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英 正道著『トランプ登場で激変する世界』

2017.02.07

英 正道著『トランプ登場で激変する世界』


國廣道彦著「経済大国時代の日本外交」.jpg

矢田部 厚彦(元駐フランス大使)

 本書は、第1部でトランプ登場により激変する世界のさまを詳述しているが、核心は、第2部、「外交の復権」と第3部「自立した日本外交と安全保障戦略」である。著者は、「どうすれば、二十年先に、日本が諸外国と相互依存のウイン・ウイン関係を維持し、豊かな國であり続けられるかを念頭にした安全保障戦略を描く」ことが本書の目的であるとしている。この目的の延長線上にあるのが「外交の復権」である。その文脈で、著者は、「外交とは、妥協により好循環を作り出す作業である」との名文句を吐く。そもそも日本の環境は孤高であり、日本人は、本来的に鎖国的DNAを持っているとの分析も鋭い。したがって、日本の地位を安定化するものは、外交力でしかない。

 外交の課題とは何か?その最大のものは国家安全保障である。適正かつ十分な軍事力は必要だが、その使用を未然に回避しつつ、いかに安全を確保するかが外交の使命である。

 著者はまず、「安全保障は、戦争への意思を挫くさまざまな方策を講じることで獲得できる」とした上で、その選択肢として、同盟アプローチ、勢力均衡政策、中立政策という三つの方策を挙げる。著者は、そのいずれかを選択しなければならない訳ではないとして、日本の選択は「良いとこ取りのハイブリッドで行くこと」だとしている。

 著者は更に、「中国、北朝鮮からの核脅威に自ら身を護る術のない日本は、米国の核の傘を抑止のために利用するのが妥当」としつつ、問題は、「トランプ・ショック」後の米国が果たして同盟国として信用できるのか、米国の核の傘が抑止力持ち続けるか、だとしている。これは、日本にとって死活の問題であり、まさに、外交の出番である。日本外交が早期復権に留まらず、最大限の力を発揮しなければならない秋(とき)が来ていることを痛感する。

 本書が心ある読者層に広く読まれることを祈り、でき得れば、続編「トランップ・ショック以後」の執筆を期待したい。

(2017-2-4記)   

「國廣道彦著「経済大国時代の日本外交」 吉田書店 2016年11月」

2016.12.26

「國廣道彦著「経済大国時代の日本外交」 
吉田書店 2016年11月」


國廣道彦著「経済大国時代の日本外交」.jpg

矢田部 厚彦(元駐フランス大使)

 本書の著者、國廣道彦氏は、病を得て退官する1995年までに、外務省中国課長、在米大使館経済担当公使、本省経済局長、内閣外政審議室長、経済担当外務審議官、駐インドネシア大使、そして駐中国大使と、日本外交の要所要所に在り、特に経済面で重要な足跡を残したが、その時期は、まさに日本の劇的とも言える高度成長期に当たっていた。本書は、そのドラマに重要な役割を演じた著者の体験を記したものであり、その意味で、「経済大国時代の日本外交」という本書のタイトルは、極めて当を得ている。評者に言わせれば、むしろ百尺竿頭一歩を進め、本書を「経済大国時代の日本外交史」とさえ言いたいくらいである。

と言うのも、本書は回想録ではなく、事実関係の動きがそのまま記述された記録だからである。若い頃から丹念に日記を書く習慣を持っていたらしい著者は、公職についてからも、その日、その日の細部を丹念に書き留めてきた。その量は、膨大なものであろうが、公職を退いて余暇を得た著者は、それらの日記類を整理編集し、ガリ版刷りの私家版手記を作成していたのである。数年前にその一部を寸見する機会を得た評者は、興味深い内容に驚き、稿を改めて、印刷公刊を奨めたことがある。今般上梓された著書は、そのガリ版刷り私家版に加筆訂正を加え編集したものである。

以上に述べたとおり、本書は、只今現在の時点から過去を振り返って書かれた所謂回想録ではない。著者は、掘り起こした記憶や追憶を語る者ではない。本書に見られる者は、一日の激務の疲れにも、睡魔にもめげずに、毎日欠かさず日記帳を開き筆を走らせる几帳面で誠実な人間の姿である。彼の意識にあったのは、後代の歴史家のために記録を残すということであった。比喩的に言えば、著者が記したその日、その日の記録がいわば「古文書」として残され、本書において収拾整理され、編集されたということである。評者が本書を「経済大国時代の日本外交史」と言いたくなる由縁である。結果的には、著者自身が「後代の歴史家」になったわけであるが、それは偶然であるとして、われわれ同時代人にとっての幸運と言わなければならない。(なお、カヴァーにあるタイトルの上、右横に、「回想」とあるのは、ミスリーディングであるから、増版に当たっては、削除されることを期待する。なお、本誌12月号で、評者が紹介した枝村純郎著「外交交渉回想」(吉川弘文館 2016年11月)のタイトルにも、「回想」の一字が入っているが、同書も、単なる記憶に頼った回想録ではなく、記録に基づて書かれたものであることが読めば分かるだけに残念である。)

 閑話休題。本書において紐解くことになるさまざまな外交交渉の経緯には、興味津々たる細部と襞(ひだ)がある。特筆すべきは、その主役たちが著者とともに生きた「ナマ」の人間たちとして登場することである。特に興味深いのは、外国で言えば大統領、首相、日本では総理大臣、外務大臣といった、(多くは今は亡き)いわば歴史上の人物たちが次々に登場し、身近に躍動することである。それは、本書の著者が立たされたような立場に立たなければ経験し、実行できないことであり、それがまさに本書の白眉で、もっとも興味深いところである。いちいち紹介することは差し控えるが、ひとつだけ例を挙げれば、中曽根総理とレーガン大統領との有名な「ロン・ヤス関係」誕生の経緯などは、まさに歴史的瞬間と言ってよく、その描写は寓意的でさえある。読む者は誰しも、両巨頭に誘われて、思わず微笑を浮かべずにはいられないであろう。

歴史に満ちた著者のキャリアーの掉尾を飾ったのが、在インドネシア、在中国大使時代であったことは、意味が深いと思われる。地球上で、日本国大使がもっとも重きをなすー正確を期するなら、そこで重きをなす存在は、「日本国大使」ではなく、「日本国」なのであるがー任地はどこか。それは、ワシントンでも、ロンドンでもない。ジャカルタと北京(それにソウルを加えるべきであろうが)である。と申して、異論が出ることはないと思うが、こうして、著者に誘われて旅する「経済大国時代の日本外交史」の旅も、北京で幕を閉じる。本誌前号で紹介した枝村純郎著「外交交渉回想」の著者も、インドネシア大使経験者であることは単なる偶然ではない。そして、相次いで出版されたその二人の著書が、並んでベストセラーズの双璧となっても、なんら不思議でない。

(了)   

枝村純郎著『外交交渉回想』を読む
枝村純郎著「外交交渉回想――沖縄返還、福田ドクトリン、北方領土」(吉川弘文館)について
2016.11.14

枝村純郎著『外交交渉回想』を読む


外交交渉回想

矢田部 厚彦(元駐フランス大使)


読者には、まず本書のカヴァーに注目頂きたい。説明書きによれば、1990年7月27日、クレムリンにおける信任状捧呈式の写真とある。枝村大使が背筋をピンと伸ばし、頭を上げ、しかも、ニッコリ微笑を浮かべているところに注目したい。筆者にも経験があるが、天皇陛下の御信任状を任国の主権者に捧呈するという儀式は、矢張り相当に緊張するものである。相手に対する敬意のあまり、頭を下げ、つい背も丸くなりがちになる。

ところが、この写真に見る枝村大使には、そのような素振りは微塵もない。さもありなん。彼は、この著書に「特命全権大使たる者、いざというときには、任国の元首に対しても対等だという意識をもって臨むべきだと考えてきた」と書いているくらいだから。

とはいえ、このときの枝村には、別の意味のプレッシャーがかかっていても不思議ではない。彼が新任地モスクワに着任したのは、1990年6月8日であるから、既に二か月近くも、信任状提出の日取りさえ決まらない日々が過ぎていた。これは、外交的には異例なことで、非礼と言ってもよい。このような遅延の裏には、何らかの目論見があったことすら推察されたのだ。

ソ連側には、日本側がもっぱら北方領土問題のみに絞って日ソ関係を考え、圧力をかけてくることへの苛立ちがあった。ゴルバチョフ大統領の国賓としての訪日の日取りはいつまでも決まらず、その準備のためのシェワルナゼ外相の訪日の日取りさえあやふやなままだったのだ。そういうことをめぐって、日・ソ間には、陰に陽に厳しい応酬が続いていた。信任状捧呈式は、そのように緊張した状態が続くなかで、或る日の夕刻、僅か数時間の予告で突然行われたのである。

以上の事情を念頭に、もう一度、信任状捧呈式の写真を見て欲しい。新任大使に神経的圧力をかけてやろうという意図がロシア側にあったとすれば、お生憎さまで、的外れもいいところだった。ゴルバチョフ大統領、シェワルナゼ外相両者と、これに対峙する新任大使との間で、断然優位にあるのは、背筋をピンと伸ばした枝村の方である。しかも彼は、何のこだわりもないように、にっこり微笑を浮かべているではないか。枝村の勝ちだ。

人生のいわゆる「黎明期」に始まり長い年月に跨る本回想記には、全編に亘り枝村の外交官魂が躍動している。外交官魂とはなにか?彼は、冒頭「はじめに」のなかで、「外交の本義は外交交渉である」と喝破している。それは、今日の世間に横行する「情報屋」を意識しての発言であろうが、交渉が外交官の使命であり、魂であることに間違いはない。

「情報」の重要性は否定しないとして、枝村が指摘しているとおり、それが「外交交渉」に役立たされて、初めて情報としての価値が発揮されるのである。情報は、集積され、分析され、知識として、総合的に活用されなければならない。「組織としての記憶(インスティテュショナル・メモリー)」構築の重要性は、枝村のかねてからの持論であり、本書においても強調されている。本書の刊行は、まさに、その重要な一翼を担うものと言ってよい。



枝村純郎著「外交交渉回想――沖縄返還、福田ドクトリン、北方領土」(吉川弘文館)について


小寺 裕子(前駐サウジアラビア大使夫人)


「外交交渉回想」などという堅苦しい題の本は私のような素人には睡眠薬代わりかと思いきや、これは下手な推理小説を凌ぐハラハラ,ドキドキものだ。読み始めたらやめられないのだが、ありがたいことに章ごとに話が完結しているので睡眠不足にはならない。

