【TICAD9特集】アフリカの課題解決に向けた日・エジプト間協力


駐エジプト大使 岩井文男

エジプトの対アフリカ外交とTICAD9への期待
 昨年11月に筆者がエジプトに着任してから、約8か月が経過した。筆者のエジプト勤務は三度目となるが、前回の勤務終了は2001年であり、およそ四半世紀ぶりのエジプト勤務となる。今回の着任後、筆者が最も強い印象を受けたのは、これまで「カイロ市」として知られていた場所がもはや「旧市街」のような位置付けとなり、カイロの東西に新たな衛星都市が創られていた点である。また、交通インフラを中心としたハード面での著しい発展ぶりにも驚かされた。
 このように、近年大きな成長を遂げたエジプトであるが、今から32年前の1993年に第一回が開催されたアフリカ開発会議(TICAD)も、アフリカ自身の開発ニーズや国際潮流に合わせてそのテーマや在り方を変化させ、近年は、アフリカ諸国を支援の対象としてだけでなく、投資・ビジネスのパートナーとしても捉える方向にある。
 こうした中、筆者はエジプト外務省関係者との面会を重ねる中で、本年8月の第9回アフリカ開発会議(TICAD9)については、アフリカ諸国の関心が特に高い「平和と安定」と「経済」の分野において、日本の貢献を示してほしいとのエジプトの期待を感じてきた。
 近年、中東地域では湾岸諸国の隆盛ぶりが著しく、同地域における国際政治の重心が湾岸諸国に置かれつつあるように感じている。他方、筆者の前回のエジプト勤務時に政権の座にあったムバラク大統領と比べると、エルシーシ大統領は、アフリカにおけるエジプトの中心的な立ち位置を目指し、エジプトとアフリカの関係をより強化すべく、積極的な対アフリカ外交を展開している印象を受けている。特にエジプトは域内での紛争に巻き込まれることを避け、自国の安全を確保するためにも、近隣諸国・地域の平和と安定に向けて積極的に取り組むとともに、豊富で優秀な人材や地の利を活かし、アフリカで最大の外国直接投資(FDI)を引き付ける等、大きく成長しようとしている。
 アフリカの安定と発展の実現に熱心に取り組み、TICAD9でも「平和と安定」や「経済」に関心を寄せてきたエジプトがどのような強みを持ち、これらの分野でどのような取組を進めているのか、また、日本は自国の知見やエジプトの強みを活かしながら、エジプトとどのような協力を進めることができるのかという点を検討することは、アフリカが抱える諸課題の解決策を共に創り上げていくという、TICAD9の趣旨にも繋がり得るのではないだろうか。

