【TICAD9特集】激動に立ち向かうアフリカとどうつきあうのか:TICAD9の3焦点

駐ケニア大使 松浦博司
1.はじめに
間もなくTICAD9が開催される。3年に一度のTICAD首脳会合は、現下の情勢と長期的展望を踏まえた首脳間の議論により次の3年間の日アフリカ関係の基調を決める重要なプロセスだ。と同時にアフリカの開発に関わる世界の関係者が一堂に会しアイディアや計画を自由に議論し合う、「政策フェスティバル」でもある。首脳プロセスとフェスティバルを合わせた総体から、アフリカ開発の方向性とそのための協力のあり方が浮かび上がってくるTICAD9となって欲しいと思う。
特に3つの次元において好成果を期待したい。第一は現在進行する国際政治の急激な変化がアフリカに及ぼす影響をよく吟味し、それへの有効な対応につき深い議論がなされること。第二に近年のTICADが一貫して取り上げ、推し進めてきた中心テーマである、「援助から貿易・投資への移行、その移行を効果的に後押しする援助」につき情勢を踏まえた最新の議論が行われること。第三に政治・経済のみに偏らず文化も含めた日アフリカ関係を深化させるために何をすべきか、本格的な議論が行われることである。
2.国際政治の変動とTICAD
第2次トランプ政権誕生以前からアフリカは国際政治の急変にさらされてきた。コロナ危機、米中対立激化、スーダン紛争、ウクライナ戦争、ガザ戦争と続く変化に米国の関税引き上げ外交、援助見直し外交が追い打ちをかけ、欧州諸国も援助の削減に着手している。当然全アフリカは大きな影響を受ける。しかしケニアから観察する限り、アフリカ諸国の受け止めは息を潜めたように静かである。まずは衝撃を吸収する必要があるということなのか、全アフリカで協調して反応するため今はアフリカ内ですり合わせているのか、米中をはじめ世界の出方をうかがっているのか、一種の諦念から自らの強靱性を強化することにより生き残る決意を固めているのか。あるいは、これらの組み合わせなのかもしれない。
どのような組み合わせであれ、アフリカ諸国はそれぞれにこの有為転変に立ち向かわざるを得ない。国際政治の多極化が作り出すわずかな行動の自由を戦略的に活用するとなれば、虎視眈々と自国利益の伸張を計算した上で両天秤で立ち回る、いわゆるトランザクショナルな関係が基調になるだろう。もともとアフリカ諸国はトランザクショナルだったとも言えるが、いよいよその傾向を強めるだろう。計算高い行動で生き延びる強靱性を身につけ、戦略的自律性を少しでも高めようとするだろう。
同時に、わずかな戦略的自律性の向上では埋め切れない膨大な脆弱性を抱えるのがアフリカ諸国だ。アフリカの脆弱性を和らげるセーフティーネットの働きをしてきたマルチの国際制度・国際機関が危機に瀕している今、マルチを危機から救い出すことも、アフリカは不可欠だと認識していると思う。
つまりTICAD9は、このあたりについてのアフリカの認識と決意を引き出す格好の機会である。日本と世界はそれを正確に受け止め、対応しなければならない。アフリカの強靱性支援にせよ、脆弱性カバーのためのマルチ強化にせよ、日本は常に対アフリカ関係の原則の一部として掲げ推進してきた。今はそれを今日の文脈で捉え直し、各国のニュアンスを微妙に感じ取りながらも、これまで通り「アフリカは機会の大陸である」との主張を掲げ続け、右顧左眄することなく強靱性支援とマルチ強化を行うことが、最もアフリカの決意に寄り添った対応になると思う。
アフリカを巡るアクターは多様化している。米中や欧州諸国はもちろんのこと、ロシア、トルコ、ア首連なども様々な手法で関与の度合いを深めている。これらを相手にトランザクショナルな立ち居振る舞いをするのは容易ではない。切った、張ったの大立ち会いをする間も、心配せずに支えとして頼れるパートナーが欲しいところだ。日本はそのようなパートナーになれるか。これが今回のTICADの真のテーマだと思う。日本だけがそのような信頼を獲得できると考えるのは幻想だとの見方もあろうが、激動の局面の中でアフリカが虚動を排して強靱性強化に沈潜しているとすれば、激動に浮き足立つことなく粛々と強靱性支援をする日本の姿がなにがしかアフリカの心を打つ可能性もあるだろう。