 小説と同じく登場人物が実に生き生きと描かれている。著者は正義感に燃える熱血漢であり、いかにしたら難題を解決できるかに知恵を絞る。交渉相手は他国だけでない。難しい問題については省内での意見対立もある。時に原理原則で、時には辛口のユーモアで相手に答える著者に拍手を送りたくなるのである。  

外交は原理原則に立て

 中南米局長に就いた時は、一貫性と継続性というわかりやすい2つのCを局の方針とした。アメリカが日本の対中南米外交に要求を突きつけて来ていたのだが、著者は「そこまでアメリカに付き合う必要はないだろう」と感じる。その理由としてアメリカの中南米における強引なやり方、中南米諸国のアメリカに対する愛憎入り混じった感情、アメリカの強い復元力を挙げる。そして中国、イラン、キューバの例を挙げて、アメリカが自分の都合でさっさと関係修復をしてしまい、日本が置いてきぼりを食う危険性について警告している。

 フォークランド紛争にあたっては、スペイン・パナマ提出の安保理決議案に対しサッチャー首相が反対を要請してくる。欧亜局は、この要請を受けて棄権すべきだと主張する。ここでも著者は「他国に言われたことにどこまで付き合えるかでなく、—−わが国の国益に即してーー座標軸を確立したうえで対応すべきである」と、まずこの紛争に対する日本政府の基本方針の策定を主張する。

 外務省では英米で研修した人が重要な政策立案に携わるのが普通だが、著者のようにスペイン語を研修した異次元の視点を持った人も組織には必要である。

 こうした著者の慧眼がフォークランド紛争における日本の立場に生かされたことは誠に喜ばしい。

 「福田ドクトリン」の章でも理念に基づく外交の力強さが語られる。

外交は生き物だ

 著者は三十二歳で北米課首席、三十四歳で北米課長に就いている。やはり瑞々しい感性が著者を沖縄返還へと駆り立てたのだろう。在沖米軍兵士の犯罪の低い検挙率、ソ連が供与してくれた小児まひのワクチンを沖縄では接種できない、など「異常な状態」を何とか

しなくてはならないと感じる。しかし外務省内の多くは、ベトナム情勢がエスカレートしている時にアメリカが重要な軍事基地を手離すことは万一にもないだろうとの「思い込み」にとらわれていた。

 困難な状況下、著者は沖縄返還をいかにISSUEにしていくかに3つの方針を立てる。また優れた総理、志を同じくする先輩などが現れ、次第に返還へと向かう様は、「外交においては現状を受け身にではなく、変わり得るもの、ダイナミックなものとして捉えることの必要性」を教えてくれる。

 「沖縄の祖国復帰が実現しない限り、わが国にとって『戦後』が終っていない」という佐藤総理の名文句の裏話も楽しい。  

やっぱり民主主義

 最後の二章は、北方領土交渉、尖閣問題という重い話である。

 エリツィンやゴルバチョフが政府内のDISINFORMATIONによって次第に正しい判断ができなくなる様子など、人間ドラマとしても悲劇だ。

 中国やロシアでは、政府自らがDISINFORMATIONに関わる。著者は日本が「大人の態度」にこだわらず、「たたかれたら,たたき返す」ことこそが「外交的」であり、そのうえでの話し合いを勧めている。私も弱腰外交が国内の反中、反露感情をかえって煽ってしまうと思う。

 民主主義の素晴らしさは、沖縄返還交渉の際の在京米大使館のカウンターパートからの助言に現れている。ベトナム戦争中の返還を諦めるな、軍事戦略はリダンダンシーを前提としている、とそっと背中を押してくれたのだ。

 もう一人からは、沖縄現地との意思疎通の大切さを指摘される。ジョンソン大統領との共同声明を出す前に、佐藤総理が松岡琉球政府主席に電話をすべきだった、というのだ。

 この二つの助言は今でも十分通用する。ヘリパッドの移設反対運動が起きているが、もしこの2点を十分考慮すれば、別の展開も可能ではないだろうか。

心と心のふれあい

 「福田ドクトリン」の名文句を採用した著者らしいと感心したのは、登場人物ほとんどをフルネームで記していることだ。「派遣員」とか肩書きでなく、一個人として人物を見ることは見習いたい習慣だ。

 私が尊敬してやまない故高島大使、故栗山大使が要処要処で著者を応援していたことも大変嬉しいことである。

「『ミャンマー―国家と民族』の刊行について」

2016.6.18

「『ミャンマー―国家と民族』の刊行について」


谷野作太郎著「外交証言録 アジア外交回顧と考察」.jpg

阿曽村 邦昭(元駐ベトナム大使)

 メコン地域に勤務、居住したことのある研究者や実務家の相互乗り入れの場としての 「メコン地域研究会」も創立以来8年半を超えた。

 霞関会の会員で、この研究会の会員になっておられる方々も数名おられる。筆者は、この研究会の創立以来、会長のポストについてきたが、これまで、3・11以外には一度も休まず、毎月、例会を行ってきた。よく続いたものだと思う。 これだけの長い期間、まじめに勉強会をやっていると、当然、この地域の大国であるミャンマーに関してもいろいろな報告が出てくるわけで、これを「メコン研」だけの知見にとどめておくのはもったいないではないかという考えが生じてもおかしくないであろう。

 例えば、昨2015年に「メコン研」は8月の夏休みと12月の忘年会を除いて10回の研究会を行ったが、ミャンマー関係は次の通り3回であった。

 (1)4月20日
 報告者 奥平龍二 東京外国語大学名誉教授
  テーマ 激変するミャンマー情勢―国民教育法改正案をめぐって―

 (2)10月19日
 報告者 今村宣勝 (財)世界政経調査会第三部主任研究員
  テーマ ミャンマー情勢:総選挙をめぐる動き

 (3)11月19日
  報告者 根本敬 上智大学総合グローバル学部教授
  テーマ ミャンマー総選挙の結果と課題

 前回、筆者が専任の編著者として例会での報告者のレポートをも入れて800ページ弱に上る『ベトナム―国家と民族―』上下2巻を刊行したのは、2013年8月のことであった。上下2巻の価格が税別で1万1,600円というのだから、これは売れないだろうと思ったところ、意外にもまずまずの売れ行きであった。

 学会での評価もかなり高かったので、ほっとした。殊に第IV部の「日本軍のベトナム進攻によって北ベトナムで200万もの人々が餓死したのだろうか」は、評判が良く、いまのところでは「決定版」的な論考という評価さえも得たのである(ただし、外務省の関係者がどの程度読んでくれているのかは知らない)。

 そこで、その年の暮れに、「メコン研」のミャンマー専門家である奥平龍二教授(元外務省員)に聞いてみると、「今度はミャンマー」をやりましょうよ」という積極的な反応であったので、今度は、奥平教授にも共編著者になってもらうことにし、本のタイトルは、ベトナムに関する前の文献名に倣い『ミャンマー―国家と民族―』ということにした。

 前回の『ベトナム―国家と民族―』がやや、「民族」の扱いが少なく、「国家」中心であったことなどをも大いに反省して、今度は特に宗教と民族の問題とにかなりの力を入れようということで二人の編著者が一致した。そのうえで2013年末から本の構成案作りに取り掛かり、2015年後半に行われるというミャンマーの総選挙後、なるべく早く、出版するようにしようということで、執筆候補者への依頼やら転載の許可取り付け、写真探しなどの作業をはじめたのである。出版社は刊行した本が何ほどかは売れなければ困るので、出版はなるべくは世間の関心がミャンマーに集まっている時期を狙っ たわけだ。

 『ミャンマー―国家と民族―』は、「メコン研」での報告者の論考を含むやや高水準の地域研究書であることは、前作の『ベトナム―国家と民族―』と同一である。対象は、一応、基本的な知識がある読者である。ただ、なるべく取り付きやすいように、23もの「コラム」を盛り込み、どこから読んでもある程度は「面白い」という構成にしてある。それだけに、執筆者の数も増え、ミャンマー研究の老大家から新進気鋭の研究者、熟練の実務家を網羅するようになったことも事実である。

 ただ、この本を読めば、ミャンマーのことが何でも分かるというような性質の本ではないので、そういう本を求められる方は、ほかのその手の本を読んでいただきたい。前作『ベトナム―国家と民族―』の「はじめに」で述べたように、「本書は、特定のテーマに沿って少し専門的に問題を論じている。程度が少し髙いのである。絵でいえば、バロックの旗手カラヴァッジョ(Michelangelo Mensi da Caravaggio,15711~1610)のように、生々しい現実主義に加え、対象となる主題に強い光を当て、これを鮮明に浮き上がらせる手法をとっている。だから、ごちゃごちゃ述べ立てて、結局、何を言ってるのか分からないような論考はひとつも入っていないはずである。」という編集方針をこの本でも貫いたつもりである。

 内容の解説を少ししておくと、本書は第Ⅰ部から第Ⅶ部まであり、いろいろな付属参考資料までついている大作である。付属参考資料の中では、第Ⅰ部第2章付属の「ミャンマーの王権神話」は本邦初の完訳で、内容それ自体が実に面白いのみならず、ミャンマー国民の主流であるビルマ族のものの考え方を学ぶのに役に立つであろう。第Ⅱ部第2章付属の、「日本におけるビルマ像形成史―国民国家形成史における他者認識―」も長編(転載)ではあるが、是非読んでいただきたい論考である。巻末の『付属参考資料』には、戦時中にビルマの国家元首兼首相をつとめたバ・モーの回想録のいわば「さわり」の部分、ビルマ式社会主義を推進したネー・ウィンの重要演説、アウン・サン・スー・チー女史の有名な"Freedom from Fear"の新訳、日本の財界人の現地での生の声を伝えている訪問記録を収録している。

 とにかく、この本は中身が充実しすぎているため、800ページ弱全1巻の内容を全部読むのは大変だから、どこか関心のあるところを見つけて、読み始めていただければ、それでよい。それで更なる興味がわいたら、もっと読み進めばいいのだ。研究を始めようとするならば、巻末に「参考文献一覧」が掲載されているから、これを参考にして手に入りやすい文献からどんどん読み進めればよいのである。