カイロ県東部に開発された新行政首都で建設工事が進むビジネス地区

アフリカが抱える課題の解決に向けた日・エジプト間協力
(1)平和と安定
 情勢が不安定化しているリビア、スーダン、ガザと接するエジプトにとって、自国の安全を確保する上で、アフリカ・中東地域における平和と安定の実現に向けた取組を進めることは重要な課題である。エジプトは、リビアやスーダンによる自国の安定回復に向けた取組を支え、また、ガザ情勢については、停戦交渉の仲介に最大限尽力し、人道支援の搬入を主導してきた。更に、主要収入源であるスエズ運河の通航料を安定的に確保する上で、紅海・アフリカの角地域の治安維持も重要であり、エジプトは、アフリカ連合ソマリア支援安定化ミッション(AUSSOM)への部隊派遣を決定する等、ソマリアの安定化に向けた取組にも積極的に参画している。
 こうしたエジプト政府の取組に加え、筆者がここで紹介したいのは、エジプト外務省傘下の組織として誕生し、現在は、平和と安定の分野におけるアフリカ諸国の能力構築や、政策立案・調査等を担う独立専門機関に育った「紛争解決・平和維持・平和構築のためのカイロ国際センター(CCCPA)」の存在である。
 1994年に設立されたCCCPAは、国連平和維持活動(PKO)への大規模な要員派遣を通じて培ったエジプトの豊富な知見を基に、エジプト及びアフリカ諸国のPKO要員の派遣前訓練を数多く実施してきた。日本の支援により、女性PKO要員向けの訓練も実施し、各種訓練に女性の視点を取り入れる等、日本が推進する政策課題にも合致した取組を行っている。現在はその活動領域を更に広げ、紛争のあらゆる側面に焦点を当てるとともに、平和構築プロセスにおける女性・若者の参画や気候変動と平和・開発の問題等にも着目し、これらの分野におけるアフリカ諸国の能力構築に取り組んでいる。CCCPAによれば、これまでアフリカ50か国を含む96か国から参加した約3万人を対象に333の訓練を行ってきたという。
 CCCPAは、エジプトにおいて、アフリカの平和と安定、更には発展に貢献し得るアセットと言える存在であり、エジプトが持つ強みでもある。日本には、戦後復興や平和国家建設の経験、また、平和実現のための国際貢献等の豊富な知見があるところ、これらをCCCPAと共有しながら、日本とエジプトに共通する政策課題に連携して取り組むことは、アフリカの平和と安定を実現するための方法を共に創り上げていくことに繋がるだろう。
 なお、CCCPAは、2019年にエルシーシ大統領の主導で始まった「アスワン・フォーラム」の事務局を務めており、ほぼ毎年アフリカ諸国や国際機関の要人をエジプトに招き、アフリカの持続的な平和と開発の推進について議論する機会を提供している。日本は、現在のところ、同フォーラムで唯一の「戦略的パートナー」という特別な地位を付与されている。同フォーラムにおいて、今後とも日本がこの地位を維持しつつ、TICADプロセスを含む日本の対アフリカ政策を発信し、アフリカの平和や開発の問題に関与し続けていくことも不可欠であろう。

CCCPAによる女性PKO要員派遣前訓練

(2)経済
 エジプトの優位性として、まず豊富かつ安価で優秀な若年労働人口の存在が挙げられる。総人口は約1.1億人、35歳以下の割合が65%と若年人口が豊富で、アラブ諸国やアジア新興国と比較して、現地雇用費用が圧倒的に安価である(職位に応じて200~1,000ドル/月/人)。また、高校修了率84%と教育レベルも高い他、アラビア語や英語に加えて日本語話者も多く、多言語人材の雇用でも優位性がある。次に、欧州・アフリカの結節点として優位なアクセスを有し、EU、COMESA(東南部アフリカ市場共同体)、AfCFTA(アフリカ大陸自由貿易圏)等、11の地域貿易協定を通じて、世界80か国以上と貿易協定を締結している。貿易協定数はアフリカで第1位であり、今般の米国による追加関税導入に際しても、最低水準(10%)の関税が課されたエジプトにとっては、輸出拠点として新たに台頭する機会との見方が優勢である。加えて、過去10年間で2兆エジプト・ポンド(約6兆円)を投資し運輸インフラを整備することによって、経済・産業発展を推進してきた。産業発展指数では南ア、モロッコに次いで第3位である他、FDIは2022年以降アフリカにおいて第1位である。
 こうした強みを持つものの、アフリカ域内貿易は南ア(19%)とナイジェリア(8%)が牽引しており、エジプトは第5位(4%)に留まっている。(パーセンテージは貿易総額(輸出プラス輸入)に占める対アフリカ諸国貿易(輸出プラス輸入)を示す。)他方、本年AfCFTA閣僚会議議長に就任したエジプトは、前述の優位性を活かして国内製造・輸出を増大させ、アフリカ域内貿易の拡大を推進している。
 日系企業の取組としては、エジプトを拠点にアフリカ等海外展開を行う企業も出てきている。例えば、当地で生理用品や紙おむつの製造を行うユニチャームは、輸出も積極的に行っており、対アフリカ輸出では、ケニア等を中心にアフリカ13か国へ輸出している。また、当地で消毒液等を製造しているサラヤは、当地で製造した天然甘味料とホホバオイルをアフリカ諸国に輸出している。更に、対アフリカ輸出はないものの、住友電装は、エジプト国内に世界最大級の自動車ワイヤーハーネスの製造工場を複数有しており、フリーゾーンにおける外資系で最大の輸出企業となっている。
 過去数年にわたり外貨不足等を背景として非常に厳しい状況にあったエジプトの経済状況は、IMF等の支援を受け回復の兆しを見せている。エジプトでの事業には様々な困難やリスクが潜在するが、エジプトの強みを活かし、日本、エジプト、アフリカ諸国のいずれもが利益を得られる形のアプローチを追求していくことができよう。
 また、開発協力の面でも、日本とエジプトはアフリカの平和と持続的な成長を念頭に置いた取組を行っている。例えば、JICAはエジプト政府と連携し、約40年に亘り、保健・医療や農業等の分野で、アフリカ諸国の能力構築を目的とした第三国研修をエジプトで実施している。これまで7000人以上がエジプトを訪れて研修を受けた実績がある。第三国研修は、エジプト農業省から、「他のドナー国はアフリカに食料を援助するが、日本は食料の作り方を教えてくれる」との高い評価を得ている。エジプトは日本の対アフリカ支援にとっても、大きな存在感と価値を生み出せる国であり、今後も有意義な支援を継続していきたい。

