【総領事が語る2024年大統領選挙と米国③】―カリフォルニア(南カリフォルニア)・アリゾナ両州の状況―
在ロサンゼルス総領事 曽根健孝
カリフォルニア・アリゾナ両州の共和党予備選の結果について
(1)カリフォルニア州の共和党予備選挙は、3月5日(スーパー・チューズデー)に行われ、トランプ元大統領(得票率78.5%)が、ヘイリー元国連大使(18.0%)に圧勝し、代議員169人全員を獲得した。カリフォルニア州は、全米最大の人口を有し、大統領選挙人数(538人中54人)を背景に、民主党・共和党ともに最大の代議員数であるが、有権者を見ると、民主党支持者が共和党支持者の2倍近くであり、近年では常に民主党候補が勝利しているため、予備選挙自身はあまり盛り上がりを感じさせるものではなかった。予備選挙および本選挙においても、共和党が選挙キャンペーンの一環としてカリフォルニアに力を入れるとは思われないが、経済界では、カリフォルニア州でもトランプ支持者が一定の割合でいるとみられており、資金集めとしてカリフォルニア州でキャンペーンを実施しているので、その状況もよく見ていく必要がある。
(2)アリゾナ州の共和党予備選挙は、3月19日に行われた。3月6日に、ヘイリー元大使が撤退を表明したので、トランプ元大統領の信任投票という側面が強いものであったが、トランプ元大統領の得票率は78.0%で代議員43人全員を獲得したものの、撤退したヘイリー元大使も18.6%の得票率を得た。アリゾナ州では、ヘイリー元大使の撤退表明 後の予備選挙であり、その意味では盛り上がりに欠けた面もあるが、それでも、ヘイリー元大使が州全体では19%近く、特に都市部ではさらに高い得票率であったことは、アリゾナ州における伝統的な共和党支持者がトランプ元大統領支持の共和党支持層と分断されていることの証左ともいえる。アリゾナ州では、共和党の中でトランプ支持者と伝統的な共和党支持者との間の分断が深刻で、州レベルで見ると、2022年の中間選挙で、知事、州務長官、州司法長官のすべてのポストで民主党候補が勝利しており、トランプ元大統領の支持を得た候補が勝てない状況となっている。大統領選挙でもこうした共和党の分断が影響すれば、無党派層に加え共和党支持者もトランプ元大統領に投票しない可能性もあると思われる。
予備選を通じて浮かび上がる両州管轄地域に特別の事情
(1)カリフォルニア州は民主党46.59%、共和党24.41%と民主党が共和党の2倍近くの有権者を有しており、普段接する米国人から、トランプ候補支持の声を聞くことはほとんどなく、共和党支持層の中でトランプ候補支持がどれほどあるかは不明である。しかしながら、そうした米国人から聞く話として、知人の良識的なビジネスマンの中で、トランプ前大統領が進めていた経済政策が結果として利益につながったことにより、個人としての好き嫌いを抜きにして、トランプ候補を支持する人たちがいることも事実である。
6月7日、8日には、トランプ候補がロサンゼルス近郊のビバリーヒルズとオレンジ郡のニューポートビーチにそれぞれ来訪して、資金集めキャンペーンが実施されており、その主催者が共和党ユダヤ人連合理事、健康保険会社の共同設立者や億万長者のIT関連起業家等であり、富裕層やユダヤ系を含め、南カリフォルニアにおいても一定の割合でトランプ支持層がおり、特にその資金源は無視できないものと思われる。
(2)アリゾナ州は人口約736万人で、人口比は、白人51.8%、ヒスパニック32.5%、アフリカ系4.4%、アジア系3.5%、ネイティブ・アメリカン3.3%である。その中でも、約3割を占めるヒスパニック系有権者の支持を獲得することが鍵と見られている。3月現在の有権者登録数は409万6260人であり、党派別では、共和党35%、民主党29%、無党派35%、第三政党1%となっている。
アリゾナ州では、共和党支持者として有権者登録した人のみが投票できるクローズド方式で予備選挙が実施された(3月19日)が、ヘイリー元大使が撤退後にも関わらず約19%、約11万票を獲得し、マリコパ郡(フェニックス)やピマ郡(ツーソン)において、他の郡よりトランプ支持率は5ポイント程低く、都市部の共和党有権者の間でトランプ前大統領に対する抵抗勢力が拡大している可能性がある。