 第Ⅰ部は、「東南アジア史におけるミャンマー」である。日本人は「ミャンマーの人々は上座仏教の篤信者で、お坊さんがやたらに多い」ということくらいは知っているが、それ以上に、中国の影響が圧倒的に強いベトナムを除く東南アジアの「インド化」という「通説」が実は適切ではなく、バラモン教とかヒンドゥー教は東南アジアに入ってきたが、カースト制度など東南アジアでは受け入れがたい社会制度をも内容とするため、決定的に重要な影響を与えたのはスリランカで大成したパーリ語を聖典用語とする上座仏教の影響であることが故石井米雄教授の弟子である奥平龍二論文等によって明快に解き明かされている。英国植民地支配下のミャンマーが辿った社会経済変動や日本占領下のミャンマーの状況やミャンマーが独立当初に目ざした議会制民主主義国家形成の頓挫、国軍が作り上げようとした名目的な連邦国家形成の挫折、その結果としての軍事政権の長期継続も論じられているから、読者は、一応、古代から現代までのミャンマーの歴史をも学べるようになっている

 第Ⅱ部「日本とミャンマー交流の歴史と伝統」では、17世紀初頭、ミャンマーの西側に存在したアラカン王国で日本人のキリスト教徒の一団が護衛隊を形成していた事実から始まって、日本人のビルマ進出は「からゆきさん」追随では必ずしもなかったのであるが、にもかかわらず、「「からゆきさん」先導型パラダイムが形成されたのは、ビルマなどアジア諸国を経済進出の対象としてしか考えない文脈においてであるという批判、竹山道雄の「ビルマの竪琴』はヒューマニズムに満ちた作品として日本でよく売れているばかりではなく、諸外国でも翻訳されているが、正にそれゆえに歪んだビルマのイメージを広汎に伝えているという論文、故会田雄次教授の『アーロン収容所』と『アーロン収容所再訪』などに見らるミャンマー観の紹介など、かなり重厚な論策が並んだ後で、「戦後の日本・ミャンマー関係」を扱った総括的な論考が出てくる。

 第Ⅲ部の大作「大東亜戦争におけるビルマ―南機関と藤原機関―」は、日本軍のビルマ進出に先立つ日本の「南進」についてまず論じ、ついで大東亜戦争における「南進」が事前の準備もろくになく、追い詰められた日本が止む無くバタバタと決めた結果であり、ビルマ独立義勇軍の創設を担った南機関長鈴木大佐もインド国民軍の創設に関与した藤原機関長藤原少佐も全くの泥縄式にその使命を果たしたのであった。

彼等のビルマやインドの民族自決的な「独立」支持は、必ずしも軍中枢の見解を反映するものではなかったが、正にそれゆえに今日なおミャンマーやインドで高い評価を得ているというもので、インパール作戦に自ら進んで参加したチャンドラ・ボースの率いるインド国民軍とアウン・サンのビルマ国軍との比較、南機関長鈴木大佐と藤原機関長藤原少佐との比較論評など他では見受けられない分析が行われている。

 ミャンマーを考えるときに、その独立との関連一つをとっても大東亜戦争は避けることのできない問題である。また、日本にとってビルマ戦線は、23万8000人の将兵を送り込んで、そのうち16万人7000人が戦没して故国に帰還することのなかった悲劇の地でもある。第Ⅲ部を読めば、このような戦争の重みをずっしりと味わうことができるであろう。

 第Ⅳ部では、ミャンマーという連邦国家の内政と外交を扱っており、国軍の政治的地位、、ミャンマーが連邦国家とならざるを得ない多様で、深刻な民族問題の存在、現在の2008年憲法の概要と憲法改正へ動き、ミャンマーの憲法における仏教の位置付け、現代文学から見たミャンマーの政治・社会などを論じている。

 ミャンマーは、ビルマ族が多数を占めるとはいえ、ASEAN諸国の中で内戦を含む「民族問題」に最も苦しんできた国家であり、このあたりは日本人一般、特に現場に暮らしていない日本人には理解が難しいのだが、第Ⅳ部を読めば、一応の理解は可能であろう。

 第Ⅴ部は、経済問題を扱っている。 まず、「メコン地域協力と中国、日本、米国の対応」は、メコン地域に対する協力について、中国、日本、米国との間には、それぞれの思惑と特徴があり、それがミャンマーに対する協力にも反映されていることを論じている。日本とミャンマーとの二国間関係ではなく、メコン地域開発というより大きな枠組みの中で中国、日本、米国がミャンマーの開発にどう取り組んでいるのかを学ぶことは、中国の対外的な進出が盛んに報道されている今日、時宜にかなうものであろう。

 その次が、ミャンマーの対外開放政策を中心にその経済と開発の現状を論じた論文で、最近行われた国勢調査についても若干言及している。付属資料1の「ミャンマー経済概況」と付属資料2の「主要経済統計表」は、最新のデータを基に作成されたもので、ミャンマー経済を概観するのに好個の資料である。  ミャンマーでも若年人口の減少がもう始まっていると聞けば、驚く人も結構いるのではないか。いわゆる人口ボーナス期間が比較的短いとなると、今後、ミャンマーは経済発展に全力投球しない限り、他のASEAN主要諸国に追い付くのが容易でないということになるであろう。

 最近、ミャンマーへの日本企業の進出が報道されることが少なくないが、過去と現在の状況を簡明に説明したのが、「ミャンマーと日本企業」と題する論考である。

 最後は、ミャンマーの農村社会と日本の農村社会を比較するという他に類例のない「比較」を試みた論文を掲載している。日本の村は「生産と生活の共同体」であるのに対し、ミャンマーの村は「生活のコミュー二テイ」であると言うのが結論である。執筆者は軍政下のミャンマー農村に実際に居住した経験のある―それ自体稀有の例であるが―農業経済研究者であることを付記しておこう。

 第VI部は、「日本外交官が見たミャンマー」。第1章と第2章は駐ミャンマー大使を務めたことのある田島高志さんと宮本雄二さんの論考で、第3章は霞関会報(2013年1月号)に掲載された赤阪清隆さん(当時WHO中島事務局長補佐官)の体験記である。筆者としては、日本の外交官がどのようにミャンマーを見ていたのか、どのようなことをやっていたのかを世間一般に少しでも知っていただきたいという思いからこのような編集を行ったのである。

 第VII部では現代ミャンマーの様々な社会問題を取り扱っている。仏教徒とイスラーム教徒間の問題、ジェンダー、ミャンマー仏教徒の死生観、筆者が顧問を務めているある国際NGOの現場報告、難民や医療問題と続いて、最後が「ミャンマーにおける日本語教育と有識者の対日理解」という若手研究者の論文である。

 以上が、本書の概要であるが、何しろ価格が税抜きで2万円というのであるから、個人で買う人はまずいないのではなかろうか。このような本は、出版助成金の交付とか執筆者のなにがしかの経済的負担を伴うのが常であるが、今回も出版社側(古今書院)はそのような条件なしに出版に踏み切ってくれた。何ともありがたい。

 編集のほかに「編著者」として筆者が何を執筆したのかと言えば、「はじめに」、第II部第3章の「竹山道雄『ビルマの竪琴』に見るビルマの虚像と実像」、同部第4章「故会田雄次教授のミャンマー観」および第III部「大東亜戦争におけるビルマ―南機関と藤原機関-」、同部附属資料1-2-3-4の解説ならびに巻末の付属参考資料I,III,IVの解説・翻訳ということになる。ページ数にすると索引や参考文献リストを除く本文739ページ中の160ページ弱くらいであろう。他方、共編著者の奥平龍二教授には、本の構成、執筆者への依頼、校正、索引、参考文献などでこれ以上出来ないほどのお世話になった。永い間の付き合いがなければ、こんな風にはいかないであろう。人的関係の重要性を今更のように身に染みて感じたわけである。

 この本はかなりの大作であり、ミャンマー関係の文献としては内容、装丁、写真のすべてにおいて抜群のできではないかと自負しているが、泣き所もないわけではない。

 それは、ベトナム関係の論文、著書一般についてもいえることだが、「日本語」で発表されると、せっかくの労作も国際的には殆ど無価値だということである。だから、今後、地域研究の文献を出すにあたっては-それまで生きているかどうかはわからぬにせよ-、是非英文での出版を試みてみたいと思っている。

(了)   

谷野作太郎著「外交証言録 アジア外交回顧と考察」
(岩波書店)について
2016.2.11

谷野作太郎著「外交証言録 アジア外交回顧と考察」
(岩波書店)について


谷野作太郎著「外交証言録 アジア外交回顧と考察」.jpg


枝村 純郎(元駐ロシア大使)

日中、日韓関係についての必読書

著者は1960年外務省入省から2001年退官するまでのほとんどを日中、日韓関係にかかわってきた。中国課長、鈴木総理秘書官、韓国公使、アジア局長、内閣外政審議室長、在中国大使などを歴任したからである。中国への政府援助の実施、天安門事件のほとぼり冷めやらぬうちの天皇の御訪中などの際には反対派の議員から「クビにしてやる」などと怒鳴られることも再三であったという。韓国との関係で特筆すべきは、所謂慰安婦問題への対応である。筆者は内閣外政審議室長として慰安婦問題についての1993年の河野談話を起案する。そのため入念な事前調査が行われ、外政審議室から調査団が訪韓し、元慰安婦の十数名から直接聞き取りを行った。その記録を当時の宮澤喜一総理に提出したところ、総理は半分くらい読んだところで「もう勘弁してくれ」と言って深いため息を漏らされたという逸話も書かれている。この問題は、日本人にとって、それくらいおぞましく恥ずべき事であったのだ。また、1997年の戦後50周年にあたって反省とお詫びを述べた村山総理談話も、総理直々の依頼によって、筆者が起案したのである。次々に起こるこれらの難問にたゆむことなく立ち向かっていく筆者の姿勢は感動を呼ばずにはおかない。しかし、特筆すべきは、その内容の重さにかかわらず、本著はきわめて読みやすく、ついつい読み進んでしまうことだ。それは、編者の3人の学者からの問いかけに筆者が答えるという形のため全文が会話調で滑らかに書かれているからであろう。霞関会会員をはじめ本省現役の皆様にも是非ご一読をお勧めしたい。   

田中 修 著 世界を読み解く経済思想の授業
(日本実業出版社)を読んで
2015.9.28

田中 修 著『世界を読み解く経済思想の授業』
(日本実業出版社)を読んで


2011~2015年の中国経済 田中修著書.jpg


國廣道彦 (元駐中国大使)


