【総領事が語る2024年大統領選挙と米国④】米国中西部から見る2024年選挙プロセス~DC、東・西海岸とは異なる視点~
在シカゴ総領事 柳 淳
大統領選挙プロセスは興味深い観察対象だ。複雑な制度設計。誰が誰か。争点は何か。米国の政治・経済・社会事情を理解する上で役立つ。また、日本における米国情報は、ワシントンDC発の政治情報、ニューヨーク発の経済金融情報、西海岸発の先端技術情報やエンターテイメント情報が主流になりがちな中、中西部の状況や視点は、日本における米国の全体像理解に資する面もあるように思う。総領事として10か月、管轄する中西部10州を歩いてみての見聞と感じたままの観察を御報告する。
前半戦の皮切りアイオワ・コーカス ~ 草の根民主主義の現場
大統領選の前半戦、党内で候補者を選ぶ予備選挙・コーカス(党員集会)が、アイオワを皮切りに各州で順次行われている。アイオワ・コーカスでは、ダークホース候補が資金や人員の多くを投入してスタートダッシュを図る。勢いのある候補が明らかになる。そのため、4年に1回、全米と世界の注目が初戦アイオワに集まり、政治関係者や報道陣が多数押し寄せる。州にとっての経済効果は大きい。
1月15日、アイオワ共和党コーカスを視察した。厳寒と積雪にもかかわらず、集会場には多くの党員が集まっている。党幹部の演説や各候補の応援演説の後、有権者党員が「Presidential Straw Poll (模擬投票)」と記された紙片に支持候補者名を記入する。投票箱はない。スーパーの紙袋で集めている場所もあれば、有権者党員がテーブルの上に投げおく場所もある。皆が見守る中で、1枚1枚手で仕分けして集計する。「候補者と実際に話さずに支持候補は決められない」との声も聞く。立候補者との距離が近いので参加意識も高まる。学校で教わったような草の根民主主義が眼前で繰り広げられる。
視察した州都デモイン近郊の3カ所の集会所全てでヘイリー候補が1位となった。しかし、州全体ではトランプ候補が圧勝。農村が太宗を占める州全体の趨勢を筆者が視察した地域は反映していなかった。2016年のアイオワ・コーカスでは事前予測に反して2位に終わったトランプ候補が、今回は頻繁にアイオワ入りして、支持者に対して「勝利は確実と慢心せずに、集会所に行くように」と発破をかけていたことが奏功した。厳寒と積雪の中、家から集会所が遠く、積雪が深い農村地帯に多いトランプ支持者の出席率が低下するとの直前予想を覆し、トランプ陣営の動員力を示した。従来からの大方の予想通りトランプ前大統領が圧勝したことで、前半戦の流れを決定付けた。
今回、共和党のみの開催となったのは、民主党が日程と方式を変更したからだ。コーカス方式の運営の不透明や、アイオワが民主党支持者の平均値から乖離していることに加えて、接戦州の一つであったアイオワの共和党支持傾向が固まり、民主党にとっての重要性が低下したことが原因と言われる。製造業衰退、工場移転、街の凋落により、失業して貧困に陥った非大卒労働者(多くは白人男性)が、名門大卒のエスタブリッシュメントが動かす連邦政府と現状に対して、不満と怒りを持つに至った。そんな彼らの心を掴んだのがアウトサイダーとして登場したトランプ候補。アイオワ東部の工場労働者は、ユニオンと関係の強い民主党を支持する傾向があり、オバマに投票していたが、2016年にトランプ候補支持に回った。この傾向は、他のラストベルト(斜陽重工業地帯)でも見られる。
前半戦の最後を飾る夏の政治イベント ~ 全国党大会
共和党は7月15~18日にミルウォーキーで、民主党は8月19~22日にシカゴで全国党大会を開催する。共和党は、接戦州ウィスコンシンを獲得するテコ入れとしてミルウォーキーを開催地に選んだ。民主党は、牙城のシカゴ開催で、バイデン大統領再選に向けて狼煙を上げる狙いだ。しかし、1968年シカゴ民主党全国大会開催の際に起きたベトナム反戦デモと混乱の記憶から、南部からの移民流入やイスラエル・ガザの状況等を反映した同様の事態を恐れる声も聞かれ、機会と同時にリスクがある。
全国党大会期間中は党指導部や注目の若手の基調演説も行われる。伝説となっている「The Audacity of Hope(大いなる希望)」演説で脚光を浴びたオバマ(2004年当時イリノイ州の上院議員)のように新星が登場するのか。
そして、トランプ前大統領とバイデン大統領が党候補に正式に指名され、指名受諾の演壇に立つ。副大統領に誰を指名するのか。自らが相手候補よりどう優れていると訴えるのか。米国の課題は何で、どのような政策を訴えるのか。党内の団結を高める意味でも、政策綱領(platform)が公約として作られる。世界の注目が中西部に集まる。
後半戦(本選挙)に向けて ~ 中西部管轄10州の状況
総じて、大都市と大学都市では民主党が、農村地帯では共和党が強い。イリノイとミネソタが民主党支持傾向の「青い州」、両州の間に位置するウィスコンシンが接戦州「紫の州」、残りの7州が共和党支持傾向の「赤い州」と見られている(下記地図参照)。
イリノイは、広大な中部・南部の農村地帯は共和党が強いが、民主党の牙城の北東部シカゴ圏の人口が圧倒的に多い。プリツカー知事は将来の民主党大統領候補の1人と見られている。ミネソタは、大都市ミネアポリスを擁し、また北欧移民の社会民主主義の影響からリベラル色が強く「青い州」と見られているが、トランプ陣営が人員と資金をつぎ込んで巻き返しを図っている様子だ。