出典:ジェトロ投資コスト比較、2024年
出典:アフリカ輸出入銀行African Trade Report 2025

日本とエジプトの教育・人材育成における取組
 エジプトが重視する、アフリカにおける平和と安定の実現や経済の発展を実現するためには、国の根幹を担う人材の育成が極めて重要となる。日本は、2016年2月に、安倍総理大臣(当時)とエルシーシ大統領との間で締結された「エジプト・日本協力パートナーシップ(EJEP)」に基づき、就学前教育から高等教育に至るまで、それぞれの段階で切れ目ない協力をエジプトにおいて行ってきた。
 その中でも特に「エジプト日本学校(EJS)」と、「エジプト日本科学技術大学(E-JUST)」(TICAD9の会場でブース出展)について紹介したい。
 EJSは、主体性、協調性の醸成を促進し、豊かな人間性や健康な身体を育むための日本式教育を行う場として、2018年に第1校目を開校した。EJSでは科目授業に限らず、今や現地語化したトッカツ(特別活動)として、日直、学級会、掃除等が行われている。本年4月時点で、エジプトでは55校のEJSが開校している。また、トッカツの普及はEJSに限らずエジプト公立学校でも進められており、1000校を超える学校で推計約75万人の児童生徒が日本式教育を受講している。
E-JUSTは、2010年に科学技術大学として開校した。現在約5000人の学生が在籍し、英国の教育専門誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)」の世界大学ランキングでも2年連続エジプト国内1位を獲得し、国際的な評価を高めている。ケニアや南アフリカを始めとしたアフリカの大学との国際共同研究の他、TICAD奨学金を通じたアフリカ諸国留学生や、現地事情で学習の継続が困難となったパレスチナ人学生の受入れも進めており、アフリカ・中東地域における教育・研究拠点としての一層の発展が期待されている。
 本年2月にはアブデル・ラティーフ教育・技術教育大臣が訪日、また、同年5月にはあべ俊子文部科学大臣がエジプトを訪問し、今後の教育分野での連携強化について認識を共有した。教育分野における日本とエジプトの連携は、国内外問わず高く評価されている。両国の協力が、エジプトのみならずアフリカ諸国の教育を発展させ、アフリカにおける平和と安定の実現や経済の発展に貢献し得る人材の輩出に繋がることを大いに期待しながら、今後も日本として協力を進めていきたい。

アブデル・ラティーフ教育・技術教育大臣と共にEJSを視察するあべ俊子文部科学大臣

最後に
 今回のTICAD9での結果や成果が、今後の日本とエジプトによる、アフリカ全体を視野に入れた様々な協力の発展に繋がることを大いに期待したい。
(令和7年7月末日記)