【TICAD9特集】TICAD9の成果とTICADプロセスの今後


前アフリカ部長 堀内俊彦

 日本が1993年に始めたTICAD(Tokyo International Conference on African Development、アフリカ開発会議)の9回目に当たるTICAD9を8月20日-22日、横浜で開催しました。本稿では、まずTICADとは何かについて説明し、次にTICAD9開催に当たって考慮した世の中の変化に触れつつTICAD9の成果について紹介し、最後にTICADプロセスの今後についての私見を述べます。

1.TICAD is
 TICADは、一言で言うと、日本がアフリカの開発を議題として1993年に開始した首脳級の国際会議とそれに付随するプロセスです。1993年当時は冷戦終結直後で国際社会の関心がアフリカから離れアフリカは「周縁化」されていました。そうした中で日本は、アフリカについて真剣に話そうと世界に先駆けて呼びかけ、TICADはその後の世界のアフリカ重視の流れを作りました(歴史の審判に評価されうるプロセスを創始された先輩方には敬意を覚えます)。
 以来日本は30年以上にわたり、「アフリカ自身のオーナーシップ」とそれに呼応する「国際社会のパートナーシップ」のベストミックスという基本的考えの下に、人作りなどの日本の得意(特異)分野を活かしつつ、国際社会も巻き込みながらアフリカと一緒に歩んできました。
 その後、様々な国や地域がアフリカとのパートナーシップの仕組みを作り、いわば「TICADもどき」を始めました。それでも引き続き、TICADの先駆性や包摂性、アフリカのオーナーシップの尊重(日本でうまくいったからといって安易に押しつけない)といったアプローチは、他のパートナーシップにはない特徴(特長)です。

2.2025年版日本の回答(解答)
【アフリカも世界も日本も変わりました】
 1993年の第1回のTICAD以来、アフリカ側の課題や願望の変化、世界や日本の地合い(じあい)の変化を受けて、TICADもアジェンダ、ステークホルダーを変えつつ進化してきました。今回のTICAD9を開催するに当たって考慮した変化には以下のようなものがあります。
 まずはとにかくアフリカが力をつけ自信を深めアフリカの声が大きくなってきていることです。アフリカ連合(AU)のG20へのメンバー入りは象徴的です。なお、そのアフリカの声が「ルサンチマン」のトーンを帯びがちなことにも注意が必要です。
 世界も変わりました。マルチラテラリズム(国際協調、多国間主義)の危機が言われています。日本は「共通の責任に支えられた包摂性のあるガバナンス」(2024年の国連総会での日本の一般討論演説)を掲げています。これは、様々な国々との連帯、仲間作りを前提とします。アフリカは54か国で国連加盟国の約4分の1強を占め、人口でも今世紀半ばには25億人で世界の約4分の1を占めます。グローバル・ガバナンスを語る際に、アフリカの建設的関与は手続きの面でも中身の面でも必須だと思います。
 日本はどうでしょう。TICADを始めた1993年当時と比べ、少なくとも相対的には日本の国力が低下していることは否定できないと思います。それでも日本には、アフリカから信頼されているという資産、科学技術の輝きなどの強みが(まだ)あります。こういった強みを生かした「勝ち筋」を見極めることがTICADプロセスでも重要だと考えました。

【TICADも変わりました】
 そこでこれらの地合いの変化も踏まえてTICAD9ではいくつか新しいアジェンダ、アプローチを取り入れました。
 まずはテーマを「革新的課題解決策の共創」としました。開発、ビジネスと来て共創というレイヤーを打ち出しました。日本はこれまでもアフリカの課題に向き合い、一緒に解決策を考え実践してきました。今回はアフリカと一緒になって様々なグローバルな課題(グローバル・イシュー)の解決策を共創しようというベクトルをよりはっきりと打ち出しました。
 グローバル・イシューは世界のあらゆるところでインパクトを与えますが、最も顕著に影響が表れるのは、普段から外的ショックに脆弱なアフリカという特定のローカルであり、アフリカは様々なグローバル・イシューの最大の被害者ではあります。と同時に、解決のための当事者でもあるべきです。これまで国際社会で過小に代表され、評価されていたアフリカも、実際には世界のために持ち寄れる在来知や内発的ノウハウを持っています。
 そしてこうやって課題を解決していく際に、是非「Made with Japan」で日本と手を組みませんかということを呼びかけました。ちょっとアニマルスピリッツに欠け気味の日本ですが、日本にはまだまだ、そしてこれからも、いいモノ、サービス、技術、知恵、倫理、人がたくさんあります(います)。こういった日本が関与する形で生み出されるいいもの「Made with Japan」を活かして世界がとりわけアフリカが直面する様々な課題の解決策をアフリカと、そしてさらには国際社会の様々なステークホルダーを巻き込んで共に創り上げようとしました。
 中身の面では、従来通り、経済、社会、平和と安定という三本柱に沿って日本として率先して行う取り組みを打ち出しました。ただし上述の三本柱に加えて、分野横断的に重要なテーマとして、民間セクターの主導的役割、若者・女性、連結性といったことも重視しました。具体的には、インド洋・アフリカ経済圏イニシアティブやアフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)による域内統合や域内外との連結性の強化を念頭にしたAfCFTAとの連携強化のための産学官検討会の立ち上げなどを打ち出しました。
 これらの具体的な取り組みも通じて、目下のアフリカの最大の課題である若者の雇用を創出しつつ、若くて元気なアフリカ(アフリカの人口の中央値は19歳)の活力を日本に取り込んでいくことを目指します。
 今回もう一つ重視したのがテーマ別イベントです(従来サイドイベントと呼んでいたものです)。TICAD9では、政府関係機関、国際機関、研究機関、NGO(市民社会)、自治体、民間企業等により、200を超えるセミナー・シンポジウム、約300のブース展示が行われました。これまでも、TICADの際には多くのテーマ別イベントが行われ、日本でのアフリカに対する認知度、関心を高めるのに貢献をしてきたと思います。アフリカについての情報が紛争や災害などネガティブなものになりがちな中で、テーマ別イベントで「Opportunity Lens」を通して実際の元気なアフリカを多くの方々に知っていただけたことは良かったと思います。
 また、テーマ別イベントの中には、科学技術、宇宙、アート、文化など、必ずしもTICADの本体の会合自体ではこれまで深掘りできなかったテーマを扱ったものも多くあり、今後のアジェンダを先取りしています。またテーマ別イベントの担い手に若者や若者の団体が多かったことも希望を持たせてくれます。