 この本の著者 田中 修(たなか おさむ)氏は20年ほど前に、北京の日本大使館
 経済部に参事官(財務担当)として4年間勤務して、中国経済の研究に取り組んだ。
 帰国後、信州大学教授、東京大学客員教授などを経て、2010年より財務省財務総合政策研究所副所長に就任している。
 その間、田中 修 氏は、中国経済の動向について一日も目を離すことなく、今日に至っている貴重な存在である。同氏は、職業柄、世界経済の動きについても注意を怠ることなく、世界の経済思想の流れについての解説を試みたのが本書である。
 我々世界経済に関心を有する者にとって絶好の入門書と言える。
 詳細な説明をする紙面がないが、日本の資本主義についての解説だけでも読む価値がある。







J.ハインズ「宗教と開発」(麗澤大学出版会、2010年)を読んで
(宗教抜きには、開発を語れない時代)2013.10.3

『J.ハインズ「宗教と開発」(麗澤大学出版会、2010年)を読んで
(宗教抜きには、開発を語れない時代)』



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杏林大学客員教授
元駐バチカン大使 上野 景文

 ジェフリー・ヘインズの「宗教と開発」は、「近代化、開発とは脱宗教化を意味する」として来たこれ迄の「常識」を根っこから覆してくれる大著である。キャッチフレーズ的に言えば、「宗教抜きには、開発を語れない時代が来た」ということだ。

そう、つい20-30年前までは、近代化が進めば進むほど、社会における宗教の地位が低下することは自明のことだとされていた。早い話、どこの国でも、外交政策立案者は、宗教の要素に注意を払うことなく、仕事をしていた。それで失敗したのが米国だ。宗教的要素を軽視したことが、イラン革命の動向見誤りに繋ながったと言われている。今日では、多くの国の外交当局が、この米国の教訓から学び、また、宗教の復権が世界的規模で進んでいる最近の流れを踏まえ、宗教事情を注視するようになって来ている(注)。

J.へインズの著作を読むと、「外交と宗教」について今述べたことが、「開発と宗教」にも略々当てはまることがよく分かる。開発、援助関係者も、かつては、宗教と言う要素を軽視していたと言う点で。そこで、先ずはこの大著で示されたへインズの分析を、7点に絞って紹介しよう。ヘインズは、こう説いてみせる。

① 21世紀になる迄、途上国の開発戦略を打ち立てるに際し、宗教という要素を顧みることは滅多になかった――途上国のテクノクラートも、世銀等の国際開発機関も、先進国の援助機関も、皆そうだった。誰しもが、開発(=近代化)が進めば宗教のウェイトは下がるとの前提を受け入れていたから。

② ところが、近年、世界的規模で宗教の復権が進む中、宗教者は、所得アップに的を絞る市場主義過多の開発戦略への批判を強めている(宗教、宗派の違いを超えて、かれらの見解は一致)。

③ 宗教者は、近年、「狭義の宗教」の枠を超え、貧困者の解放、貧困との闘い(の緊急性)を訴えるようになって来ている。宗教者は、所得のように数字化されたものでなく、目に見えないもの――「生活の質」、「人の幸せ」―――に開発の主眼を置き、「人間の開発」を重視するべきだと主張し始め、影響力を強めている。この結果、近年、開発戦略策定の段階で、宗教指導者が見解披露を求められることが多くなっている。

④ 加えて、政府のガバナンス力が著しく低い国では、教育、医療、福祉、環境面のガバナンスを確保するために、宗教団体の力を借りることが必要との認識が強まって来ている。

⑤ かくして、かつては主流をなした新自由主義色の濃い国際開発戦略(見るべき成果を挙げなかったが)は脇に引っ込められ、ガバナンス重視の戦略が重みを増している。それにつれ、宗教者・宗教機関の開発プロセスへの関与は深まっている――或る時はアドバイザーとして、或る時はサービス提供者として。

⑥ なお、宗教者の役割が増えたと言っても、政府や開発機関の役割を代替するということではない。あくまで、これを補完するものに過ぎない。

⑦ 併せて、宗教者の役割が常に建設的と言うことではない。すなわち、宗教は、或る時は人々を団結させ、協働させるが、また別の状況では、人々を反目させ、社会を分断させる。後者の場合、開発プロセスが阻害され、これに打撃を与えるということだ。

この7点以外にも、紛争の解決に果たす宗教者の役割、宗教原理主義やテロの問題などに関し、重要な指摘が山ほどあるが、本稿では立ち入らない。加えて、へインズは、本書全体を通じて、イスラム、キリスト教諸派、ヒンズー、仏教などに関わる豊富な事例を紹介しているので、ケーススタディーに興味のある人には、うってつけだ。

ところで、本書(原著)の出版は2007年であった。本書では、2000年代初めまでの出来事をベースに分析がなされているのだが、へインズによる指摘の多くは、十余年を経た今日でも、輝きを失っていない。その後の国際情勢の展開を予期していたのではと思わせるような指摘すらある。特に、以下の二つの指摘は、今日その重要性を増している。

  一つは、宗教者が貧しい人々の「(貧困からの)解放」を強く訴えるようになって来ているとの指摘(上記③)。この指摘は、本年3月にローマ法王に就任後、「貧困者に寄り添うべし」との強いメッセージを出し続けている新法王フランシスコの登場を先取りした感がある。実に良いところを突いている。もし本書が新法王登場後に書かれていたら、この項の記述は更に豊かなものになったであろう。

  もう一つは、宗教・宗派間の対立が、開発プロセスを阻害する場合が少なくないとの指摘(上記⑦)。これは、まさに「アラブの春」の挫折、特に、シリアの惨状やエジプトの混迷に繋ながる内容だ。敢えて問う。もし本書が、「アラブの春」の挫折を見届けてから書かれたとしたら、その内容はどうなっていたか。宗教の有する「負の側面」、「影の部分」につき詳述しない訳には行かなかったであろう。そういうことになれば、本書の該当部分は、より悲観的で暗いトーンになったことと想われる。

  著者の姿勢はあくまで意欲的だ。世界全体を広く見渡そうとの姿勢には好感が持てる。ただ、アフリカやラテンアメリカへの支援の面で重きをなすカトリック教会についての言及がいささか控えめなことが気になった。それは、著者がロンドン(すなわち、アングリカン教会)の視点から世界を眺めていることによる限界かと思われる。改訂版を出すことがあれば、該当部分を補足することが期待される(断っておくが、私はカトリック教徒ではない)。 

 本書は多くの知的刺激を与えてくれるが、20年前、OECD日本政府代表部にあって、DAC(開発援助委員会)の会合に出席し、途上国の開発問題につき議論していた当時の私には、「宗教と開発」を絡めた議論をすることなど思いもよらなかった。私だけでない、どこの国の代表も、ヘインズ流の「進んだ見方」を提示することはなかった。OECD・DACの会合で「宗教と開発」が結びつけて論じられる時代が来たと思うと、今昔の感にたえない。

なお、ヘインズのこの労作は、「開発と宗教」だけでなく、「政治と宗教」、「紛争と宗教」の観点からも、啓発的だ。従って、開発学の研究生だけでなく、国際政治学、国際関係論の研究生にも、この意欲作を手にすることを奨めたい。最後に、この大作の翻訳を手掛けられ、かてて加えて、多くの丁寧な解説・注を用意された阿曾村邦昭、智子ご夫妻のご労苦に対し、心より敬意を表したい(2013.09.29記)。

(注)この点は、拙論「『宗教復権』潮流直視を」(讀賣新聞「論点」、2011.1.25)で詳述。







『米・中・ロシア 虚像に怯えるなー元外交官による
「日本の生きる道」』
  河東哲夫著 草思社、2013年出版 2013.7.30

『米・中・ロシア 虚像に怯えるな
 ―元外交官による「日本の生きる道」』
     河東哲夫著 草思社、2013年 出版



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元駐韓国大使 霞関会理事長 大島正太郎

 仕事の関係でTPPに関する論調あるいは各党の立場に接していた当時、具体的なTPP賛否のいずれの側にも、今まで経験してきたことのないほどの嫌米感情に触れて、何時からこんなになったのかと驚いた。(それまで約4年間、自分が国際公務員、しかも裁判官みたいな仕事、をしていたので政策当事者と直接接することをいわば忌避していた特殊な事情があったこともある。)そしてそれは、米国のみならず、中国、ロシア等の日本の周辺の大国に対して大かれ少なかれ同様な感情的な反発が強いことも気になった。

その様なとき、河東哲夫元大使の表題の本を手にして、主として若い人たちの耳に入りやすいような筆致、描写で、しかも国際政治理解についての基本をしっかり押さえて、米国・中国・ロシアの実像を、言わば内部に入り込んだ視点で描いていることに、内容・文体ともに新鮮に感じた。内向きになり、外国の非ばかりに目が行きがちな若い人たちに、外国は悪玉でも善玉でもない、善悪兼ね備えたものであることを、是非虚心を持って読んでもらいたいと思う。
日本の視点で外国を見ると、相手は日本をだまし自国の意のままにしようとしている、と言う「絵」が先に来て、けしからない、と言う感情的反発が先に立ってしまっているようだ。しかし、外交には相手があり、相手はその国の国益を追及しているのだから、当然すべてのことで自分の国の思い通りにはならない。先ずなすべきは、正しい情勢把握であり、相手の政府を動かしている背後の一般大衆国民の気持ちが総体としてどうなっているかを理解することである。著者の言葉を借りれば、「虚像」を排することが何よりも大事である。

国際情勢を把握するには、いわば地球外の視点で全体像を統合体として見る手法と、全体情勢に影響を及ぼす大国の動向を、その内部から見る手法があり、その両者が相まってより正確に理解できるものである。この著者は、米中ロシア三大国に実際に居住し滞在した期間が長く、これらの国の描写も内部から見たことのある人でなければ描けない深みがある。
特に、ロシアについての描写は、数回の現地勤務を経験した者でなければ着眼できないような出色のものであり、しかも分かり易い。米中についても大局的な地政学的把握と、一般大衆の目線での理解とが共感し合っているので、専門的な分析を背景としながら、現場感覚にいろどられている。

例えば、中国については、次のような新鮮な指摘がある。
『中国[は]今では「漢民族」が人口の90%以上を占めているというものの、』『「インド人」そして「アメリカ人」と言う人種が存在しない』と同様に『「中国人」と言う人種はいない』と述べている(32頁)。(評者注:「人種」と言うのは、白人、アジア人、黒人と言ったより範囲の広い概念で使うのが普通なので、著者の用法は一般的ではない、むしろ「民族」と言う方が正しいのであろう。日本では日本民族が圧倒的多数であるが、アメリカはある意味では人工的な国なので、著者の指摘の様に「アメリカ民族」は存在しない、中国でも、「漢民族」が中心であるが「中国民族」と言う存在は無いと言う指摘と理解した。)