ウィスコンシンは、1988年以降、民主党が勝利していたが、2016年はトランプ候補が2万5千票差で、2020年はバイデン候補が2万票差で勝利した。最大都市ミルウォーキーと州都の大学都市マジソンを合わせた票と、広大な農村地帯の票が拮抗しており、今回も僅差が予想されている。本選挙の帰趨はウィスコンシンを含めた全米の6~7つの接戦州次第と見られており、両候補ともに頻繁にウィスコンシンに足を運んでいる。
残りの7州が共和党支持傾向の「赤い州」。インディアナは米国の十字路に当たる交通の要所で、鉄鋼や自動車を中心に製造業が強いが、「ラストベルト」の一部を構成する。シカゴに近い北西部はリベラルで民主党支持だが、州全体としては保守的傾向が強い。民主党が勝利したのは、1900年以来、2008年のシカゴ出身のオバマ元大統領を含め5回のみ。なお、共和党内の予備選挙で知事候補となったがマイク・ブラウン連邦上院議員が、党集会で自身の選択とは異なる副知事候補を受け入れざるを得なくなった事態は、共和党右派内における亀裂を示しているとの論評もある。
他の6州は農業地帯だ。ミズーリは、1904年から100年間、同州の結果が全米の結果に合致していたためベルウェザー州(趨勢を表わす)と言われていたが、近年は共和党支持が強い。カンザスも伝統的に保守的で、1968年以降、共和党候補が勝利しているが、「党よりも人で選ぶ」「均衡と抑制を重んじる」ためか、ケリー現知事は民主党だ。
ネブラスカは、州全体としては共和党が強いが、最大都市オマハと州都リンカーンでは民主党が強く、また勝者総取り方式ではなく州全体の勝利者が2人を、3つの連邦下院選挙区ごとの勝者が残りの3人を獲得することから、2020年はトランプが4人、バイデンが1人を獲得。今回も、共和党対民主党が4対1になる可能性がある。なお、ノースダコタのバーガム知事は、共和党の大統領候補に立候補していたが途中で離脱し、トランプ前大統領の支援に回っており、副大統領や閣僚ポストの可能性ありと見られている。サウスダコタ初の女性知事ノームも、トランプ前大統領を支援しており副大統領候補の1人と見られていたが、飼い犬を射殺したと自著本で明かしたことで批判を浴びている。
中西部を歩いてみて思うこと
中西部各州は広大かつ多様で、見聞できる範囲は限定されている。また、東部・西部との比較や、これまでの大統領選挙との比較を、肌感覚で感じられる訳ではない。「よく分からない」というのが実感だ。
各州の規模感は国家に近い。税制や法規を含めて州の自律性も非常に強い。中西部には「自分の住む州・街が本当のアメリカだ」と考えている人もいる。各州の一般市民にとっては、ワシントンDCは特殊な場所で、大統領(選挙)やワシントンDCとの間には、物理的距離のみならず心理的距離もあるように見える。
また、米国の国民は、4年に1回、リニューアルを選択できる機会を与えられている訳だが、今回は、前大統領と現大統領とのリターンマッチであり「リニューアルの機会はない」、「若者の間で盛り上がりに欠ける」との見方も聞く。前半戦の党内の候補者選びは党員登録した者しか投票権を待たず最初から結果が分かっており、また、後半戦も接戦州以外は結果が分かっているので、盛り上がっていないように見えるだけかもしれない。
バイデン大統領もトランプ前大統領も、前半戦は各州で勝利を続けている。しかし、民主党では、ウィスコンシンで「uninstructed」が8%、ミネソタで「uncommitted」が19%を占めた。共和党では、ヘイリー候補が撤退後にもかかわらずインディアナで22%、ネブラスカで19%の支持を得た。このようなバイデンを支持しない民主党支持者、トランプを支持しない共和党支持者、無党派層・独立系の動向が、本選挙の投票率と帰趨に少なからず影響するだろう。
選挙の最大の争点は何か。共和党は経済・インフレと国境・移民問題を、民主党は中絶権や多様性・社会権利保護を争点化しようとしている。その他、民主主義は機能しているか否か、犯罪、銃規制、イスラエル・ガザの状況など、いろいろと言われている。しかし、国際社会の縮図のような広大で多様な米国では、有権者層ごとに関心は異なるので、最大の争点を見極めることは容易ではない。
米国社会の分断が指摘されている。ある党員集会では党派的対立を煽るメッセージが多用されていた。「支持政党が異なる人と友人にはなれるが、結婚は無理」、「党派的報道に偏る伝統的メディアに対する信頼度が低下した」、「何が事実か議論のベースが共有されないため、理性的な議論ができない」、「予備選挙における大衆民主主義の過剰」との声も聞く。伝統的な価値観や生活スタイルが脅かされることに対する不安が主に白人の保守的な層にはあり、分断の幅が両極に拡がっているとの認識が強まっていることは確かなようだ。
他方で、おおらかで親切な中西部の人々は、感情豊かではあるが、それほど両極端ではないようにも見える。同時に米国の偉大さの源泉にも圧倒される。個人の気質とスケールの大きさ。満ち溢れる自信と活気。開拓精神。大学と財団の層の暑さ。日本人の感覚からすると桁外れに広大な空間と莫大な物量。一時の選挙結果が政治の全部門を支配しないよう、均衡と抑制を重んじる制度設計。多様性と多様な価値観を受け入れる力。産業構造や人口動態の変化(20年後には白人人口が全体の50%を切る)も伴い、各州の党派の色分けは今後も変わり続けるであろう。米国は4年か8年毎に揺れ続けながらも、自浄力や復元力を発揮して、偉大な国であり続けるように思えてくる。(了)