テーマ別イベント「Youth Drive」の日本とアフリカの若者

 なお、AUの開発分野での最上位戦略である「アジェンダ2063」が目標に掲げる包摂的成長、経済統合等のアフリカの経済・社会の変革実現のためには、官民連携が鍵となります。アフリカ自身も持続的、自律的な繁栄のためにはビジネス、官民連携が必要だと認識しています。TICAD9では、多くの民間企業の方々にもご参加いただき、JETROのTICAD Business Expo & Conferenceにて、イノベーション活用の事例の展示・紹介をしていただきました。また、TICAD9では日本、アフリカ、国際機関など多種多様な関係者の間で300以上にのぼる協力文書が署名されました。人、モノ、サービス、アイディアが流通し往来する自由で開かれた「マーケットプレイス」であるTICADが、様々な課題解決に向けた具体的ヒントを得る場になったり、スピードマッチングの機会になったり、新たな雇用創出につながったりする場になったのではないかと期待しています。
 なお、これらの新基軸を打ち出しながら、訴求対象毎に伝えたかったメッセージは以下の3つです。
 日本社会に対してはウエークアップコールです。アフリカと付き合わないことによる「Cost of inaction」がどんどん大きくなるということです。
 アフリカに対しては「Choose your partner」です。アフリカが様々なパートナーから「チェリーピッキング」するという現実の中で、日本がこれからも他とはひと味違う信頼できるパートナーであるということを刷り込もうとしました。
 国際社会に対しては「まともな国、日本」「優しくて強い国、日本」というメッセージです。
 そして、これらのメッセージ発出に当たっては、初日の開会式の石破総理のスピーチでの総理ご自身のセネガルご訪問の経験はじめご自分の言葉で語られた点、また、総理の合計34件の、岩屋外務大臣の合計30件のマラソン・バイ会談等で、それぞれの相手に丁寧に接していただいたことは大きかったと思います。

開会式で自らのセネガル訪問の経験も踏まえ挨拶する石破総理大臣

 メッセージはある程度届いたと思います。今後はそれが具体的な行動変容につながるようにバイの文脈含めフォローアップが重要だと思います。

3.And Then What
 TICADは時代に合わせて変化してきたと書きましたが、本来は未来をデザインする方がずっといいはずです。TICADは、もともとアフリカについて議論するという当時誰もやっていなかった試みを真っ先に始めました。アバンギャルドさはTICADの原点とも言えます。
 TICADについては、見直すべきとのご意見があることも承知しています。筆者自身も、どうすべきか自問し、様々な方と対話しています。これまで日本が30年以上にわたりTICADを旗印にアフリカとの間で築いてきた信頼関係を土台に、世界で起こっている変化、具体的にはアフリカが力をつけ、世界が様々な「価値の切り下げ」に直面し分断、格差、対立を深め、日本がダウンサイジングするという変化を直視し、好ましい未来をデザインしながら日本外交をどうするか、その一翼を担うTICADをどうするか。それが問われていると思います。
 TICADを擁護するならば、TICADは名実ともに日本外交の資産となっていると言えます。とりわけ、多くのパートナーがアフリカに群がり「アフリカクラブ」への参入コストが高まる中で、ある意味(まだ)プラチナチケット化しているTICADをどうするかということだと思います。
 他方、現行TICADへの批判的立場からは、まだ旧態依然としたやり方でやっているのかということだと思います。不断のカイゼンだけでなく非連続な自己刷新も必要なのかもという気もしています。
 筆者にも解はありません。ただ、TICADがどのようなものになるにせよ、相手のお困り事をよく傾聴し、まっとうな考えを提唱し、その考えを具体的な行動に「翻訳」してケアするということを、日本らしく愚直にコツコツと一つ一つやっていくというスタイルは変えない方がいいと思います。
 アフリカが人口25億人あるいは34億人からなる「ルサンチマン」の感情に駆られた巨大で「厄介」なブロックや「国際標準」になるのか、それとも、アフリカが本来有するヒューマニティー(TICAD9の閉会式挨拶で石破総理からもお話のあったウブントゥの哲学です)を活かし、植民地主義の犠牲者であることを物質面でも精神面でも乗り越えてオープンリージョナリズムを体現するのかの岐路に私たちはあると思います。日本外交にはまだまだ出来ることがあると思います。(了)