さらにまた、『中国を上から目線で見る癖を止めないといけない。』『中国に対してヘりくだる必要はないが、中国との関係の歴史だけはちゃんと思い出しておこう、』そうすることで『いつまでも、中国が好きか嫌いかだけで、判断が右往左往すること』なく、『中国を自分たちの心の中で、そして日本の外交の中で、しっかりと位置づけ』られる、と述べているが、この様な相手国についての接し方は、正に著者の主張している核心であろう。

中国、米国、ロシアについての三章、の他、「戦後世界の正体」と言う世界経済についての章は、国際政治理解に不可欠な国際経済の仕組みを分かり易く、かつ主要国の動向と有機的に説明していることも、国際政治上「ハイ・ポリティックス」「ロー・ポリティックス」と区別して扱われ、専門性も一方に偏るのが一般である中で、政治と経済を統合的に見る手法の効能を示している。他の章でもそうであるが、著者は、各国の政治の根底に経済を動かす仕組みとそれを支える精神構造を踏まえ、政治を分析する手法を駆使しているがこのような方法論は実態の国際社会理解に不可欠であり、大いに参考になる。

著者はこの著作の締めくくりで、日本として国家国民の根底にあるもの、おくべきものとして「人間主義」と言う表現で、人間中心の価値観を置いている。そのこと自体については全く賛成である。それを、さらに進め、日本の近代化における価値観の面での最大の課題、
                  ・・
つまり「脱亜入欧」と言う標語に隠れた相克を分析し、語っていればさらに若い人たちの日本人としての自己認識確立に有意義であったであろう。特に、この日本にとっての「脱亜入欧」と言う命題を、著者がこの本の129頁以降で、その識見を遺憾なく発揮して述べている
                            ・・
ロシアの「歴史の刻印 その1/ アイデンティティーを巡る相克」(注:この傍点は評者によるもの)との対比で説明すれば相互共感の作用で、理解も深まるのではなかろうか。 (了)(2013年7月17日寄稿)

「リー・クワンユー講演集」を読んで2012.1.5

「リー・クワンユー講演集」を読んで



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元駐シンガポール大使 橋本宏
2011年9月、シンガポールのCengage Learning Asia社から“The Papers of Lee Kuan Yew , Speeches, Interviews and Dialogues,1950-1990”が刊行され、同月末リー元首相出席の下、同地において出版記念会が開催された。

これは、1950年のロンドンからの帰国に始まり、シンガポールがマレーシアから分離独立した1965年の首相就任から、1990年の首相辞任に至るまで40年間にリー氏が行った演説、記者会見、対談等を包括的に編纂した全10巻にも及ぶ大部の記録である。

リー元首相は、首相引退後上級相に、そして2004年には顧問相に就任し、2011年5月に閣僚職を辞するまで、通算46年間シンガポール政府部内にあって、その建国と発展を直接指導してきた。

また、国際舞台でもその発言には常に一目が置かれていた。40年にわたるその発言録は、シンガポールの歴史にとどまらず、東南アジア及び世界の動きを辿る上で、極めて重要な資料となっている。 リー元首相は、シンガポール占領期から敗戦、復興と発展、そして経済的停滞へと進んで来た日本の姿を身近に見てきたこともあり、この発言録を通じて浮かび上がるリー元首相の見た「日本の戦後史」は、極めて興味深いところである。

リー元首相自身の説明によれば、同元首相プレス担当秘書のYeong Yoon Ying女史の提案を受け、本書の刊行に踏み切った由で、1990年から2011年までの間の発言録の刊行も予定されていると聞いている。リー元首相も認めているように、本書は決して読みやすいものではないが、戦後の東南アジアや国際政治の変遷を学ぶ上で大いに参考になる資料であると考える。

今般、株式会社雄松堂書店は、Cengage Learning Asia社との共同企画として、主として官庁や大学図書館、企業図書館向けに、日本でも英語版を販売することとし、2011年12月14日、同社及びCengage Learning Japan社との共催で日本発売記念行事が行われた。

筆者は来賓挨拶の一翼を担い、外務省アジア局地域政策課長、南東アジア第2課長時代及び駐シンガポール大使としての同国勤務中に得たリー元首相の思い出を話す機会をいただいたので、リー元首相が、わが国の総理大臣をも惹きつける見識と政治家としての魅力を持っていたこと、わが国における英語教育普及の重要性やゆとり教育への疑問を呈した鋭いコメント、日本経済の停滞に対する懸念と市場開放の重要性の指摘、日本より早期に国を挙げてのIT発展やバイオテクノロジー研究開発に着手した先見性等について、個人的に得たエピソードを紹介した。

最近筆者は、今回の全集の対象とはなっていない、Lee Kuan Yew 氏に対する新たなインタビューをまとめた“ HARD TRUTHS to Keep Singapore Going”(published by Straits Times Press,2011)を読む機会があった。
同書の序文においてリー・クワンユー元首相は、「経済と国防は密接にリンクしている。強い経済なしに強い国防はあり得ない。強い国防なしにシンガポールは存在できない。シンガポールは隣国によって脅される衛星国になってしまう。400万人以上の人口を有する小さな国という狭い土台のすべての上に、強い経済と強い国防力を維持するために、政府は、最も優秀、最も献身的、最もタフな人たちによって指導されなくてはならない。」と述べている。

リー・クワンユー氏のこうした見解は、シンガポールの抱える歴史的、地政学的脆弱性(マレーシアからの分離独立、スカルノ大統領時代のインドネシアからの軍事的圧力、水供給、砂の輸入等の制限という隣国からの圧力、シンガポールの民族間の軋轢、きわめて乏しい天然資源、小さな小国等々)に対する同氏の危機意識とこれを克服しようとする強い意思を反映したものと言えよう。
同氏が、建国当時も今もシンガポールの置かれた基本的状況に変わりはないとし、現代の若い人たちが歴史から学ぶ重要性を訴えていることに、この発言録の持つ現代的な意味がある。現在の日本の政治的、経済的、社会的現状を見るとき、リー・クワンユー氏の発言振りを他山の石とし、独立心の重要性を考えていくことが、日本国民にとって必要であると改めて考える。 (2011年12月26日寄稿)

「上野景文著「バチカンの聖と俗」を読んで2011.10.03

「上野景文著「バチカンの聖と俗」を読んで


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               元駐チェコ共和国大使 髙橋恒一

本年7月末に出版された上野景文著「バチカンの聖と俗」(かまくら春秋社)は、15年程前から文明・文化についての論考を発表してきた著者が2006年から4年間にわたるバチカン大使としての体験と観察を基に書き下ろした意欲作です。著者によれば本書は、バチカンについての概説書でも単なる体験記でもなく、「文明論としてバチカンに迫ることを試みたもの」ですが、その言葉どおりに著者がバチカンでの体験を通じて捉えたバチカン像が興味深いエピソードと供に種々の視点から鮮明に描き出されています。

先ずバチカンの国名について宗教機関でありながら、主権国家でもあるバチカンの二重性を体言している由緒正しい国名は、わが国が使用している「バチカン市国」ではなくもう一つの国名である「 Holy See」 ( HS, 邦語訳は「聖座」又は「法王座」)であり、国際的にも HS の方が通りがよいという、日本では余り知られていない重要な事実が指摘されています。また、現在のバチカンは、国土も国民も産業も持っておらず、むしろ信条や目的を共有する人々が集まった目的集団であり、国家とぃうより、法王をトップに戴く国際機関と捉えた方が理解しやすいとの指摘もバチカンの特性を理解する上で有益だと思われます。

宗教機関としてのバチカンに関しては、体験的文明・文化論の観点から捉えたカトリック教会の本質として以下の3点を挙げており、これが本書の主旋律となっています。(1)2000年に亘り歴代の法王が、キリストの言葉により正統性を与えられた初代法王聖パウロの後継者として正統性を維持してきたこと。(継続性、正統性の連鎖)
(2)世界中の全司祭が、法王により任命された司教を通じ法王に結びつき、正統性の連鎖を通じて、聖パウロに結びついていること。(普遍性、世界性)
(3)カトリック教会は、2000年を生き延びる過程で、あるいは世界性を達成・維持する過程で、分かりやすさ、親しみやすさを高め、民衆を教会に引き付けておくため、聖母、聖人、聖遺物、法王、教会などの「中間項(パラメーター)」を設け重視してきたこと。(「中間項」の維持―工夫・妥協の名手)

 著者は、カトリック教会の聖遺物へのこだわりと信者獲得のため教会間でも行われたという骨の争奪戦の歴史を詳細に観察し、聖遺物へのこだわりは、民衆の心を引き止めるためにカトリック教会が示した柔軟性の最たる事例であると述べています。その上で著者は、中間項にこだわる現実主義のカトリック教会と神と人間の間の中間項は不純物であり不要だとしてこれを排除する純化思想のプロテスタント教会との違いは、ある種原理的違いではないかと指摘しています。こうして著者は、同じ一神教型文明と言っても、多神教的要素を積極的に取り込んだカトリック型文明とイデオロギーの純粋性にこだわるプロテスタント型文明は、別種の文明であると結論付け、これまでの2つの文明対比論から3つの文明対比論に転換した旨宣言しています。著者の「大きな神様」と「小さな神様達」というキーワードによる世界の文明対比論は、ユニークであり、カトリック型文明とプロテスタント型文明の違いについての説明も説得的ですが、新しい3つの文明対比論についても、今後、正教会、ユダヤ教会及びイスラム教をも含めた形での本格的な論考が発表されることが期待されます。

 バチカンの対外関係については、一方において国際的プレイヤーとしてのバチカンの存在感の大きさが強調されています。著者は、ローマ法王の存在感を高め、国家としてのバチカンのマグネテイズムを高めている要因として、国際社会のお目付け役としてのローマ法王が有するモラル・パワーとメッセージ力、情報力(40万人のカトリック司祭、11,7億人の信者、カトリック系のNGOによる情報収集のメカニズム)、発信力(ローマのカトリック系メデイアの力)、ノウハウの蓄積(外交の老舗)等の諸点を挙げ、わが国もバチカンのこうしたパワーにもっと注目し利用することを検討すべきことを提言していますが同感です。これと同時に宗教国家であるが故のバチカン外交の困難性も指摘されています。後半のキリスト教諸宗派及び諸宗教とカトリック教会との関係についての詳細な記述を読むと、宗教上の関係と外交関係が密接かつ微妙に絡み合っていること、バチカンが我々の知らないところで長期間にわたり困難な交渉を忍耐強く続けてきていることがよく分かります。