アリゾナ州は、伝統的に共和党の地盤であるが、2020年の大統領選挙ではトランプ大統領候補が共和党全員及び無党派層の支持を得られなかったため、バイデン大統領が勝利した。それ以降アリゾナ州は接戦州となっており、2022年の中間選挙では、連邦上院、知事、州務長官、州司法長官のすべてで民主党候補が勝利している。
一方、大統領選挙に関する世論調査を見ると、接戦州ではあるが、僅差でトランプ前大統領支持がリードし続けており、5月30日のトランプ元大統領のNY地裁での有罪判決後の最新の世論調査でもトランプ前大統領51%、バイデン大統領46%であった(FOX News、6/1-6/4)。
エマーソン大学による調査では、アリゾナ州有権者全体では、「移民」を最重要課題と位置づけ、「経済」が2番目、次いで「中絶」「住宅価格の安さ」と続いている。一方支持政党によって各課題についての問題意識に差がみられ、共和党は「移民」を、民主党は「中絶」を重視しているが、「経済」については政党に関係なく高い問題意識を有している。(下表参照)
バイデン大統領は予備選挙投票日(3月19日)にアリゾナ州を訪問しており、2020年に僅差で勝利したアリゾナ州を今回の大統領選挙においても注目している証左と見られる。特に、ラテン系有権者への働きかけに注力し、「ラティーノス・コン・バイデン・ハリス」と呼ばれる新たなキャンペーンを開始する旨表明した。
また、予備選投票日翌日(3月20日)には、アリゾナで拡大している半導体産業への支援として、インテルの工場を訪問し、最大85億ドルの助成を発表した。さらに、4月8日にはTSMC(アリゾナに工場を建設する台湾半導体企業)への最大66億ドルの助成を発表し、アリゾナ州への投資を支援する政策を強調している。一方で、住宅価格をはじめとした生活コストの高騰については、有効な政策が実施されておらず、特に、ヒスパニック系を苦しめているとみられており、今後の争点として引き続き注目すべきと思われる。
アリゾナ州でも、人工妊娠中絶の問題が大きな争点の一つになると予想される。4月にアリゾナ州最高裁は、中絶を禁止し中絶を行う医師を罰する「1864年中絶禁止法」について4対2で同法が有効であると判決を下した。その後州議会は、「1864年中絶禁止法」を廃止することを下院、上院でそれぞれ可決し(採決では、下院で3名、上院で2名の共和党議員が賛成に回った)、ホッブス知事が署名し、同法は廃止さることが決定された(但し、廃止の発効は州議会が終了してから90日後)。これにより、昨年州議会で可決された15週間以降の中絶を禁止する法律が施行されることになる。さらに、人工妊娠中絶のアクセスが州憲法で保障された権利であることについて住民投票にかけるべく署名運動が繰り広げられており、大統領選挙にあわせて本件住民投票が実施されれば、人工妊娠中絶の権利を支持する民主党有権者やリベラル派の投票率が高まり、バイデン大統領に有利に働くとみられている。また、4月12日にハリス副大統領がアリゾナ州ツーソンを訪問し、人工妊娠中絶の権利擁護を訴え、アリゾナ州最高裁の判決は「トランプの仕業である」と名指しで非難しており、選挙戦の争点として強調するキャンペーンも展開されていくことになると見られる。一方、トランプ元大統領も人工妊娠中絶については、慎重な立場をとっており、中絶手術の全国的な禁止に対しては、支持を拒否している。
トランプ元大統領は、6月6日、約2年ぶりにアリゾナ州を訪問し、フェニックスにおいてタウンホール・ミーティングを開催した。集会の中では、バイデン大統領が6月4日に発表した不法移民の亡命を禁止した行政措置について、我々の主権と国境を意図的に破壊しているなどと述べ厳しく批判しており、移民問題を選挙の争点として強調している。アリゾナ州の共和党は、州の法執行機関に対して不法移民者を取り締まる権限を与える法案を住民投票にかけるべく準備を進めている。
また、集会に集まったトランプ候補支持者では、NY地裁の有罪判決は政治的なものであるとの認識が広がっており、これらトランプ候補支持者にとって、有罪判決がトランプ元大統領の選挙戦に大きな影響はあるとは思われていない。
今後、党大会を経て、本格的な大統領選へと進んでいく中で、アリゾナ州でどちらの候補が勝利するかは、最後まで分からないと思われる。引き続き、投票行動に影響がある経済、移民、中絶の問題を中心に両陣営の支持者、無党派層の動向を見極めていくことが重要と思われる。(了)