では何をすべきなのか。各国により事情は様々だが、以下ケニアを例に考えてみる。強靱性支援として、経済面では世界的な分業体制の中で成長を確保できる産業力の強化とそれを通じた雇用拡大の支援に一日の長がある。モンバサ港の物流ハブとしての潜在力を最大化し、産業力につなげることなどである。忘れてならないのは国民の30%が従事する農業である。農業生産性を引き上げ、農業が所得向上の足かせにならない地点へケニアが前進するのを助けていきたい。と同時に、ケニア一国だけの強靱性は砂上の楼閣であり、想像上にしか存在しない。周辺諸国と携え人・物・金の流れを太く速くすることで地域が全体として強靱になってこそ各国の強靱性もある。EAC(東アフリカ共同体)諸国の市場統合強化やその延長線上にあるアフリカ大陸全体の市場統合も議論されて然るべきである。
安全保障面の強靱性も劣らず重要である。日ケニアの防衛協力が何ほどかケニアの安心に役立つのであれば進めていきたい。しかしケニアにとって安全保障は国防にとどまらない。例えば気候変動の激化に伴う森林後退は国土安全保障上の問題である。このような拡大した安全保障認識に応えた強靱性支援ができるかどうかも問われると思う。
マルチ強化は多方面で重要だが、やはり自由貿易体制、国際保健の支援体制、国連とAUを中心とする平和支援体制の3つをどのように救済するかが緊急性が高い。WTOを通じた途上国の貿易支援の崩壊をどう食い止めるか、途上国の3大感染症対策や保健システム強化支援でマルチの仕組みが果たしてきた役割をどう進化させるか、そして平和支援体制の、国連における意思決定や国連からAUへの効果的財政支援を機能不全に陥らせないためにどうするか。いずれもアフリカの脆弱性に直結する。しかも独りアフリカのセーフティーネットであるにとどまらない。ネットが破れてアフリカが危機に瀕すれば世界は自らのセーフティーネットを失ったことに気づくであろう。


3.「貿易・投資と援助」再考
アフリカの経済を持続的に発展させるためには貿易・投資を通じて各国経済に内生的成長メカニズムを発生させる必要があり、援助の果たす役割はそのための触媒へとシフトする必要がある。このことはTICADプロセスで長年かけて議論してきており、結論は揺るがない。これからは実践である。ここからの重要なポイントは、民間の貿易・投資の流れをよく踏まえた政府側の援助計画と、援助の効果を見定めて長期的な利潤の最大化に活かす企業側の貿易・投資行動の間で、双方向的な連携と効果の循環をよく確保していくことだと思う。
再びケニアに引き寄せて議論したい。幸い日本の対ケニア投資は好調である(進出企業数124社)。各社がケニアに進出する狙いはほぼ共通だ。アジアに比し低い賃金(Wage)、英語国民であること(English language)、インド洋に面し海外、特に日本への連絡路が開けていること(Indian Ocean)、人口増大(Growing population)、高い教育水準がもたらす質の高い労働力(High education)、外国人・外国企業に寛容な国民性(Tolerance)、政治的安定性(Stability)である。つづめるとWEIGHTSだが、中でも2050年には世界人口の4割がアフリカに住むことになるとも言われるアフリカ市場の将来性を前に、手遅れになる前に足がかりを作る、つまりGが最大の力点であり、そのためのゲートウェーがケニアである。要するに人口増大が需要爆発に一直線に直結することを念頭に置いている。