本書の後半では、欧州において科学信仰、人権信仰、表現の自由信仰、ライシテ(宗教と統治の分離思想)、自然・環境信仰といった神なき信仰が根を下ろした西欧北部とバチカンを中心とする伝統的欧州(西欧南部)との間でイデオロギー論争が激化している状況が豊富な具体的事例により紹介されています。そしてこの論争は、伝統的キリスト教をバックボーンとする既存の西欧文明と脱キリスト教の文明という、2つの文明間のせめぎ合いを意味しており、欧州の文明的変貌を反映しているとの著者の見方が示されています。欧州についての情報は、数多くありますが、こうした文明的基盤まで掘り下げた分析というのは、珍しく、今後の欧州情勢を見ていく上で重要な視点だと思います。

 最後に著者は、世界全体を見渡せば、西欧や日本のように世俗化の進んだ社会も例外的に存在するが、国際社会全体では、宗教の影響力はむしろ強まっているとして、宗教という要素を軽視しては、世界の多くの国の国民と文化を理解し社会動向を予測することは出来ないので、外交力の強化を図る観点より宗教の動向を制度的・体系的に把握する方向で外務省が組織の整備を図ることを提言しています。時宜にかなった提言であり外務省の現役の皆さんに是非検討をお願いしたいと思います。

 本書は、著者が明確な問題意識に立って多くの顔を持つバチカン・カトリック教会と正面から取り組んだ探求の書であり、バチカンについての一風変わった良い解説書であるだけでなく、西欧北部と南部との間でイデオロギー論争が激化している欧州の最新情勢と宗教の影響力が強まりつつある世界におけるカトリック教会と諸宗派、諸宗教との関係についての類例を見ない解説書にもなっています。バチカン・カトリック教会だけでなく、欧州情勢やグローバルな国際関係更には文明論等に関心をもっている方々に、広く一読をお勧めいたします。
                     (2011年9月26日寄稿)

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「田中 修著「2011~2015年の中国経済」(蒼蒼社)」を読んで 2011.08.1

「田中 修著「2011~2015年の中国経済」(蒼蒼社)」を読んで

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元中国大使 国広 道彦

本書の目次だけ見ると役所の調書のように見える。しかし、少し読み進めると著者の鋭い分析を随所に見出す。
著者はまず中国のマクロ経済政策の決定過程を解説し、第12次五カ年計画(2011~2015年)の成立過程を解説し、その間に如何に情報を集め、計画内容を各部局、地方にまで議論させるかを説明する。その上で第12次五カ年計画についてその指導理念、主要政策の内容、経済の実態について詳細な説明を展開する。その一部には中国側文書の引用がかなりあるので読みづらい部分もあるが、そこは大項目だけを見て前に進んでもよい。

著者は1996年から4年間財中国大使館の財務担当参事官として北京に駐在して以来、今日まで財務省に在籍しながら、一貫して中国経済を観察している貴重な存在である。中国から統計資料や重要政策の発表があるたびに几帳面なメモを作成しているが、平素は自分自身の意見を述べることには慎重である。しかし、この本の中では彼の情勢判断が多く示されている。
その意味で、第V部の「中国経済の行方」は特に興味深い分析を披露している。いかなる国でも高度成長は必ず終焉すると警告し、「そのときまでに中国の金融システムがセーフティネットを含め十分強化され、金融機関のコーポレートガバナンスが確立されていなければ、急激な国内マネーの増大により、そのときこそ日本の1980年代後半のような深刻なバブルが発生し、最終的には中国発の金融危機が発生する可能性も否定できない」と言う。

「あとがき」の「中国は大国か」という設問に対し、相撲の横綱・大関の心体技にたとえた分析はさらに面白い。著者の評価はかなり厳しく、未だ中国は大国の資格を整えていないという結論である。また、「日本の役割」として、少子高齢化に対処して、財政と両立しうる社会保障体制のモデルを構築して中国に示すことだとする意見は私もつとに唱えているところである。
私が最も強い印象を受けたのは最後の2行である。「日本が自分を過大視しているときは中国は眼中に入らないし、日本が自信喪失しているときには、中国の姿が実際以上に巨大に映るのである。中国を等身大に見ることは、日本を冷静に見直すことでもある。」と。中国の経済政策の仕組みと実態を理解しようとするに当たって本書は好個の参考書である。
                 (2011年6月25日寄稿)

「国際人のすすめ-世界に通用する日本人になるために」 松浦晃一郎著(静山社出版)」を読んで 2011.07.14

2014-09-27

「国際人のすすめ-世界に通用する
   日本人になるために」 松浦晃一郎著(静山社出版)」を読んで 



bookkokusaijin.jpg静山社

松井靖夫 元科学技術協力担当大使、
                   元ユネスコ事務局長補


松浦晃一郎氏が、日本の外交官40年余のプロフェショナルとしての経験とユネスコ事務局長10年の成功体験に基き、国際人として得られた成果と学んだ教訓を織り込んだ好著である。国際人をめざす前途有為な我が国の若い世代、彼らを育てようとする教育関係者、国際社会の舞台をみているジャーナリストと研究者には必読の書である。


本書は、ユネスコ改革に奮闘する、世界に通用する国際人の資質と日本流が通用しないダイバシティ組織の3部から成り立っている。これは松浦晃一郎氏が、日本の国益を中心に行動する外交官から、国際機関の長として国際社会全体のこと即ち人類全体の利益をまず考えて行動する国際人への転換の軌跡を説明し、この背景のもとに、本書のテーマである世界に通用する国際人の資質について自らの鍛錬と努力を前提に解説している。ついで、ダイバシティな組織(人種、価値観の多様な3,000人のスタッフ)の統率の仕方、国際選挙の戦い方など実例をもって説明している。この構成と展開は、大言壮語やプロパガンダに距離をおき、知的な誠実さとファクトを大切にする松浦晃一郎氏の人柄の表れといえる。

 ユネスコ改革に奮闘する(第1部)は、ユネスコに精通していない読者には、ユネスコ独特の「企業文化」の予備知識があったほうがよいと思う。ユネスコは、世界遺産(登録と保護)と言う「ヒット商品」でその名を知られ、輝かしい時代もあった。そもそも、「戦争は、人の心に生まれるものである。したがって、人の心に平和の砦を築かなければならない。」との文章で始まる国連教育科学文化機関憲章(1948年)から生まれた。政治的、経済的取りきめでは、永続的平和は続かず、人類の知的、精神的連帯の上に平和を築くべしとの第三の道(政治でもなく、経済でもない)を志向してきた。ユネスコの職員、各国常駐代表のなかには、インテリや文化人を自任するものが多かった。しかしながら、前任者のマイヨール元事務局長(スペイン出身)は演説が上手なカリスマ型のリーダーで、「平和の文化」の定着を唱え、具体的な事業よりも運動に力をいれ、任期の最後の年には、事務局内で、こうした運動同調者の多くを異例の形で昇進させた。これらが、松浦晃一郎氏がまず直面した状況であり、負の遺産の整理と事務局の立て直しが待ったなしの課題であった。


 世界に通用する国際人の資質(第2部)については若い読者に熟読を薦めたい。
松浦晃一郎氏は、語学力が基本、記憶力のつけ方、判断力が鍵、議論するコツ、中期ビジョンを打ち出す、体力がすべてを決める6項目をあげている。同氏の求めるレベルは高い。国際機関では、二カ国語以上は常識とし、英語に加えてもう一つの外国語(ユネスコの場合はフランス語)で質疑応答がスムーズかつ臨機応変にできること、そして記憶力は努力によって高められる、総論だけの合意では、各論で意見の相違がでることはしばしばあるので、詳細を常に勉強研究した上で記憶し、各論も総論といっしょに議論する習慣づける事を必要としている。

また、判断力は、国際機関のトップとして運営するにつれ、その重要性を益々感じたとし、若い外務省事務官時代に薫陶を受けた局長から「外交官としていろいろ難しい局面に遭遇するに違いない、一番留意すべきはしっかりと判断し、しっかりと決定することだ」といわれたことを常に思い出したとし、ユネスコの各国事務所の整理統合、人事問題での労働組合との対決などの難しい交渉では、大局観をもち、原則に戻って判断をしたと判断力の重要性を説いている。 議論をするコツについては、40年間の外務省生活の中で、常にタイミングよく、丁寧かつ論理的に意見をのべることを悩み、心がけてきたと述べている。 国際機関では、相手の反応をみて、英語ないしフランス語で、論旨を明確に伝え、事務局が言うことはもっとも、だとの印象を残すよう努めたとし、自分の考えを述べる訓練を重要視し、特に大学教育が鍵であると述べている。「中期ビジョンを打ち出せ」では、米国の復帰実現のための水面下での工作と秘話にも言及している。体力がすべてを決めるの項では、一日15-16時間働き、加盟国首都訪問を繰り返す激務のうえで毎日の健康維持の配慮が最も大切とし、90歳になったら健康維持法の本を執筆すると今から宣言している。

 日本流が通用しないダイバシティな組織(第3部)では、国際組織を動かす秘訣を述べている。興味深いのは、日本流と欧米流の常識の対比である。日本の外務省40年間で言いつけられた3つの教え(長話をするな、自慢話をするな、責任から逃げるな)を守ってきたが、国際選挙で運動するときは正反対の3原則(できるだけ長話をする。成功した自慢話だけを話す、失敗談など話してはならない。不利な点の指摘にはすぐ反論し、絶対に責任をみとめてはならない)を実施するようアドバイスを受けた。しかし、なかなか身に付かないまま、当選したと述べている。ユネスコ事務局長になってからは、話は英語とフランス語では長く、自慢話も増えたが、それでも欧米人からみれば謙虚と映った、責任から逃げない点は日本での教えを守り、欧米人からも高い評価をえたと述べている。
                         (2011年7月11日寄稿)

