否めない。筆者は微力ながら、パラグアイの有望性を訴え、日本企業支援を惜しまないで来たが、パラグアイ企業からは、石橋を叩いても渡らない日本企業の慎重な体質への失望感が聞かれる。
 移住88年を迎える日系社会は良好な二国間関係の礎であり、外交的アセットとなっている。外務省は、2022年12月に日系社会連携支援室を新設して、日系社会との連携を一元化して総合的に企画・実施する体制を構築した。外交的アセットを当然視せず、政府として、次世代が日系人としてのアイデンティティを自覚できるような政策を積極的に進めつつ、むしろ、日系人に協力を仰いで、日系人の力を借りて、日本企業、日本のプレゼンスを高めるという取り組みが必要である。ここでも経済界の役割が欠かせない。
 70年に及ぶODAは、パラグアイの経済社会の発展を支援し、二国関係の土台を構成している。日本は一時の例外を除き、長年、トップドナーであり、JOCVは中南米一の派遣数を誇る顔の見える支援であった。しかし、2020年、米国ではなく、韓国にトップドナーの地位を譲った。支出額ベースであるため、円借款の返済を含めると供与額が減るという事情は考慮するにしても、韓国が存在感を増していることは否定できない。分野についても、EV関連等新たな分野に韓国の官民で取り組んでいることも注目される。韓国・メルコスール自由貿易協定交渉は休眠状態であり、近々、動き出す兆候はないものの、今後、日本のプレゼンスが相対的に下がれば、歴史的問題への潜在的影響というリスクをはらんでいることに留意が必要である。
 政治と経済を切り離して考えるという政冷経熱は、法の支配に基づく国際秩序が危機に直面する中、もはや機能しない。価値の同盟である日パラグアイ関係は、政熱経冷である。パラグアイと台湾の関係を考察しつつ、これを政熱経熱にするという筆者の使命を自身に問い続けている。(了)