しかし現実には需要増大の隘路がある。質の高い労働力が市場に供給されても産業、特に製造業が弱いために労働市場に吸収力がなくインフォーマルセクターに流れてしまう。農民の市場動向への感度の低さ、適正技術獲得への意欲の低さ、資金力不足などの要因により農業生産性が停滞している。隣国との市場統合は、貿易政策より外交政策や国内市場保護政策を優先する各国の姿勢により歩みが遅い。あるべき姿は、フォーマルセクター雇用(Formal sector employment)、農業生産性(Agricultural productivity)及び裾野の広い製造業(Manufacturing)がともに伸びることにより突発的な中間層の成長(Outgrowth of the middle)が生じる。これにより可処分所得と購買意欲が劇的に増大し、近隣国との緊密な市場統合(Union of the markets)と相まって、需要爆発(Super explosion of demands)が出来するという流れだ。つまり人口増大はFAMOUSという回路を通じることにより初めて需要爆発を生み出す。隘路を開くのがホスト国の政策の役割であり、触媒としての援助の役割だが、援助のみでは微力である。貿易・投資と援助の効果循環をここで使っていく。
言葉を換えれば、進出した投資家が人口増大が需要爆発を産み出す(G→S)まで待ちの姿勢で足場を維持するのか、自ら中間層創出の一翼を担う姿勢で臨むかの違いが出てくる。一翼を担うなら、基本の構えは国際比較優位のある低賃金(W)を活かして雇用を拡大(F)し、それをとりわけ農業生産性向上(A)と製造業拡大(M)に用いていく。それにより所得が向上し中間層が拡大する(O)が、まだ賃金の比較優位は消えないのでさらに雇用を拡大するという循環を築くことになる。W→FAM→OのWFAMOターボエンジンをぐるぐる回す。もちろん個社で一国の雇用と所得全体に影響を与えることはできない。その国のマクロ経済の一部になる覚悟が必要である。拡張期に思い切った拡大、収縮期には慎重という呼吸を飲み込まなければならない。それによりその国の無数の経済主体との合作で中間層の創出に参加することができる。つまりG→Sの過程をWFAMOターボを使って加速する、あるいは加速過程に点火する一員になるということである。
加速過程への点火に効果的に関与するには独創的な戦略が必要である。また加速局面に至るまでの時間を忍耐によりしのぐだけの収益の流れを確保する工夫も必要である。2つ例を挙げたい。住友商事が出資するM-KOPAの主事業はスマートフォンの製造・割賦販売である。返済日額を微額に設定、返済が滞ると通信サービスを停止する独自の技術により、バイクタクシー部門に吸収される膨大な労働力を市場に取り込んだ。製造業を伴うWFAMO過程は基本通りだが、どこに独創性があるか。ITデジタルの独自技術を核とするために高度人材(H)を高度に活用している。デジタル産業はそれ自体の雇用規模に限界があるが、その分割賦販売の方で雇用吸収力の塊(G)であるインフォーマルセクターに所得向上手段を提供、中間層の予備軍を大量に作り出している。建設ゼネコンのフジタは主にODA事業でインフラ援助を通じた成長隘路の突破に参加している。将来的には商業事業やPPP事業も視野に入れる。独自なのは、ケニヤッタ農科工科大学の高度な研究基盤(H)を活かしてジャガイモ生産のバリューチェーン改善(A)のための研究を委嘱していることである。同社本業と直結しないが、長期的な農業生産性の向上がケニア全体の所得向上に不可欠であり、その先にこそ商業事業やPPP事業もあると展望している。ひねりを効かせたWFAMOターボだ。アフリカで儲かるまでの間は輸出で稼ぐとして、価格競争力を活かして欧州への輸出を拡大(I)する企業もある。世界中のクライアントに英語によるコールセンターサービス(E)のアウトソースを提供する企業もある。つまりWEIGHTSのWを活用したWFAMO過程を組み立てることは共通だが、独創的でかつ忍耐を可能にする戦略を組み立てるために、各社はW以外、すなわちEIGHTSの利点をユニークに加味することに心を砕いている。