「これから、中国とどう付き合うか」宮本雄二著 2011.05.12

「これから、中国とどう付き合うか」宮本雄二著


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元駐チェコ共和国大使  髙橋 恒一


1. 本年1月に出版された宮本雄二著 「これから、中国とどう付き合うか」は、2006年から4年間、駐中国大使を務めた著者が、長いあいだ中国を観察し、日中関係を考えてきた者として、自らが到達した考えや認識を初めて世に問うた対中国外交論である。これまで意識的に中国関係の対外発言を控えてきたという著者が、満を持して専門家としての薀蓄を傾け、自説を書き下ろしたものだけに口調は熱く、読んでいると著者の肉声が聞こえてくるようにすら感じられる。

2. 本書の最大の特長は、駐中国大使として2008年の日中共同声明で正式に定められた「戦略的互恵関係」の策定に自ら関わった著者が、マスコミで余り報じられない日中外交の現場でのやり取りや水面下の動きを臨場感たっぷりに紹介しつつ、この日中関係の新しい枠組み誕生の背景とその歴史的な意義を解明している点にあると思う。勿論それだけではなく本書の随所に見られる著者の長年の現場感覚に裏打ちされた等身大の中国像の描写も、情報のほとんどをマスコミに依存している我々の対中国理解をより冷静でバランスのとれたものにする上で参考となる。例えば以下のような箇所だ。

・ 中国あるいは中国共産党の内部でも実に多様な意見がある。最終決定がなされるまでのいちいちの意見あるいは中国の一部の状況が、中国や中国共産党全体の意見あるいは状況を代表できない可能性は常にある。さらに中国自身がわかっていなかったり、決めかねていたりすることもある。こうした状況を、外部から無理に整理してひとつの結論を出そうとすると、間違った答えを導きかねない。相手が混沌としているのであれば、正しい答えも混沌としているものだ。
・ 中国共産党は、他国の多くの政党と比べても、かなり高度に組織化されており、組織内の規律も厳格である。とりわけ人材養成と抜擢の仕組みは急速に進歩している。中国政治を伝える際、派閥についての報道が多いが、そのことだけで見ようとすると間違えてしまう。

また、巻末資料、参考文献及び日中関係年表も本書を読む上で必要と考えられる情報が過不足なく選ばれており、使い易く有益である。


3. 「戦略的互恵関係」という概念に関し著者は、「物事を長期的な観点から、より広い視野に立って眺めることで(戦略的)、そこから導き出される共通の利益を基礎にした関係(互恵関係)をつくりあげていこう、というものである。要は、経済のグローバル化と地球的な相互依存関係の深まりを背景にして、世界的な視野から日本と中国の国家利益を考えていくこと、世界の平和と繁栄に貢献する日中関係を作っていくことである」と説明している。「戦略的互恵関係」は、21世紀にふさわしい良く考えられたキーワードだと思われるが、当初日本側が提案した「戦略的共通利益に基づく互恵関係」よりは大分短くなったものの依然として説明的でパンチ力に乏しいこともあり一般的な知名度が上がらないのは残念である。

著者は、1990年代からの日中関係を振り返り、戦略的互恵関係誕生までの経緯を詳細に紹介しているが、そこで特に注目すべきは、戦略的互恵関係の策定は、中国側において対日歴史認識の整理がなされたことで可能となったものであることを強調していることである。著者は、2005年の上海デモを契機に中国指導部の「日本問題」に関する政策は大きく変化したとして、同年の胡錦涛主席の抗日戦争勝利60周年記念大会での演説と2007年の温家宝総理の日本の国会での演説を分析すれば、中国側は、日本で問題が起きないかぎり、中国側から歴史問題を提起することはないという方針を決めたと判断して間違いないであろうと指摘する。そしてその結果、さまざまなしがらみにがんじがらめにされた日中関係を、世界という広い舞台に移すことが可能となったのだと言う。

4. 著者は、大きな背景のなかで理性的に考えれば日中関係において日本が追求すべき国益は、自ずと明らかであるとして、以下の5点を挙げる。

・ 中国と安定した予測可能な協力関係を構築すること
・ そのために、必要な国民レベルでの関係改善をはかること
・ 中国という経済空間を最大限に活用して日本企業を発展させ、産業を強化し、日本経済の成長戦略を描くこと
・ 中国と重厚な対話を積み重ね、関係諸国と連携をはかりながら、アジア、ひいては世界の平和と繁栄の協力の構図をつくりあげること
・ 中国の外への膨張の動きと中国軍の動向を冷静に見極め、必要な備えをすること
その上で著者は、これほど明確な国益があるにもかかわらず、これまで日中関係が揺れ動いてきたのは、個々の困難な問題とその背景にある国民感情の問題に加え相互の位置づけの困難性があったからだと分析する。そして日中関係をより長期の、広い視野の中において、何が自国の利益であるかを考える戦略的互恵関係は、これらを克服する唯一といってもいい方法であり、この日中関係の新たな枠組みを維持し、発展させることで、中国との間で安定した予測可能な協力関係を築くことは可能であると主張する。

5. 他方、著者は、日本やアジア諸国の懸念材料となっている中国の軍事力、なかんずく海軍力の増強に関しては、日本としては、「最悪のシナリオ」を想定する軍事安全保障の論理に従い、中国軍の動向を冷静に観察して、国家の安全に必要な措置を粛々ととっていくべきであると主張し、経済と安全保障の二重アプローチを提唱する。そして中国と積極的に対話し、軍事の透明性を高め、中国がこれからどのような世界をつくり、そのためにどのような役割を果たそうとしているのかを、世界に説明するよう要求していくべきであるとしている。

6. 本書は、日本の「啓発された国益」の見地から中国との付き合い方を真正面から考察した問題提起の書であり、日本国民がそれぞれの立場から、中国との立ち位置や付き合い方を考えていく際の材料として大変参考になる書であると思う。特に政治家の皆さんには、本書をタタキ台として国内的な党利・党略を越えて日本の「啓発された国益」を踏まえた今後の対中国外交のあり方を真剣に議論していただきたい。また、マスコミの皆さんには、著者の指摘に応え、画一的なステレオタイプの中国像ではなく、多様で複雑な「等身大」の中国像の報道に努めていただきたい。意を決して本書を出版した著者の勇気と責任感に心よりエールを送り敬意を表するとともに、著者には今後とも日本国内での活発な啓蒙活動と中国各方面への働きかけを続けて欲しいと強く希望する次第である。 (2011年5月6日寄稿)

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「中国動漫新人類」を読んで2011.3.3

「中国動漫新人類」

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      元駐中国大使  国 広 道 彦


政大学の王敏先生が「ほんとうは日本に憧れる中国人」という本を出版したとき
(2005年1月PHP新書)、私は彼女に「そのように『日本に憧れる』中国の若者達も心の奥のどこかに反日のマグマが潜んでいて、何かのときにそれが表に噴出してくるのですよね」と話したことがある。その年の春、いわゆる反日暴動が起きて、「やはりマグマ」がと思った。

 遠藤誉先生が最近出版した「中国動漫新人類」(日経BHP出版)を読んで、「日本のアニメ(動漫)大好き!」と言う中国の若者に「日本許すまじ!」と言う感情が同居していることを再び確認した。中国で生まれ、国共内戦の中を生死をくぐって帰国し、その後40年近く日中の留学生の世話をして中国と関係してきた彼女がそういうのだから我々はその現実に立って考えるしかない。

 その現実を彼女はこの本で実に詳しく検証している。
中国では1980年以降に生まれた若者を「八十后」と呼ぶ。「鉄腕アトム」が中国で放映され始めたのが1981年で、彼らは生まれ落ちたときから日本動漫を見ながら育った世代である。彼らは動漫の美しさと自由な発想と行動にひきつけられ、自分もその人物になりきって楽しむ。そして、考え方も変わってしまっている。(著者は彼らを「中国動漫新人類」と定義する。)

 日本の動漫が中国に急激に広まったのは海賊版のおかげである。正規の価格で輸出したらこれほど簡単に広まらなかったであろう。動漫は今やサブカルチャーとなっているが、それは上から下に向かう「主文化」と逆に下から上に向かう文化である。中国政府は天安門事件のとき、民主化を叫んだ若者達にアメリカ文化の影響を察知して取締りを強化したが、動漫には政治的警戒心を抱かなかった。しかし、「気がつけば若者達はみな、画一的なベクトルで選択させられていた『国家的道徳規範と価値観』から解き放たれて、『自己の道徳規範と自己の価値観』に基づいて行動する観念を持つに至っていた」。「日本動漫は中国の若者たちの『民主化志向』を醸成したことになる。声もない、デモもない、旗もない、流血もない民主化。静かなる精神文化の 『革命』だと著者は言う。

しかし、最近になって動漫か中国の若者に与えている精神的影響に気がついて、国産動漫の振興策をとるとともに、午後5時から8時までのテレビのプライムタイムに外国の動漫を放映することを禁止した。また、WTO加入に伴って海賊版の取り締まり強化もしている。(しかし、DVDにコピーしたりして日本の動漫の人気は一向に衰えていない。)

 他方その上うな若者の心に長年刷り込まれてきた反日感情が同居していて、靖国神社問題などを聞くとスイッチが切り替わる。05年の反日暴動も政府がウラで動かしたものではない。その最初のきっかけをつくったのはサンフランシスコの「世界抗日戦争史実維持連合会」という台湾系の組織であった。著者はその副会長丁元に直接会っていきさつを聴取している(因みに彼は慰安婦問題で米下院の非難決議を通させた影の実力者。)要するに彼らはアナン国連事務総長が日本の安保理常任理事国入りに同情的な発言をしたのに反対するインターネットによる署名運動を起こしたのに、中国の若者がネット上の自由を街頭でも示すに至ったのだと言う。

 ここで著者は「大地のトローマ」という著者自身が体験した中華人民共和国に特有の心理現象を説明する。「政府から要求される思想統一的主文化の方向に沿った行動(愛国、反日など)で誰かが動き出すと自分も動かないとまずいと言う心理が働く。しかもより激しく行動したほうが、より安全だと言う保身で動くものも出てくる」と言う。だから平素日本動漫大好きでも、誰かが反日に動き出すと「大地のトローマ」が生じると言う。

 最後に著者が動漫の将来について語っているところも興味深い。中華民族はもともと芝居が特技で、非言語的コンテンツを作る才能を持っている。それが表われ始めたのが携帯電話の動漫「手机動漫」である。中国の携帯電話契約者数は5億人に達しており、携帯動漫に有利な3G携帯もその25%に達しようとしているから巨大なマーケットだ。政府も 「オリジナル携帯動漫コンテスト大会」を開催して賞金を出しているし、携帯動漫養成塾が聞かれてもいる。