こうした貿易・投資の動きが活発化するにつれ、援助で突破すべき隘路はより戦略的に絞り込めるようになるだろう。そして隘路が突破される利益をより多くの企業がそれぞれの独自戦略に活用することにつながるだろう。また地域の近隣諸国で同様な加速が始まれば、政策により市場統合の強化(U)を進めることに対する産業の後押しも強まるだろう。WEIGHTSを活用してFAMOUSへ。貿易・投資と援助の間の双方向的な効果循環を作り出す道を模索したいものである。

4.日アフリカ文化関係の強化
今、万博の開催年にあたり、日本人は国際社会と異文化に触れることの意味と意義を改めて感じ取っている。この今年こそ、日本におけるアフリカ文化の受容につき、深く議論すべき時だと思う。日本が本格的にアフリカとの関係を深めるのであれば、その関心と理解は総合的でなければならない。しかも日本の消費者の文化的受容における成熟度、洗練度はいよいよ高まっており、アフリカ文化を楽しみ、賞翫する心理的基盤は幅広く整っている。しかし舞踊、音楽、美術、衣装、建築、映像、食文化など、アフリカの魅力ある優れた文化をそのままの形で楽しみ、賞翫できる日本人の層はまだまだ薄い。日本人は、生活における精神的余裕の獲得、文化的支出に振り向けられる可処分所得の増大、欧米文化の支配的影響からの脱却を経て、世界各地の文化を「商品」として消費する大衆市場を作り上げてきた。多様な文化を受け入れる成熟度が、一部の文化専門家の占有物としてではなく、大衆の文化消費における態度として成立したところに独自の潜在力がある。
ではなにをどうすれば、日本の大衆文化消費市場はアフリカの文化を受け入れるのか。それには「結び手」の存在が重要だと思う。専門家と異なり、文化消費者は日本市場のテイストに合わせて文化を受容する。そのテイストは時に手前勝手であり、時に頑迷固陋であり、時に移ろいやすい。その性質をよく理解して、日本市場に受容しやすくアフリカ文化「商品」を加工し、移ろいを敏感に受け止めて次の流行を作り出すようなプロデューサー、デザイナーを必要とする。一方その「結び手」はアフリカ文化を深く、広く理解していなければならない。かつて筆者が英国西ヨークシャーの毛織物工場を視察した際、オーナーは日本の市場は上級の製品を長期に安定的に受け入れてくれる重要な市場であると述べていたが、詳しく話を聞くと、日本のバイヤーが毛織物の製品、材料、製造工程につき専門的に詳しい知識を持っているので製造者が惚れ込んでしまうということと、バイヤーが日本の消費者の流行の動きを細かく分析し、時に流行を作り出して製造者に「売れる」新製品を提案しかつ新製品を引き取ってくれることの2点がポイントであった。まさにこの織物バイヤーのような、プロデューサー、デザイナーの存在が欠かせないと思う。
アフリカの日本文化受容についても同様だろう。アフリカの日本文化受容はアフリカの現実に即した速度で進める必要があるが、アフリカの文化市場と日本の文化供給の双方に通じた「結び手」が必要であることは変わらない。来たれ「結び手」、この点は特にフェスティバル部分で大いに議論して欲しいと思う。

(YouTube大阪サンスポチャンネルより抜粋)
5.結び
最後に、現在進行中の日本の政治過程についても述べたい。参議院選挙の結果を受けて、石破総理は進退を巡る攻防のただ中にある。TICADはその政治ドラマのさなかに石破総理が自ら主催する巡り合わせとなった。TICAD後の内閣は衆参両院での少数与党という苦衷を背負うことになるのか、連立の枠組を拡大するのか分からないが、どんなに苦しくても憲法に則った政治過程で政権を作り、運営するのは当たり前のことである。それにより国民の自由を守ることができ、安定した豊かな社会を維持・発展させることができる。そのように日本が苦しみを苦しいとも言わず当たり前のこととして黙々と実践するなかアフリカ各国の首脳は横浜に来る。各国首脳には、何かを感じ取って欲しいと思う。