 著者は長年留学生の世話をしていて、日本に留学した若者は大抵「大地のトローマ」から解放されることを指摘し、多くの留学生を受け入れるべきなのに、日本の人管は留学生受け入れに極めて消極的だと批判する。

「逝きし世の面影」渡辺京二2011.02.10

「逝きし世の面影」  元駐メキシコ大使  西村六善

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 名著である。幕末と明治初期の日本を外国人はどう見たか? この本はそれを膨大な資料をもとに物語る。当時の日本人の純朴さや社会が旨く機能している様子に先ず外国人が驚嘆した。 同時にその良さは日本の開国や国際化とともに消え去るだろうと確信していた。重要なことは彼ら外国人がそのことを自分のことのように悲しみ、嘆いていた点である…この本はそう云う物語である。


例えば、日本に開国を迫った初代米国領事タウンゼント・ハリスはこう述べている。

「これが恐らく人民の本当の幸福の姿というものだろう。私は時として、日本を開国して外国の影響を受けさせることが、果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であるかどうか、疑わしくなる。私は質素と正直の黄金時代を、いずれの国におけるよりも多く日本において見出す…」

外国人に強い印象を与えたのは質素や正直だけでなかった。社会の仕組みと生産力は欧米文明の助けを借りなかったのにどうしてこれだけ水準が高いのか?
産業革命以降、イギリスなどの労働者階級が陥った恐るべき非人道的な状況に較べ、日本はどこも貧しいが困窮していなかった…住まいは狭いが質素で清潔だった。子供のおもちゃに至るまでモノはなんでも上手く出来ていた。

当のハリスは更に「衣食住に関するかぎり完璧にみえるひとつの生存システムを、ヨーロッパ文明とその異質の信条が破壊し、ともかくも初めのうちはそれに替わるものを提供しない場合、悲惨と革命の長い過程が間違いなく続くだろうことに、愛情にみちた当然の懸念を表明する」と書いた。

日本での近代登山の開拓者ウェストンは最後に日本を去る船上で号泣したと伝えられているが、こう云っている。

「明日の日本が、外面的な物質的進歩と革新の分野において、今日の日本よりはるかに富んだ、おそらくある点ではよりよい国になるのは確かなことだろう。しかし、昨日の日本がそうであったように、昔のように素朴で絵のように美しい国になることはけっしてあるまい。」

英国の商人クロウは1881年に木曽山中で「かつて人の手によって乱されたことのない天外の美に感銘を受け」た。ある日の夕方、小さな村で、村中の人々が一日の労働を終えて如何にも楽しげに談笑している「忘れられぬ光景」を見て、「この小さな社会の、一見してわかる人づきあいのよさと幸せな様子に感動した」と書いた。

ハリス領事の通訳だったヒュースケンは1857年に次のように記した。

 「 いまや私がいとしさを覚え始めている国よ。この進歩はほんとうにお前のための文明なのか。この国の人びとの質朴な習俗とともに、その飾り気のなさを私は賛美する。この国土の豊かさを見、いたるところに満ちている子どもたちの愉しい笑い声を聞き、そしてどこにも悲惨なものを見いだすことができなかった私は、おお、神よ、この幸福な情景がいまや終わりを迎えようとしており、西洋の人びとが彼らの重大な悪徳を持ち込もうとしているように思われてならない。」

長崎海軍伝習所のオランダ人教育隊長カッテンディーケは2年間長崎で生活した後1859年帰国に際し、次のように嘆いた。

「…私は心の中で、どうか一度ここに来て、この美しい国を見る幸運にめぐりあいたいものだとひそかに希った。しかし同時に私はまた、日本はこれまで実に幸福に恵まれていたが、今後はどれほど多くの災難に出遭うかと思えば、恐ろしさに耐えなかったゆえに、心も自然に暗くなった。」

以上はこの本が物語る印象の僅かな一部だが、著者渡辺京二は綿綿たる哀切をこめてこの喪失感を読者と共有しようとしている。

「 日本近代が古い日本の制度や文物のいわば蛮勇を振るった清算の上に建設されたことは、あらためて注意するまでもない陳腐な常識であるだろう。だがその清算がひとつのユニークな文明の滅亡を意味したことは、その様々な含意もあわせて十分に自覚されているとはいえない。われわれはまだ、近代以前の文明はただ変貌しただけで、おなじ日本という文明が時代の装いを替えて今日も続いていると信じているのではなかろうか。つまりすべては、日本文化という持続する実体の変容の過程にすぎないと、おめでたくも錯覚して来たのではあるまいか。」

この本は現代日本人に対して当時の日本がどう云うものであったのかを探求するように求めている。当時のことを知れば、多くの日本人は大きな喪失感を抱くだろう。同時にその喪失感を超えて前向きな展開と美しい価値体系を将来の日本で実現できるのか? この本はそう云う問いかけもしている。


『モスクワ攻防戦』2011.1.1

「モスクワ攻防戦」


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        桐蔭横浜大学法学部客員教授  
        元駐ミャンマー大使 津守 滋

 2010年5月に作品社より出版した『モスクワ攻防戦 - 二十世紀を決した史上最大の戦闘』(津守滋 監訳、津守京子 翻訳)は、現在まで第四版を重ねた。著者は、『ニューズウイーク』誌の元モスクワおよびベルリン支局長のポーランド系アメリカ人、アンドリュー・ナゴルスキである。第二次大戦の独ソ戦については、スターリングラードやレニングラードの戦闘が、「大祖国戦争」の英雄譚として、ソ連国内で広く語り継がれてきたし、これに関する内外の文献も多い。これに対しモスクワ攻防戦については、史上最大の戦闘でありながら(独ソ両軍併せて最高700万人を投入、戦死者数ソ連側190万人、独側61万人)、1941年6月の時点でのドイツの攻撃を予想できず、準備も怠るなど、スターリンの判断ミスにより、ソ連側に多数の不必要な犠牲者を出したこともあり、ソ連崩壊後まで実情は明らかにされなかった。本書は、公開されるに至った秘密資料を駆使し、多くの関係者とのインタヴューを通じて、叙事詩風の物語として仕上げた作品である。

これまで久保文明氏や立花隆氏から書評をいただいているが、久保氏の読後感として、「その物語は限りなく悲しい」との表現は、本書の性格を的確に表現していると思われる。本書は、戦争に放り込まれた人間が、極端な形で機械や道具として使われた場合、どのような恐ろしい状況になるかをイメージするうえから、示唆に富む物語である。



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『日本は世界5位の農業大国』2011.1.1

『日本は世界5位の農業大国』

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元シンガポール大使 橋本宏

政府がTPP(環太平洋パートナーシップ)と略称される環太平洋広域自由貿易・経済連携協定への参加問題を取り上げるようになって以来、日本の農業の実態について理解を深める必要があるとの思いに至り、関連する会合に顔を出したり、本を読んだりしているが、日本農業の在り方についての国内議論は余りにも隔たりが大きく、なかなか議論に付いていけない、というのが正直な感想である。

そのような状況にあって、たまたま書店の店頭で見つけた浅川芳祐著「日本は世界5位の農業大国、大嘘だらけの食糧自給率」(講談社+α新書)という極めて「挑発的」な本を見つけて読んでみた。略歴によると著者は長く農業関係誌の編集に携わっている人物である。知人の或る農水省OBに聞いてみたが、著者のことは知っておらず、農林水産省や農業関係議員を厳しく批判するその論調には懐疑的な感じを漏らしていた。しかし、本著は、私のような素人が日本の農業への関心を増大させるに十分な主要農業データを分かりやすく紹介し、また、日頃余り見かけない論理の展開を示していることもあり、敢えてここに紹介する次第である。

本著は、世界における日本農業について、国内生産額で見れば中国、米国、インド、ブラジルに続いて第5位、品目別に見れば、ネギが第1位、ホウレンソウが第3位、ミカン類が第4位、キャベツが第5位、イチゴ、キュウリが第6位、キウイフルーツが第6位と有数な地位を占めていると紹介している。また、農業人口は減少しているものの農産物総生産量は着実に増加し、農業者一人当たりの生産量は1960年の3.9トンから2006年には25トン超に増加している等々、国民が持つ一般的な印象とは異なり、日本の農業は決して衰退している訳ではないと力説している。こうした諸点は農業専門家には周知の事実であろうが、世界的見てもこのような優位性がある分野が存在するのであるならば、それを如何に伸ばしていくかに着目した議論や施策が、もっと広く取り上げられていって然るべきであると思う。

また、本著は、食糧自給率は世界において日本のみ主張し続けているものであるとし、これを重視する農水省はいたずらに国民の不安感を煽り立てるだけであり、日本農業の発展に役立たないと糾弾する。特にカロリーベースの自給率は意味をなさないものであるとして、仮に生産額ベースで見れば、日本の自給率は66%という世界で見ても高率であると論じている。また、食糧自給率の増大を前提とする現在の農業者個別所得補償措置は、黒字を目指す当たり前の事業の在り方を否定し、むしろ赤字を奨励していると厳しく批判している。その上で、本著は日本農業成長八策なるものを提言している。農業の素人である私には、こうした点について論じるだけの知見がない。他方、食糧自給率引き上げを国の政策に据えている日本は世界の中でも特殊な存在であるとする議論は、一般紙上でも取り上げられ始めており(例えば2010年11月20日付日本経済新聞「大機小機」)、私のような素人が、今後国会や関係者間で広く行われていくと予想される農業改革論議をフォローしていく上で、本著は大いに参考になると思われた。

TPPに代表される貿易自由化措置が今後の日本農業にどのような影響を与えるものであるかについては、本著の議論は全く不十分であると感じた。「(事業的農家の多くは)未来のない過保護政策ではなく、より競争原理が強化される既成改革と、新たな売り先を開拓できる各国との市場開放を歓迎するであろう」(189ページ)と言うだけでは、読者も納得できまい。今後こうした点について国内で広く議論が展開されていくことに期待したい。

最近メデイアでしばしば取り上げられる“現在の個別所得補償制度の拡充を通じてTPPに参加していく”という議論は、どうも単純化し過ぎたもののように思える。同制度が日本農業の発展に貢献するものなのか、改善、修正を必要とするものであるのか、その場合TPPとの関連で如何なる具体的な措置が必要か等々について、今後広く有識者、関係者の間で議論が展開され、国民的理解が深化していくことに強く期待したい。